先生、僕たちは。
道徳の授業というのは、何の為になるのか分からなかった。4年生の夏、少し成長期を迎えた僕は時間割を見る度に毎週水曜日の4時間目「道徳」の文字の必要性を考えていた。別に道徳の授業を受けたところで頭が良くなるわけでも、身体が鍛えられるわけでも無い。僕の周りには塾に通っている友達も多く、中学受験を考えている子もいてそういう意見は多かった。そんな疑問を抱えていたある日、先生がこの間教室の後ろに「目安箱」というのを置いて言った。
「みんなが思ってることとか何か相談とかあったら、紙に書いてここに入れてね」
僕は数人の友達と一緒に、週1回の道徳の授業をやめて算数にしてほしいと書いて入れた。1人ずつ紙に書いて入れたから、同じ意見が複数あるということで、少しは前向きな答えがもらえると思ったからだ。道徳の授業の後だった。
教科書に載っているストーリーを読んで、この時の誰の気持ちがどうとかそういう議論をするのは国語の授業と大差ない。それなら国語の授業だけでいいじゃないか。
みんなで、そういう内容を紙に書いて、入れた。それでも、次の週の4時間目は、道徳だった。時間割の変更はそんなすぐにはできないのかもしれないと、僕は思った。担任の小林先生が教室に入って来る。名前が清香だから、みんなから「きよちゃん先生」と呼ばれている。いつもは僕たちに友達のような話し方をするけど、大事な事だけは敬語で言う先生だ。今日はきよちゃん先生の後からもう1人、教頭の間中先生が入ってきた。サンタクロースのような髭をした、絵本に出てきそうなおじいちゃんだ。
「あれー、教頭先生だ。こんにちは」
誰かが言うと教頭先生は笑顔でこんにちはと返した。きよちゃん先生は僕たちに大きめのプリントを配り始める。回って来たものを受け取る時、僕は驚いた。漢字の50問テストだったからだ。算数が良いとみんな書いたはずなのに、どうして漢字テストなんだろう。
「みんなもらったかな?はい、じゃぁ今日の道徳の授業を始めます。今日はね、漢字のテストをまずやります。でも、みんなに配ったのは回収も採点もしません」
僕たちはきょとんとした。ただの学習プリントということだろうか。
「国語の授業じゃないからね」
きよちゃん先生はそういうと、黒板の真ん中に真っ直ぐ縦線を引いた。向かって左側にきよちゃん先生、右側に教頭先生が立っている。
「みんなに配った漢字テスト、もちろんみんなも解いて欲しいんだけど、今日メインで解くのは先生と、教頭先生です」
意味がわからず、クラス全体が少しざわつき始めた。
「どっちがたくさん解けると思うかな?」
面白そうに「教頭先生だよ」「きよちゃん先生じゃない?」と意見が飛び交う。僕は教頭先生だと思う。歳も上だし、なんとなく漢字をたくさん知って良そうな雰囲気だ。
「みんなには最後答え合わせをしてもらいます。国語の授業の復習だと思って、解いて行ってね。時間はちょっと急ぎだけど、25分。回収も採点もしないから、解けるところまでで大丈夫です。では、スタート」
僕はこういうのは時間内に全部解こうと燃えるタイプで、目安箱に紙を入れた他の友達もきっとそうだ。サクサク解いて行く子やゆっくり解いて行く子もいる中、先生2人は黒板に書いていってた。
『次のカタカナの部分を漢字で書きましょう。
1.ジブンの持ち物に名前を書く
2.遠足はアシタだ
3.サユウをよく見て道路を渡る』
こんなスタイルの問題が50問。僕はチラリと黒板を見たけれど、カンニングはしたくないと思い真っ直ぐにプリントに向かった。
25分経過して、先生のストップが入った。僕は最後の1問だけ間に合わなかったけれど、書いたものは全部正解のはずだ。
「じゃぁみんな、黒板の先生の答えと教頭先生の答えを、まず全部見てみてくれるかな」
僕はまずきよちゃん先生の回答を見て笑ってしまった。2問目の「明日」の日の字が「目」になっていた。気づいた何人かが小さく笑った。きよちゃん先生は「間違いを見つけても、まず全部見てみてね~」と言った。教頭先生の方はきよちゃん先生の丸文字より大人っぽい字で見やすく、格好いいと思った。答えも全部合ってるかと思ったけれど、よく見たら47問目の「学級カイギを始める」の「会議」を間違えている。ごんべんが無く「会義」と書いてある。惜しいな、と思った。
「まだ全部見られてないって人はいるかな?」
誰も手を挙げなかった。きよちゃん先生は全体を見ると言った。
「じゃぁ、みんな、答え合わせ。間違いがあったら、教えてね」
「きよちゃん先生、『明日』を間違えてるよ!簡単なやつなのにー!」
食い気味に一番前の男子が笑いながら言う。みんなも声を出して笑った。きよちゃん先生は「間違っちゃったかぁ」と言って赤いチョークで書き直したけれど、恥ずかしそうではない。僕は手を挙げて言った。
「教頭先生も、1つ間違えてます。『会議』の『議』にごんべんが・・・」
