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まだ復活できる!高齢者の「かむ力、のみ込む力」

(この原稿は毎日新聞WEBでの私の連載記事「百年人生を生きる」に2019年9月12日に掲載された記事です。無断体裁を禁じます)

口の力の衰えは全身の衰えの前兆かもしれない――。前回、加齢で口の力が衰え、かむ力やのみ込む力が落ちてしまう状態「オーラルフレイル」を紹介した。予防や対策が重要なのは言うまでもないが、加齢による衰えは根本的には止めることはできない。自分の力でどうにもならない時はどうしたらいいのだろうか? まず「専門家の力を借りる」という選択肢がある。「最後まで口から食べたい」という希望をかなえてもらうために、歯科医師や言語聴覚士、看護師ら専門家と地域が一体となって進める、東京都新宿区での支援活動を紹介する。

今年3月、東京都新宿区で、地域イベント「第1回タベマチ祭り」が開かれた。主催した「新宿食支援研究会(新食研)」によると、イベントには子どもから高齢者まで約200人が参加。高齢者は、かんだりのみ込んだりしやすいように開発された食事を試食したり、口の機能や薬の飲み方など、身近な医療について学ぶ講習会に参加したりした。会場には、子ども食堂や餅つきも催され、子どもと大人が一緒に食事を楽しんだという。

イベントは、多くの高齢者に最後まで口から食事を楽しんでもらうことを目指して、研究会と地元の町内会が共催した。研究会は2009年に発足し、歯科医師やケアマネジャー、管理栄養士らが所属している。

食べ続けるには周囲の協力が不可欠

研究会代表で歯科医師の五島朋幸さんによると、口の機能が衰えた高齢者に「なんとか口から食べてもらいたい」と家族が専門家に相談を持ちかけるのは、食べられなくなって口や体の状態がかなり悪くなってからのことが多いという。

五島さんは「早い段階で本人や周囲が口の異常や衰えに気付き、適切な対応を受ければ、かなりの割合の人が無理なく口から食べ続けることができます」と話す。それには、普段から高齢者と接している地域の人たちの連絡や協力が不可欠だと感じている。だから、この祭りを始めたという。

研究会には現在23職種約150人が参加し、お互いに技術や知識を学び合ったり、製品開発をしたりしている。24のワーキンググループが活動中だ。その中には、福祉用具専門相談員や作業療法士らが参加して、手や口の機能が衰えても食べやすいスプーンやフォークなどの用具を、100円均一店の商品を利用して開発するグループもある。このほかに、ホームヘルパーが利用者の食べる様子や体の変化に気づき、適切な専門家らにつなぐためのスキル向上を目指すグループや、食べやすい姿勢を研究するグループもある。

研究会メンバーの多くは、病院から一度は「口から食事は無理」と宣告された人たちを支え、再び口から食べられるようにしてきた実績がある。日ごろから研究会で連携を深めていることから、メンバーが一緒に仕事をする場合、支援がスムーズにできることが多いという。

「食べられない男性」がゼリーを口に

ある男性のケースを紹介する。新宿区内の団地で1人暮らしをしていた80代男性が18年12月、結核で入院した。入院するまでは口から食べていたが、入院後はのみ込む力やかむ力が落ち、誤嚥(ごえん)の恐れがあるとして、病院は飲食を禁止した。

病院は男性に、栄養を取る方法として、胃にチューブで栄養を入れる「胃ろう」や、鼻からチューブを入れる方法を示したが、男性はいずれも拒否した。結局、点滴で栄養を補給することを選び、男性は入院から1カ月後に退院して在宅で過ごすことになった。

研究会メンバーでケアマネジャーの森岡真也さんは、在宅医や看護師、五島さんらと一緒に、男性をどのように支援したらよいか退院前に話し合った。ほとんどが研究会のメンバーだった。

