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慣習の壁を超える ~超越(ちょうえつ)の智慧が示す革新~
「経営者の壁を突破する ―仏教の智慧が照らす道―」⑤(全12回)
組織が成長するにつれて、様々な慣習や規則、制度が確立されていきます。これらは効率的な業務運営に不可欠である一方で、時として組織の革新や変革の妨げとなることがあります。
「前例がない」「これまでそうしてきた」という言葉が、新たな挑戦の機会を奪ってしまうのです。
仏教では、既存の枠組みを超えて新たな境地に至る智慧を「超越(ちょうえつ)」と呼びます。
これは単に既存の慣習を否定することではなく、その本質的な意義を理解した上で、より高次の視点から物事を捉え直す智慧を指します。
例えば、長年続いてきた会議の形式や報告の手順、評価の仕組みなど、組織には数多くの慣習が存在します。
これらは確かに、業務の標準化や効率化に貢献してきました。しかし、環境が大きく変化する中で、そうした慣習が本来の目的を見失い、単なる形式として残っているケースも少なくありません。
超越の智慧は、こうした慣習の本質的な意義を問い直し、現代の文脈で再解釈する視点を与えてくれます。
重要なのは、慣習を「守るべきもの」として固定的に捉えるのではなく、「目的を達成するための手段」として柔軟に捉え直すことです。
この智慧を実践するためには、まず慣習の「目的」に立ち返ることが重要です。
なぜその慣習が確立されたのか、どのような価値を生み出すことを意図していたのか。この本質的な問いかけを通じて、現在の状況により適した新しい方法が見えてきます。
例えば、従来の対面での報告会議は、情報共有と相互理解を深めることが目的でした。この本質を理解した上で、デジタルツールを活用した新しいコミュニケーション方法を導入する。
それは単なる形式の変更ではなく、本来の目的をより効果的に達成するための超越的な取り組みといえるでしょう。
実践的なアプローチとして、定期的な「慣習の棚卸し」を行うことが効果的です。組織内の様々な慣習について、その目的、効果、コストを客観的に評価し、現在の事業環境における有効性を検討する。
この過程で、慣習を「変えてはいけないもの」から「進化させるべきもの」へと転換する視点が育まれていきます。
超越の智慧は、組織の文化変革においても重要な役割を果たします。
例えば、「終身雇用」や「年功序列」といった従来の日本型経営の慣習も、その本質には「人材の長期的な育成」や「組織の安定性確保」という重要な価値があります。
これらの本質を活かしながら、現代の環境に適した新しい制度を構築していく。それが超越の智慧の実践といえるでしょう。
また、この智慧は、グローバル展開やデジタル化といった大きな変革の場面でも真価を発揮します。
異なる文化や価値観との出会いは、自組織の慣習を見つめ直す貴重な機会となります。その際、慣習の本質的な価値を見失うことなく、新しい文脈に適応させていく柔軟性が求められるのです。
ただし、すべての慣習を変える必要があるわけではありません。超越の智慧は、何を変え、何を守るべきかを見極める判断力も含んでいます。
時として、長年の慣習がなお現代においても最適な解である場合もあるでしょう。重要なのは、その判断が単なる惰性や fear ではなく、現状に即した主体的な選択であることです。
次回は「自己否定の壁を超える」をテーマに、経営者としての自信と謙虚さのバランスを育む智慧について探っていきます。
「経営者の壁を突破する ―仏教の智慧が照らす道―」⑥(全12回)