世の中には矛盾する格言やことわざがあって、どちらが正しいのかなと思う時がある。 例えば 「善は急げ」と「急いては事を仕損じる」 とか、 「当たって砕けろ」と「石橋を叩いて渡る」 とか。 で、どちらが正しいかと考えてみても、どちらにも理があり、判断することは出来ないことに気付く。 ならば、好きな方やその時の自分に合うものを選択したらいいのだと思えてくる。 例えば、私は慎重なタイプだから「当たって砕けろ」より「石橋を叩いて渡る」を選択する。 絶対的な正解ってない
自分の好きなことや普段から考えていることを話すと、「君って変わっているよね」とか、より直接的な表現で「君って変だよね」って言われることがある。 それらの言葉を投げかけられると、自分って人とは違うんだなと寂しさや孤独感を感じる一方で、変わっているということは個性的でもあることと同義だと解釈して嬉しくなったりもする。 逆に、「君って普通だよね」と言われてしまうと、どこか安心する一方で、自分には個性がないのかもと思ってしまったりする。 つまり、どう言われても複雑でアンビバレン
時が経つにつれて、記憶は薄らいでしまう。 だから、昔の自分がどんな風に物事を捉え、どんな風に生きていたかは、おぼろげにしか覚えていない。 あの時の楽しかった思い出、苦しかった思い出は、ひどく解像度が落ちたものになってしまっていて、あの時のようにはもう感じられない。 今感じている切実な思いも、未来では切実なものではなくなってしまうのだろう。 年を取るということ、未来に進むということは、少し残酷だ。 今感じていることを少しでも留めておきたくて、忘れたくなくて、noteに
ネガティブな感情を無視せずに、少しポジティブなことを言える人が、最も人として好感が持てる気がする。 私の中でその代表例がお笑い芸人のピース・又吉直樹さんだ。 ここで彼が近畿大学の卒業式で行ったスピーチの一部を紹介したい。 だから、排水口を見つめ続ける時間とか、そういう時もあるんですけど、僕はこういう風に考えるようにしてるんですよ。 嫌なこととかしんどい夜が続く時は、「これは次にいいことがあるための“フリ”だ」と。 水も、喉が渇いてる時の方がおいしいじゃないですか。「
中学生の頃に、祖父が亡くなった。 びっくりするほど何も感じなくて、少し後ろめたかったことを覚えている。 物心ついてから、祖父にほとんど会っていなかったので、何も感じないことは当然だと思うけれど。 自分が今死んだら、お葬式にはある程度の人数の人が来るだろうけれど、その大半は、祖父のときの私のような人な気がする。 それは、少し寂しい。 お葬式に来る人数が少なくても構わないから、来てくれる人全員が悲しんでくれる人になりたい。 来てくれた人が悲しむということは、自分がその人
アドバイス後の相手の人生に寄り添うことが出来ないのならば、安易に他者にアドバイスをすべきでないという趣旨のnoteを先日書いた。 なぜなら、それは自己満足で無責任なものになりやすいから。 ただ、その姿勢は、失敗を恐れて何も出来なくなってしまった人と同じようにも思える。 その後の人生に関われない者は、関われない者なりの対応をするべきなのかもしれない。 では、具体的に、アドバイスを求められたときにどうしたらいいのだろうか。 自分なりに考えた結果、 アドバイスよりも、相手の
アドバイスを求められると嬉しくなってしまうのが人の常だと思う。 けれど、安易にアドバイスはするべきではないと思う。 アドバイスは、人の思考に影響を与え、その人の人生を良きにつけ悪しきにつけ変える力を持っている。 ついこの間、高校に進学したくない子に出会った。 その子に対して、進学した方が良いと伝えることも、進学する必要はないと伝えることも、無責任な気がした。 彼がどの道を選んだとしても、その道の先に失敗があったとしても、自分がその恩恵も被害も被ることはない。 失敗も成
もっとポジティブになった方が良いとか、もっと明るくした方が良いよって言われることがある。 昔は、やっぱり、そうかなって思っていた。 けれど、今は違うと思う。 性格や考え方を変えることは、身体的特徴を変えることと同程度に難しいと私は思う。 だから、そんな簡単に、ポジティブになるべきだとか、明るくなるべきだとかは言わないで欲しい。 カッコよくない人に、カッコよくなれよって言ったところで、少しは変わるかもしれないけれど、基本的にはどうしようもない。 カッコよくなることを望む