僕の指摘には、何人かが「あ、本当だ」「気づかなかった」と言った。見落としてる人が多かったみたいだ。教頭先生は「あぁ、ここはごんべんが入るんだったか」と言って、赤で直した。
「あとは全部合ってるね。じゃぁ先生も教頭先生も、50点満点中49点」
きよちゃん先生は両サイドに大きく49と書いて、僕たちに向き直った。
「さぁ、これからが今日の道徳です」
誰も何も言わなかった。理解ができていないからだ。何故漢字テストからの道徳なのだろう。教頭先生は優しい目をしてきよちゃん先生を見ている。
「今、先生が間違えた『明日』は、何人か・・・いや、結構な人が笑ってたよね」
それはそうだ。『日』は1年生で習う漢字だし、日常でも使うからそれを間違えるなんて、と思ったら笑ってしまった。
「でも教頭先生の『議』は笑わなかった。それは、教頭先生の間違えたところがちょっと難しい問題で、気づかなかった人もいたから。違うかな」
違わない、と誰かが首を振った。
「他に49点の人いるかな?」
僕を含めて数人が手を挙げた。きよちゃん先生は僕に聞く。
「どこ間違えた?」
「間違えてないです。あと1問間に合わなくて」
そっかそっか、と言って書いたものが全部合ってるのは素晴らしいと褒めてくれた。何人かがすごいとか、そんなに書けたんだとか言ってくれるのも聞こえた。
「先生も、教頭先生も、1問間に合わなかった人も、みんな49点。
画数の少ない簡単な漢字を間違えた先生は、後半の難しい漢字は合ってる。画数の多い難しい漢字を間違えた教頭先生は、日常でよく使ったりする漢字は全部合ってる。間に合わなかった人は、もしかしたら50点満点取れてたかもしれないけど、49問しか解けなくて、それは合ってる。
でもみんな、先生だけ笑っちゃったよね。でもわかる。みんなにはとっても簡単な問題を間違えたのは先生だからね。でも、友達同士でそれはやらない方がいいの。
間違っていることの内容を比べて、よりレベルの低い間違いをした人を笑うことって、結構大人の社会でもあることなの。でもそれを当たり前にやってしまうと、『不快』が生まれてしまいます」
きよちゃん先生は黒板の一部を消して、縦に大きく「不快」と書いた。嫌な気持ちってことね、と言っていたけど、流石にみんな知っている。
「例えば自分がここに立ったとしたら、どうかな。お友達と2人で同じことをやって、違うところを1問間違えて、簡単なのを間違えた方が笑われちゃうの。みんなの前で。49問合っていても、間違えた1問を笑われてしまうの」
みんながしーんとした。怒っていると思ったからだ。きよちゃん先生は慌てておどけて見せた。
「怒ってるんじゃないんだよ。大事な勉強なの、道徳って。よく教科書のお話読んで、この人の気持ちがどうとかこの人に対してどう思うかとか、そういうのやってるでしょう?それ国語じゃん!って思った人いないかな?」
僕を含めたクラスの半分くらいが手を挙げた。挙げてない子は多分、なんとなく違うのはわかるけど明確な違いはわからない、という感じだろう。
「国語って、伝えることと受け取ることが大事なの。文章問題だと作者の気持ちだったり、主人公の気持ちだったり。でもそれの答えは文章の中にちゃんとある。それを受け取ることができるか。そういうのを勉強してます。
道徳はね、答えはありません。でも、いろんな立場に立って考えることが大切なの。例えば今みたいなことがあった時、先生の気持ちになってみたり、教頭先生の気持ちになってみたり。何問か間違えちゃった人もいるかもしれない。色んな人がいるから色んな立場に立ってみるの。それが、道徳。
簡単に言うと、何かをきちんと伝える為に勉強するのが国語。自分以外の誰かの気持ちに寄り添う為に勉強するのが、道徳かな」
僕は、というより、僕たちは、小学生だけどもう4年生で、先生の言っている意味がわかった。多分もう誰も道徳の必要性なんて問わないだろう。
「ちなみに」
きよちゃん先生は強めの口調で言った。
「先生『日』くらい書けるからね?毎日書いてるでしょうが」
きよちゃん先生は黒板の一番右に書いてある「日付」「曜日」「日直」の字を指して言った。大袈裟な「わざとなんだからっ」という言葉に、みんなが爆笑した。
「本当はね、算数のテストにしようかと思ったの。九九とかね。でもそれはやめました」
落ち着いたトーンで話すきよちゃん先生。何か特別な意味があるのかと僕は姿勢を正す。しばらく溜めた後に
「7の段難しいんだもん。何問も間違えちゃいそう」
とおどけてみせた。教頭先生が、声を上げて笑っていた。僕らも笑った。
「友達との楽しい時間はもちろん大切だし、そういう時間はたくさん作って下さい。でもね、誰かが辛い時にちゃんとその人の気持ちを考えてあげられる方が、絶対に良いの。道徳の授業はみんなを、ちょっと素敵な大人にする為にとっても大事な授業です。これからも水曜日の4時間目に道徳の授業があるけど、そういうことを頭に入れておいて下さい。いいかな?」
はい、とみんなで大きな返事をして、今日の道徳は終わった。