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冬と蜂蜜

アキの部屋。ひとり暮らしにちょうどいい部屋。1K、6.4畳。窓は空いている。
アキとマナが、無造作にひかれた布団の上に横たわっている。長辺に垂直に寝転んでいる。布団の短辺に平行な位置にある窓のほうを見ている。窓側から、アキ、マナの順。アキは毛布を丸めて枕のように使っている。アキは仰向けで、首だけを窓に向け、マナは体ごと窓に向いている。

アキ「青いね、空。」
マナ「あー青いかも。」
アキ「なんかさ、球技大会の日も、私たちこんな感じじゃなかったっけ。」
マナ「2年の時の?」
アキ「いや、1年の時。ドッジボールで優勝したじゃんうちのクラス。」
マナ「あー覚えてるかも。」
アキ「あの時もさ、こんな感じの匂いで、こんな感じの青さじゃなかったっけ。」
マナ「そうだっけ。」
アキ「うん、春になりかけの匂い。」
マナ「あれ、秋じゃ無いっけ。」
アキ「何が?」
マナ「季節が。」
アキ「あぁ。あれ、そうだったっけ。」
マナ「てか、同じクラスだったっけ。」
アキ「違うっけ。」
マナ「私1組で優勝したけど、アキは5組でビリじゃなかったっけ。」
アキ「そうだっけ。」

アキ、枕にしてた毛布を自分の体にかける。マナ、動かない。

マナ「うちらの幼なじみの正樹さ、おばあちゃんちが毛布屋さんだったよね。」
アキ「そうだっけ。」
マナ「たしか。」
アキ「毛布専門でやってるんだっけ?」
マナ「違うっけ。」
アキ「毛布屋って言葉、あんま聞いたことないな。」
マナ「それ一本を生業にするにしてはちょっとパンチ弱いよね。」
アキ「てかさ。」
マナ「うん。」
アキ「正樹って誰だっけ。」
マナ「え、知らないっけ。」
アキ「うちら、中学から一緒じゃないっけ。」
マナ「そうだっけ。」
アキ「正樹、何友?」
マナ「同じ団地なの。団友」
アキ「マナの団友のおばあちゃんのこと、知るタイミングあるっけ。」
マナ「ないっけ。」

アキ、視線を窓から台所へ移す。置いてある蜂蜜を見る。また窓を見る。マナ、動かない。

アキ「どろぼうのおやぶんがさ。」
マナ「え?」
アキ「ほら、昔読んだ絵本の、なんだっけ。」
マナ「なんだっけ。」
アキ「ワッハワッハハイのぼうけん、谷川俊太郎の。」
マナ「そんなんあったっけ。」
アキ「そのどろぼうのおやぶんのさ、唯一持ってた武器の機関銃に、ワッハハイが蜂蜜流し込むシーン、覚えてない?」
マナ「覚えてるっけ。」
アキ「あれ、やりすぎだと思ったな。」
マナ「なんで。」
アキ「悪いやつだからって何してもいいってわけじゃなくないっけ。」
マナ「そうなんだっけ。」
アキ「違うっけ。」


マナ「寒くない?」
アキ「そうだっけ。」
アキ、ゆっくりと立ち上がり、窓を閉める。マナ、動かない

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いつか
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