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きもの本棚㉓『着物の悦び』『着物をめぐる物語』*着物は何枚必要か? 

ある帯屋さん曰く、歌舞伎座に来ているお客さんは着物に対して真剣なのだという。この夏の歌舞伎座では、雨対策の洗える着物や綿紅梅、原色緑の小紋など、話題のお着物をウォッチングすることができた。これら全部を揃えるとしたら、着物は何枚必要だろう。「一脇」さんの木草履のお客さんはどの方も三十年以上は着物を楽しんでいる様子だった。おひとりは和菓子屋の娘だったけれど、他の方も特種な家庭環境に生まれついているのだろうか。『美しいキモノ』の特集にあるようなファッションの延長線で着物を楽しんでいる人でも、揃えているものなのだろうか。

作家の林真理子さんはバブル期に着物熱に憑かれ「働き盛りのビジネスマンが時計や車を新調するように、着物を誂えていた」という。

お茶席・日舞の衣装・講演会・雑誌の対談・観劇・ビジネス上のパーティと林さんの着物の用途は多彩。『着物の悦び』によると、当時は「帯六十八本、着物が七十五枚あった」そうだ。スマホもアプリもない時代にファイルにまとめた写真でコーディネートを決めていたとある。他にも詳細なメモがあり、管理しやすいのは二十枚とあった。

一方、林真理子さんが動画で紹介している『着物をめぐる物語』は着物の魔に憑かれた人を主人公にした短編集で、語り手が出会った奇異な存在について「実はこういう人がいて」と畏怖を抱きつつ、静かに語る口調がリアルである。ここで描かれた着物の魔は私が所有する着物にも存在しているのだろうか。たぶん、あるのだろう。なぜなら短編の最後から二番目『着物熱』の章にある、呉服屋の女将が上客が残した遺品の着物を整理しに行って熱を出して寝込んだ話を読んで、自分にも思いあたる経験があるからだ。実は最初の何枚かまで、私は着物を誂える度に奥歯を腫らせて熱を出していた。但し、リユースを除くという点が私らしい。

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