オブラート12枚目「次で降りるので」

電車で良く耳にするし、実際発したことのある人もいるだろう。

この言葉は思いやり溢れるちょっと分厚めなオブラートだと私は思う。


電車にて、妊婦だったり杖を突いた人を見つけた時

気づいてしまったが最後、席を譲るか譲らないかの脳内会議が行われる。

譲るという結論に至る人が多いと思いたい。

自身が疲労困憊状態だったとしたならば、無理はしない方がいい。

人にはそれぞれ事情がある。

目に見えないだけで実は腰痛に苦しんでいる私のような人間もいるだろう。

これから話すのは私が実際に目撃した現場である。


その日、私はいつも通り電車に乗って通勤した。

そして電車は混んでいて、座れなかった。

私は車両の一番端の方まで言って、手摺につかまっていた。

隣には綺麗なお姉さんが立っていて、いい匂いがした。(やめろ)

そのお姉さんをふと見ると、お腹が大きい。

とてもふくよかという訳でもなさそうだ、鞄にはよく知られたあのチャームがついている。

どこか空いてはいないものかと探してみるも、見つかる訳がない程度には混んでいた。

仕方がないことなのかと思っていると、私の前に座っていた沖縄顔の男子高校生が立ち上がった!

「あの、ここ、どうぞ」

愛想のない感じではあるが、ナイス勇気だ。私は君を推す。

ところがお姉さん「大丈夫ですよ」と遠慮がちに。

まぁ、立っていた方が楽って場合もあるな。と思いながらも

私はハラハラしていた。

DKよ、恥じらう心配はないのだぞ。君の勇気に乾杯。

そんなことを思いながら彼を見ると

「や、次で降りるんで」

とスマートにドアの方へ行ってしまった。

お姉さんと一瞬目を合わせた。やはり綺麗・・・というより可愛い。

お姉さんは申し訳なさそうにちょこんと座った。

よくやったDK君。君の勇気は今ここで実ったぞ。

私は駅に着いて開くドアから出て行ったDKに熱い視線を送っておいた。

気づかれなかった。


ところで私は車両の端に立っていたと話した。

つまりは車両と車両の継ぎ目の手前である。

そのままお姉さんが安心して座っている様子に私まで安心した、その時。

私は衝撃的なものを見てしまった。

なんと、隣の車両に、見覚えのある沖縄顔の高校生

そう、さっきのDK君である。

彼は嘘をついたのだ。

「次で降りるので」

と。

断られることの恥ずかしさなのか

それとも彼に幼い妹でも居て、お母さんの苦労を見てきていたからなのか

そんなことは誰にもわからないが

彼のそんな嘘という名のオブラートによって

目の前のお姉さんは電車の揺れにうとうとする程の安心を得ることが出来たではないか。

優しい嘘なんて言葉もあるが

「嘘」というワードはあまり好きではない。

これはもう、分厚いオブラートではないか。

DK君よ、君はモテる。おばちゃんが保証したる。


【おまけ】

私が経理に移ってちょうど1年ほどになるが

その前は飲食店のホールでバリバリ仕事をしていた。

8年ほどずっと飲食の現場にいたので、私の手はその辺の美容師もドン引きするレベルに荒れていた。

もともと肌はかなり弱く、手荒れをセーブできなかった。

そんな日々を送っていたある日、優先席付近で手摺につかまって立っていたら

いきなり席を譲られた。しかも70は超えているであろうジェントルマンに。

なぜだ、そんなにも顔色が悪いのか。

私はテンパった。確かにその頃太り気味ではあったけれど妊婦と間違われる程ではなかった。

するとジェントルマン

「そんな手で無理してつかまることないから、座ってなさい」

涙が出た。

たしかにその時は末期と呼べるほど手荒れがひどく、指は所々膿んでいた。

膿が公共の乗り物の手摺につかないように神経を使って立っていた中の優しさに、涙が出た。

きっとDK君もあのようなジェントルマンへと成長するに違いない。


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