若いから何だって出来るって年配の人に言われると、少しうーんってなってしまう。 若いから自分を縛るものはほとんどないし、失敗したってやり直せるよっていう意味で、こういった発言をするのだと思う。 すごく分かるのだけれど、どうしても、この言葉には勇気づけられないし、新しい何かを始めようとも思えない。 何でだろうかと考えていたら、その発言を今まで私にしてきた人たちが、自分自身のことを棚上げして、その発言をしているからではないかと思うようになった。 彼らは自分達自身が色々なもの
自分が他人に対して良いことをしたなと思ったときに、その人からお礼を言われると、やっぱり嬉しくなる。 逆に何も言われないと、どうしても何だかなーって思ってしまう。 その人に何か言って欲しくて、良いことをするわけじゃないけれど。 でも、自分自身のことを考えると、無数の優しさや善意を受け流してしまってきたことも事実なわけで。 そんなことを考えていると、何も言ってくれない他人に対して何だかなーって思うのは、少し傲慢なような気もしてくる。 優しさや善意に気付けないのが普通で、気付
みんな我慢しているのだから、我慢しなさいという言葉が苦手だ。 みんなが我慢できることでも、自分には我慢できないことがあるし、その逆も然りだから。 直面している出来事や環境が同じでも、全員が全員同じように感じるわけではないから、それは当たり前といえば当たり前なのだけれど。 でも、それを理解していない人達は、やっぱり一定数いてしまう。 そんな人たちと出会ってしまうと、心が悲鳴を上げることもある。 私は、体育会系の部活に入っていたときに、そんな人達と出会ってしまった。 体
よく、怒らない人に対して、あの人は優しいといった表現がされる。 それに対して、どうも違和感を感じずにはいられない。 その違和感の原因は何だろうかと考えていたら、それは単純に、私が思う優しいの定義と違うからだと気付いた。 優しさって、観察力と洞察力から生まれるのではないかと勝手に思っている。 観察力があれば、相手が落ち込んでいるときに声を掛けてあげたり、相手の変化に気付くことが出来る。 洞察力があれば、相手の言動の裏側に思いを馳せ、より相手に必要な手助けをしてあげるこ
生きていたら、善意の殻を被った言葉を投げかけられることは避けて通れない。 そう痛感したのが、部活を辞めるときだった。 競技年数が長かったことや、名門校であったこともあってか、同級生や先輩からLINEや電話をたくさんもらった。 それ自体は感謝すべきことなのだろう。 ただ、彼らの言葉を聞いた結果、疲弊していた心はさらに擦り減った。 彼らの第一声は決まって、「辞めるなよ」であった。 部活を辞める理由を聞くこともなく、自分が言いたいことだけを言う。 それが良いことだと疑うことも
台風による停電の影響で、大変不便な生活を強いられた。だからといって、その生活が悪かったかといえば、そうではない。むしろ、いつもより少し楽しかったのだ。 夜が訪れると驚くほどの暗さが家を覆い、手元にある懐中電灯とキャンプ用のライトだけでは、少し心細さを覚えるほどだった。 ただ、この心細さが小さい頃に家族と一緒に行ったキャンプを思い出す契機となった。 あのときも、これくらいの暗さだった気がする。 そしてあのときも、母は不便さに対して若干の文句を言い、父は楽しそうに過ごしてい
一人で映画を見にいったとかじゃなくて、劇場内に自分一人しかいなかったときの話。 基本的に映画は一人で見に行くものだと思っている。 だって、一緒に見た人の感想が、自分と違ったときの気まずさ、ちょっとした悲しさが自分には堪えるから。 だから、そのときもいつもと同じように一人で映画を見に行った。まさか、劇場内で一人になるとは予想していなかったけれど。 小学生のような感想になるけれど、ひとりきりの映画はすごく気持ちが良い。 映像も音楽も自分のためだけに流れる。 誰かがポップコ
本が好き。 一人でいることが好き。 高校生のときは、こんな事言えなかった。 周りの目が怖かったから、根暗だと思われたくなかったから。 学校という世界では、事実にそぐわなくても簡単にレッテルが貼られる。そのくせ、そのレッテルを剝がすことは容易じゃない。だから、何としてでも、普通っていうレッテルが貼られた状態で生きていこうとしていた。 あの時はいつも何かに縛られて、いつも自分の内側じゃなくて外側ばかりに目がいっていた。 だけど今は、好きなことを好きだと言える。 時間は