病院は「食べ物をのみ込む力が落ちているので、口から栄養を取るのは無理」と診断していた。しかし、五島さんと言語聴覚士の見立ては違った。たんが大量にのどに詰まっているが、のみ込む力はあると判断したのだ。再び口の力を取り戻すために、入れ歯を調整して、口の中を清潔にし、口周りをマッサージした。福祉用具専門員は、飲食に適切な角度にベッドを調整。看護師がティースプーンで男性の口にゆっくりと水を運ぶと、のみ込めた。4口飲んで男性は「生き返った」と笑顔をみせたという。翌日にはゼリーを口にした。

男性は結局、老衰のため退院から1週間後に亡くなった。森岡さんは「男性は最後に口から食べる喜びを味わえた。きちんと診断し、専門職がスキルを持ち寄って適切に支援することの大切さを実感しました」と振り返る。

月1の訪問診療で口の機能回復

今年5月、筆者が五島さんの訪問診療に同行させてもらった際、脳梗塞(こうそく)の後遺症があり、胃ろうをしている80代男性の食事を見て驚いた。5年前の退院時には、誤えん性肺炎を引き起こす可能性があるとして、病院は、男性の飲食を禁止していた。誤嚥性肺炎は、食べたものや唾液が誤って気管から肺に入り、食べ物に付着していた細菌によって引き起こされる肺炎だ。

男性の妻がすりつぶしてのみ込みやすくした食事を男性の口元にスプーンで運ぶと、男性はうれしそうにのみ込んだ。妻は「今では時々ビールも飲んでいる」と明かす。男性の基本の栄養摂取は胃ろうだが、1日に2回は口から食べているという。

五島さんは男性の自宅を月に1度訪問して口腔(こうくう)内を清潔にし、入れ歯の調整をしている。それだけでここまで機能が回復した。20年以上の訪問歯科医療で、口から食べられなかった約1500人の患者を助けてきた五島さんは「多くの病院は訴訟リスクがあるから『できるだけ安全に』と食事を禁止する。これは、『道を歩くと交通事故のリスクがあるから外出禁止』にするのと同じだ」と指摘する。

五島さんは「睡眠時の唾液の方がよほど誤嚥性肺炎のきっかけになる。一度胃ろうになっても、食べる力が落ちる前に適切な対応をすれば、また口から食べられることが多い。最後まで食べられることができてこそ、最後まで幸せな国だといえる」と話す。そのうえで、五島さんは「食べる権利は生きる権利だと知ってほしい」と強調する。

栄養管理の視点からも支援

前回も説明したが、オーラルフレイルになると低栄養の状態が進み、老化の坂道を下るスピードは速くなる。オーラルフレイルの予防には、口腔機能の維持だけでなく、適切な栄養管理の視点も大切だ。島根県出雲市で医師や看護師らが集まって15年から始めた「出雲おうちの食支援(在宅NST推進)プロジェクト」は在宅での栄養管理を支援する。

このプロジェクトの代表で島根県立大学看護栄養学部教授の中山真美さんは「病院では栄養管理がチームで行われますが、在宅になると支援が乏しくなってします。それで低栄養や、食べ物をかんでのみ込むことが難しくなる摂食嚥下障害になる人が多いことが調査で分かりました」と指摘する。

プロジェクトでは、医師、看護師、管理栄養士、ケアマネジャーを食支援についての「必須4職種」と位置づけ、状況に応じて歯科医やヘルパーらも加わり、電子カルテを使って情報を共有し、患者に合った支援を展開している。すでに100人以上を支援し、介入前には必要なエネルギーの充足率が平均74.1%だったが、半年後には87.2%に上昇した。状況に応じて胃ろうになる場合もあるが、可能な限り、再び口から食べられるよう指導しているという。

高齢者が口から食べ続けるには、専門家による正しい知識の普及やオーラルフレイルの予防活動などが必要とされている。とはいえ、本人のやる気だけでは、体力の低下などでうまくいかないこともある。そうなれば、そばにいる家族の支えが大切だ。

次回は、自分では口から食べることが難しくなった高齢者の家族ら、周囲の人たちによる支援のあり方を紹介する。

(この原稿は毎日新聞WEBでの私の連載記事「百年人生を生きる」に2019年9月12日に掲載された記事です。無断体裁を禁じます)

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