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エッセイ「左側の車窓から」
※こちらは、左利きである私が、以前「日本左利き協会」様ウェブサイト用に寄稿させていただいたものを一部改訂したエッセイとなります。(無断転用・転載等は禁止させていただきます。)
エッセイ 「左側の車窓から」
花巻かおり
かつて私がよく乗っていた在来線の座席は、現在のような両側にずらりと並ぶ格好ではなく、二席ずつ対面していて、四席でワンセットのような作りになっていた。だから、知らない人と向かい合わせで座ることも日常的によくある光景だった。
私は左側が心地よいので、空いていればいつも電車の進行方向の左側の席に腰掛けていた。左側の車窓から見える景色は当然ながらいつも左側の風景ばかりで、繰り返し電車に乗っているうちに自然とその風景を細かく覚えてしまう。どんなビルが建っているのか、どんな家や工場が建ち並んでいるのか、何度も見る映画のお決まりの場面のように覚えてゆく。私はとりわけ、山の形やその稜線、それから田んぼを眺めるのが好きだった。季節によってあらゆる色に表情を変えるそれらの景色たちを、私は毎回、飽きることなく眺め続けるのだった。
電車に揺られているとき、ふいに知らない人に声をかけられることもあった。「どこまで行かれるんですか。」「静岡から来たんですよ。」この頃の私はスマートフォンを見るのではなく、人や景色を見ていた。それらに向き合っていた。たぶん左側の景色には、左側という場所だけで感じる、左側にしかない何かささやかな「特別」があったのかもしれない。
しかし、最近左利きのエッセイを書き始めて、私はたまに思うのである。あのとき右側の車窓にはいったいどんな風景が広がっていたのだろう、と。もちろんそんなことは知らなくても生きていけるのだが、私は漠然とした想いで空想に耽ってしまう。右側には、右側だけに見えていた景色があって、山や稜線があって、けして大げさなことではなく、それを目にする者の人生の一ページを広げてくれていただろう。例えばそれらの右側の風景が、もしかしたらあるとき急に思い起こされて、情緒を呼び起こし、それが詩になっていたのかもしれない。なんだか、少しもったいない気もする。
私は何故、右側の車窓を頑なに見ることがなかったのだろうか。それは、私にとって左側の座席がもっとも心地よかったからに他ならないのだけれど、電車の内装が現在のように変化していってしまうことを当時の私が知っていたなら、もしかすると、右側の車窓から眺める景色にも貴重なものを感じ、右側の座席に座り直してみるという試し書きのような行動を起こしていたかも知れない。
そういえば、日常的に私は右側のことに疎い。右手を使えないことばかりではなく、右側にいる人や、右側を通り過ぎる町並み、右側から聞こえてくる音楽、右側に落ちている物、散らかっている物、片付いている物、ありとあらゆる「右側」に疎い。そういったことを考えるとき、私はあの、かつて何度も眺めた左側の車窓の景色と、見ることがなかった右側の車窓の景色のことを思い起こすのである。
私は今、左側について考えることで、右側を考えることも多くなっている。何かをしているとき、ふと、右側に思いを寄せる。そうして右側を見て、「そうか」と心のなかで微笑み、不思議な満足感を得て、また、前を向いて歩き始めるのだ。
いつかまた、あの古い型の電車のように向かい合わせに座る車両に巡り合うことがあったら、私はあえて、右側の車窓を眺めてみようと思っている。
(了)
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