「スメハラ」はいやがらせなのか ~スメルハラスメントを考察する①
体を清潔に保てない理由を考える
初回の記事で見得を切ったものの、日々の忙しさにかまけ、2回目のアップが遅くなってしまいました。
先日、このような記事を読みました。
においで迷惑を被る側、体臭で無自覚に迷惑をかけている側、両者に配慮されている記事だと思いました。そして、スメルハラスメントの定義の難しさについて考えさせられました。
セクハラやパワハラであれば、加害者と被害者の線引きは明確です。しかし、スメハラはそうではありません。
たとえば、体を清潔に保つ習慣を怠っている人が体臭で他者に迷惑をかけている場合はどうでしょうか。
最低限の衣食住や健康が確保されているならば、怠惰は改めるべきでしょう。毎日入浴し、歯を磨いて体臭が改善するのであれば、話は簡単です。メンタルの不調で入浴が洗濯が難しい場合は、他者の手助けが必要かもしれません。
洗剤や柔軟剤の香りが迷惑がられているのであれば、無臭あるいは微香のものに切り替えるという方策があります。
ちなみに、敬愛する『こち亀』の両さんは、2週間履き続けたパンツにミカンの汁をなすりつけてにおいを中和させ(?)、念を入れて裏返しに履いていました(53巻3話参照)。努力の方向性に疑問の余地が残ります。
話が逸れました。ともあれ、これらが悪意を伴うハラスメントでないのは明らかです。
一方、経済的な理由で体臭のケアが難しい人もいるかもしれません。
特に最近は、円安による物価の上昇が顕著です。制汗剤やマウスウォッシュが贅沢品に感じる人がいるかもしれません。それどころか、貧困ゆえに毎日シャワーを浴びることすらままならない人がいてもおかしくありません。
このような場合、体を清潔に保てない原因は本人に由来するのでしょうか。自己責任と切って捨てるべきでしょうか。政策を含む社会構造にも遠因があるとは考えられないでしょうか。
体臭と貧困が不可分であるならば、はたしてスメルハラスメントという言葉は正しく機能するでしょうか。端的に「いやがらせ」と言い切れるでしょうか。
私はそうは思いません。
私は、さまざまな事情が複雑に絡み合う体臭の問題を、一括りにスメハラと片付ける論調に与しません。
原因が突き止められない絶望感
次に、体を清潔に保っていても体臭を防げない場合について考えてみます。
インターネットで体臭の予防方法について検索すると、たくさんの情報がヒットします。
上位にくるのは、大手製薬会社のサイトです。体臭の原因、対策、予防について、医学的見地に基づいた記事が書かれています。一読すれば、においが発生するメカニズムから生活習慣の改善による対処法まで、手早く理解できます。
体臭に悩み始めたとき、基本的な対策から始めるひとが大半だと思います。先述したように、体を念入りに洗い、衣類の洗濯方法を見直し、食生活に気をつけ、ストレスを溜めこまないようにするでしょう。汗をかけば制汗シートでこまめに拭き、食後はすぐに歯を磨いてマウスウォッシュで口をすすぐといったケアをする方もいるでしょう。中高年であれば、加齢臭対策をするでしょう。
こまやかな予防と対策を行っている人が、努力の甲斐なく体臭を指摘され続けたとしたら、どのような心境に陥るかは想像に難くありません。
日常的なケアで体臭が改善しない場合、消去法で、何かしらの疾患を疑うのではないでしょうか。
ポピュラーな症状に腋臭症(えきしゅうしょう=ワキガ)があります。腋臭症が遺伝性なのか、後天的な疾患なのか、インターネットでサクッと検索をかけてみても、その定義はまちまちです。
欧米では東アジアよりも腋臭症の人口が多いらしく、独特のにおいに寛容であるそうですが、日本を含む東アジアでは忌避される傾向にあります。腋臭症は手術などの治療法が確立されており、手術をした9割以上はにおいが軽減するといわれています。
口臭の場合は、歯周病由来が大半のようです。こちらも腋臭症と同じく治療法があり、治癒したあとに日々のケアを欠かさなければ、においを抑えられます。
比較的めずらしいケースには、魚臭症候群(トリメチルアミン尿症)があります。原因としては、先天性のFMO3遺伝子異常、後天性の代謝機能低下、一過性の代謝機能低下が考えられているそうです。一方、フェニルケトン尿症は先天的代謝異常のようです。
糖尿病も体臭の原因となるようです。免疫異常の1型の場合、呼気に甘酸っぱいアセトン臭が混じるようです。2型の場合は、遺伝的素因と生活習慣の悪化の組み合わせによって起こり、体から甘いにおいを発するようになるそうです。
胃腸疾患や肝臓・腎臓の機能低下なども、体臭の原因として知られています。体臭と健康が不可分なのは、多くの人が知るところです。
問題は、原因が突き止められなかった場合です。体を清潔に保ち、体臭の原因となる疾患が当てはまらないにも関わらず、「くさい」と言われてしまう。いじめや自臭症でないとしたら、寄る辺なさに足元から崩れ落ちてしまってもおかしくありません。
おおげさに感じられるでしょうか。
いいえ。体臭に悩む当人にとっては、けっしておおげさではないのです。
体臭はハラスメントなのでしょうか。
たしかに、被害者はいやがらせに感じるかもしれません。けれど、体臭を持つ当人が悩み苦しんでいた場合、いやがらせという言葉は適切でしょうか。
スメルハラスメントという便利な言葉の枠から零れ落ちるものを見つめなければ、問題の本質にはたどりつけない。と、私は私に言い聞かせます。