【週刊消費者情報】 公益通報者保護制度とは 其の三
『消費者情報』No.472(2016年6月号)復刻・巻頭インタビュー後編
公益通報の本質は、違法行為の事実を国民に知らせること
公益通報者が守られる社会を!ネットワーク代表
串岡 弘昭(くしおか・ひろあき)さん
メディアと監督官庁への通報でなければ意味がない
Qー公益通報者保護法が施行されて10年、どのように評価されていますか。
Aー告発を始めた1974年当時、独禁法自体は業界や経済界にとって、ちっとも怖い法律ではなかった。新聞に「破棄公告」さえ出せばそれで済んだからです。ヤミカルテルをしていた運輸業界に対して公正取引委員会(公取委)は、違法に収受した運賃部分を顧客に返却させる命令さえ出せなかったのです。
公益通報者保護法(現行法)も同様に、通報者の保護が図られているかどうかたいへん疑問です。現行法の致命的な欠陥は罰則規定がないこと、それから通報先をまず労務提供先に定めている点です。
僕が行った内部告発は新聞社をはじめ、公取委名古屋支部、日本消費者連盟、運輸省(現、国土交通省)、東京地検特捜部などです。徹底して公的機関に訴えました。なぜメディアが必要なのかというと、メディアは国民に知らせることができる立場にあるからです。メディアの生命線は取材源の秘匿にありますし、”報復”されるリスクは無いわけです。だから、公益通報で第一に確保しなければいけないのは、労務提供先の通報窓口なんかより報道機関だと思っています。
条文では、通報対象事実が生じ、またはまさに生じようとしていると思料する場合……労務提供先あるいはそこが定めたところに公益通報することになっています。しかし、そこが一番危ない通報先であることぐらい、誰だって想像がつくはずです。現行法をつくった人たちは、そのあたりの認識が非常に甘い。
公益通報というのであれば、不正・違法行為の事実が生じた時点で「まず国民に知らせる」ということでなければなりません。加えて監督官庁の指導なりが必要となります。なぜなら、国民が被害を受ける可能性があるわけですからね。数多くの企業不祥事は、不正・違法行為の隠蔽の繰り返しです。隠蔽工作は、ほとんど経営者主導なんです。しかも意識的、組織的、計画的に行われています。ですから、外部からは見えません。隠蔽の事実を知っているのは内部の人間だけです。だからこそ、メディアと監督官庁の二つをセットにした公益通報のあり方でなければだめなんです。違法事実の公表と刑罰を含む行政指導、それから内部通報者の保護がきっちりと守られてこそ、公益通報者保護法の名に値する制度だと考えています。
経済界からは「企業が倒産したら…利益が損なわれたら…信用が失われたら…」という声を聞きます。しかし、その原因が順法精神に反するものであるならば、それもやむなしではないでしょうか。虚偽だと分かっていて通報すれば、通報者は厳しい罰則を受けなければなりません。
Qー現行法は労働者しか保護しない規定になっています。
Aー僕の持論を申しますと、人は生まれたら、国家・国民・消費者の三つから離れられません。誰でも生まれてから死ぬまで消費者だし、国民です。その点、労働者は違います。人生80年として、労働期間は平均して40年だから人生の半分、すべてではないんです。この視点が現行法にはない。だから、労働者という非常に狭い範囲しか保護の対象にしていません。弊害の典型例は、労務提供先に内部通報した当事者が、報復を受け退職に追い込まれたケースです。失業者となった当事者は、もう労働者ではないという理由から、保護の対象には一切ならないのです。
(※筆者補足:2022年改正で退職者〈1年以内〉も対象になりました)
では、公益通報した労働者はされているのか、といえば非常に心許ないわけです。例えば労働基準法には、労働者を保護するための罰則規定がありますし、労働基準監督署にはそれ相当の権限が与えられています。現行法が指し示すところの労働者も、本来なら労働基準法に基づく理念であるべきです。しかし、労働者といっても、一方は厳しい労働法で守られていますが、もう一方はそうはなっていません。実際、通報者である労働者に対して、会社側がどんなにひどい報復をしても、なんら罰則を受けることがないのが現行法です。通報者は泣き寝入りするか、あるいは被害回復するには、自ら民事裁判を起こすしかありません。だけど、もともと立場の弱い労働者が、どうしてできますか? 誰だって「黙っていた方が得だ」と考えますよ。この点が現行法の実効性を低下させている一番の問題点だと思っています。
厳しい言い方をすればですね、現行法は「事業者利益優先保護法」だと、僕なんかは思っているくらいです。
(聞き手・文 原田修身)
消費者庁「公益通報者保護法の概要」も併せてご覧ください。https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/assets/consumer_partnerships_230725_01.pdf
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_220601_0001.pdf
『消費者情報』Web版編集室
・『消費者情報』Web版のバックナンバーはこちら