掌編小説|きみがかなしそうだったこと
最近、お気に入りのお店があって、学校帰りにここで店員のおにいさんとおしゃべりするのがすきだ。お店の名前は習っていない漢字が多くって、難しくて読めない。ふりがなをふってほしい、とわたしが言ったら、「読めなくても大丈夫だよ」とか言ってた。気になるなあ。
「つかいきるとねがいがかなう!」とパッケージに書かれた消しゴムとか、なんだかよくわからない形の置物とか、そんなちょっとうさんくさい物が置いてあるお店。初めて入った時は、入口のそばに置いてあった強そうなかっちゅう? の置物にびっくりした。おにいさんはこのお店のことを、「なんでも揃う、魔法の店」なんて得意げに言っていた気がする。
「ねえおにいさん、これなに?」
「これはね、悲しかったことも嬉しかったことも、ぜーんぶこの便箋に書くと、なんと花火になっちゃう、すごーい便箋」
「へえ、はなび……」
おにいさんが便せんを手に取る。
「 すごいでしょ? 例えば、こうやって……」
おにいさんは便せんにすらすらと文字を書いていく。ぐにゃぐにゃしていて読めない。えいご? 筆記体? だろうか。よく分からないけれど、なんだかきれいだな、と思った。少しして、便せんはぱちぱちと音を立ててかがやき出す。夏に家の庭でお父さんとやった、手持ち花火みたい。きらきら、ぱちぱちと光っているそれは、おにいさんの手の中でだんだんと小さくなってゆく。熱くないのかな。
「ね、綺麗だったでしょ」
わたしはうん、とうなずきながらおにいさんの顔を見た。おにいさんはなんだかとても悲しそうな、さびしそうな顔をしていた。なんて書いたの? なんてとても聞けそうになかったし、聞いてはいけないのだろうな、 と思った。なんて声をかけたらいいのか、わたしには分からなかった。
「ねえ、そのびんせん、いちまいちょうだい」
おにいさんは「いつも来てくれてるから」と言ってタダで一枚くれた。
家に帰って、おにいさんにもらった便せんをカバンから取り出す。少しなやんで、おにいさんのことを思いうかべながら便せんにえんぴつで文字を書いた。やがて、小さな花火がわたしの手の中できれいにかがやき出す。きらきら。ぱちぱち。わたしのほっぺたから温かいものがぱたぱたと流れ落ちても、それはしばらくの間、消えることなくかがやき続けていた。