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【日本の冠婚葬祭~葬儀②~】

このブログでは、日本の儀式を見直し、少しでも後世に継承していきたいという想いで様々な行事や儀式をご紹介しています。前回から冠婚葬祭の中の『葬儀』についてのご紹介をさせていただいており、今回はその2回目です。 

前回のブログはこちら

いわゆる「葬儀」は長い間、通夜式・葬送の儀・告別式の順で行われることが一般的な流れとされてきました。しかし最近では、通夜式を省略した「1day葬儀」と呼ばれるスタイルも増えてきました。

本来なら通夜式は、故人と家族またはごく近しい友人・知人などが最後の夜を共に過ごし、別れを惜しむために行われるものでした。実際、葬儀の当日は弔問客への対応や、僧侶との打ち合わせなどで、喪主は非常に忙しいです。だからこそ、通夜では、故人と縁の深い人たちとともに思い出を語り、ゆっくりと別れを惜しんで欲しいのです。しかし、結婚式とは違い、前もって予定を決められず、葬儀が平日になったりすると「仕事を休めない」という理由で、通夜式の方に弔問する人が多くなってきました。それが次第に一般化し、「葬儀・告別式は身内が参加するもの」「通夜式は身内以外が参加するもの」という、間違った認識を持つ若年層が少なくないことを知り、驚いたことがあります。

葬儀を行わなくても法的に全く問題はありませんし、葬儀自体が形骸化している昨今、執り行うことに必要性を感じない方が多くなっているかもしれません。しかし、葬儀は故人の弔いだけが目的ではありません。亡くなったことを社会的に公表することは、その方が確かに生き、存在していたことを証明することにもつながります。そして、故人がお世話になった方々へ故人に代わり感謝とお礼を伝える。そして何よりも、遺族自身が、大切な身内が亡くなったことを受け止め、心の整理をつけるためのものでもあります。

近年では、生成AIによって死者を復活させるビジネスも話題になっていますが、これは私個人の考えとしては非常に受け入れがたいものです。誰しも大切な人を失うことは耐え難い悲しみです。しかし、その事実を受け止め、自分の中で納得し、悲しみから立ち直るという一連の流れを経験することで、その人自身の成長につながると考えるからです。

生成AIによる死者の復活は、その経験を阻害することになります。

話を元に戻します。葬儀が時代とともに簡略化されていく傾向が見られますが、通夜・葬儀・告別式を行うことにはきちんと意味があるということを伝えたい思いで、このブログを書いています。

ちなみに、最後になりますが、それぞれの言葉の意味をお伝えしておきます。結婚式では挙式・披露宴という言葉があります。挙式とは儀式のことを指しますので、キリスト教式や神前式などの部分を言います。披露宴は挙式が済んだことを報告し参列者と食事を共にする祝宴を指します。同様に、葬儀は葬送儀礼のことで、一般的には読経など宗教的な儀式の部分を指します。告別式はお別れ会のことなので、焼香やお花入れ、出棺の見送りなどを指します。このような言葉の意味も、今回を機に知っていただけると幸いです。


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