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レオくんとわたし ー 奥山 円
1987年、猫の日実行委員会は、猫の鳴き声「にゃん・にゃん・にゃん」にかけて、2月22日を「猫の日」と制定しました。そこで2025年の「猫の日」にちなんで、猫好きの文章添削士に猫愛を語ってもらいました!
今回は、奥山 円さんによる記事をお届けします。
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「寒いね。もう一緒にお家に帰ろうよ」
膝の上で丸くなっているレオくんの小さなあたまを撫でる。
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猫のうしろあたまってなんて可愛いんだろう。
手のひらの丸みにちょうどおさまる完璧な造形だ。
「んぎゃるる」
レオくんはおかしな返事をしながらのけぞって、濡れた冷たい鼻先を押し付けてくる。
我ながらよくコミュニケーションが取れていると思うのだが、レオくんは野良猫だ。
ここは島内某所。レオくんが暮らす畑。
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彼を含む野良猫5匹家族を保護しようとしたことがきっかけで、ここに通い始めて1年になる。
彼の母猫と弟妹猫たちは保護されたのち、良き里親さんに引き取られて遠くへ行った。
しかし運悪く彼だけが残ってしまったため、去勢処置後に元の場所に放していた。
ここまでで野良猫の保護に関するボランティア活動(*1)としては、ひと通りの責任を果たしたと言える。5匹中4匹を保護できた成果は大きい。
*1「動物の愛護及び管理に関する法律」に基づき、野良猫を愛護動物と定義し、周辺地域にいる野良猫(飼い主がいない猫)を適切に保護する活動のこと。必要に応じて医療ケアを施す、飼い主を見つける等の他、不妊・去勢処置をして地域で見守りながら世話をしようとする通称:地域猫活動もこれに含まれる。
それにも関わらず、私は畑の持ち主のおばさんの許可を得てズルズルと彼に関わり続けていた。
保護活動の結果、1人ぼっちで残されてしまった彼のことが気がかりだったのだ。
いずれ自然な巣立ちがくれば個々に生きるものだとしても、母娘たちが共同で子育てをすることがあるくらい、猫は愛情深い生き物だ。
それまでは一緒にいただろう。
そう思うと複雑な心境になった。
さらに、すでに時間をかけて彼を餌付けしていたことも無視できなかった。
野良猫を捕獲(保護)するためには、金属製の捕獲檻を使うことが一般的だ。
いくら飢えていても、生粋の野良猫がおいそれと捕獲檻の奥に仕掛けられた餌を食べることはない。
だから餌付けは野良猫との間に一定の信頼関係を築くことでもあるのだ。
それを「もう用が済んだから(不妊・去勢処置をしたから)ご飯は終わりだ、達者で暮らせ」というのは、こちらの都合でずいぶんと勝手ではないか。
そう感じる時点で、わたしはこの活動の担い手には不向きではないか。
彼らに関わって以来、わたしは改めて自身の適性も含め、野良猫の保護と
TNR(*2)のあり方について考えていた。
*2 Trap(捕獲)Neuter(不妊・去勢処) Return(元の場所に戻す)の頭文字を取った言葉。野良猫を捕獲して不妊・去勢処置を施したあと元の場所に戻すこと。
野良猫の繁殖を抑えることで、将来的に野良猫そのものを減らしてゆこうとするもの。
殺処分を減らすために有効な取り組みのひとつとされ、保護活動の基盤ともなっている。
これを実施された猫は、識別できるように耳先に小さな切り込みが入れられていることが多い。それが桜の花びらの形に似ていることから通称:さくら猫と呼ばれている。
そして情に流されるまま、自分で彼を飼おうと決めて試し、あえなく失敗していた。
それでもなお日参を続けているのは、生まれ育ったこの畑に自力で駆けて戻った彼の命の力を目の当たりにして衝撃を受けたからだ。
そして、野良猫の幸せや、共生する社会(*3)とはどんなものか?まで考え始めて堂々巡りに陥っているからだろう。
*3「動物の愛護及び管理に関する法律」の基本理念。
第一条 この法律は、(中略)人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。
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しかし呑気に悩んでいられたのもここまでだった。
畑の持ち主のおばさん(80代)の立派なご決断により、この聖域は売却され、新しい所有者によって観光施設が建設されることになったという。
工事が始まったら彼はここから追われてしまう。
わたしも出入りできなくなる。
さあ、どうしよう。
答えは見つからないまま時間が過ぎ、海風が吹き荒ぶ季節が始まっていた。
これから真冬のシケが繰り返し、繰り返しやってくる。たくさんの野良猫たちが命を削られてゆく厳しい季節だ。
レオくんは相変わらずわたしの膝でくつろいでいる。以前は本気の本気で噛み付いたくせに、今では甘噛みがすっかり上手になった。
この関係に潮どきはあるか?
ここでそっと離れるのも正解だろう。
はじめの頃、彼がわたしを見つけて草むらから駆け出してくるのは生きるためだった。オートマチックな餌付けの結果だ。
猫は媚びてなんかくれない。
しかし今ではわたしに会えて喜んでいるのがわかる。
別れ際にさみしいと感じているのが伝わってくる。
猫は繊細で感情豊かな生き物だ。
わたしもレオくんが元気でいてくれてうれしい。
1人で帰るのはいつもさみしい。
野良猫が本当に不幸なのかどうかはわからない。
しかし、窓辺の陽だまりにへそ天で寝ている我が家の猫たちはどう考えても幸せだろう。より安全で快適に長生きできることで不幸になる命はない。
雨も降り始めたこんな寒い夕暮れに、レオくんを1人ぼっちで置いていきたくない。野良猫にだって心細い夜があるはずだ。
ダメだ、やっぱりなんとかしてレオくんをうちに連れて帰ろう。
今日までの時間は無駄ではなかったと信じよう。
今度こそ一緒に暮らそう。
こんなとき日本語にはいい言葉があった。
「これもご縁だ」
わたしは今、仲間とともに地域ぐるみで野良猫たちと程よい距離を取りながら穏やかに関わってゆくための仕組みを作ろうとしている。
この経験は、必ずその生きた糧となる。
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(執筆者:奥山 円)
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