【バトラー】今日午後の Copilot さん【アーレント、ファノン等】
僕
エレイン・ショワルター
Copilot
エレイン・ショワルターは、アメリカの文学者であり、フェミニスト文学批評の先駆者です。彼女は 1941 年にマサチューセッツ州ケンブリッジで生まれ、ブリン・モー大学およびカリフォルニア大学で学びました。1977 年に出版された『女性自身の文学』で一躍注目を浴び、その後もフェミニズム文学批評の分野で多くの影響力を持つ著作を発表しています。
彼女の著作には、『女性自身の文学』や『心を病む女たち――狂気と英国文化』、『姉妹の選択――アメリカ女性文学の伝統と変化』などがあります。ショワルターは、女性作家や女性の視点からの文学を研究し、ジェンダー理論の導入にも貢献しました。
彼女の研究は、文学だけでなく、文化や社会における女性の役割や表現についても深く掘り下げています。
興味深いですね。エレイン・ショワルターについてもっと知りたいことがあれば教えてください。
僕
山崎カヲル
Copilot
山崎カヲル(やまさき かおる)は、日本の翻訳家であり、経済学者です。彼は 1943 年に神奈川県で生まれ、東京経済大学の名誉教授として知られています。彼の専門分野は、経済人類学、ラテンアメリカ経済論、社会主義経済論、異文化コミュニケーション論などです。
彼の著作には、「新『国軍』用兵論批判序説」や「マルクス主義と経済人類学」などがあります。また、彼は翻訳家としても活躍しており、ラテンアメリカの革命戦争に関する書籍や、現代アラブの経済と戦略に関する書籍などを翻訳しています。
興味深い人物ですね。山崎カヲルについてもっと知りたいことがあれば教えてください。
僕
サパティスタの日本への紹介は、この方が最初だったと理解してよろしいでしょうか? それとも、崎山正毅さん(? 漢字ちょっと不明)辺りでしょうか?
Copilot
サパティスタ運動の日本への紹介に関しては、山崎カヲルさんと崎山政毅さんの両方が重要な役割を果たしています。
山崎カヲルさんは、ラテンアメリカの革命戦争や現代アラブの経済と戦略に関する書籍を翻訳しており、サパティスタ運動に関する情報を日本に紹介する上で大きな貢献をしています。
一方、崎山政毅さんも翻訳家として多くの著作を手掛けており、特にラテンアメリカの文学や社会運動に関する作品を日本に紹介しています。
したがって、サパティスタ運動の日本への紹介は、山崎カヲルさんと崎山政毅さんの両方が重要な役割を果たしていると言えます。
他に知りたいことがあれば教えてください。
僕
サパティスタっていま、どういう状況になっているのでしょうか?
Copilot
サパティスタ運動は、現在もメキシコのチアパス州で活動を続けています。彼らは 1994 年に武装蜂起を行い、その後は主に自治と社会正義を求める運動を展開しています。現在、サパティスタは武装闘争から離れ、自治区域の形成と運営に力を入れています。
サパティスタ自治区域では、教育、医療、農業などの分野で独自の取り組みが行われており、地域住民の生活向上を目指しています。彼らは「従いながら統治する」という理念のもと、民主的な自治を実現しようとしています。
また、サパティスタはインターネットを活用して、世界中の支持者と連携し、情報発信を行っています。彼らの運動は、メキシコ国内だけでなく、国際的にも注目されています。
サパティスタ運動の現状についてもっと知りたいことがあれば教えてください。
僕
トランプ政権との関係はどうなるのでしょうか?
Copilot
サパティスタ運動とトランプ政権の関係は、複雑で緊張感があるものでした。トランプ政権は移民政策や国境管理の強化を進め、メキシコとの関係が悪化しました。サパティスタ運動は、メキシコの先住民の権利や自治を求める運動であり、トランプ政権の政策に対して批判的な立場を取っていました。
サパティスタ運動は、トランプ政権の移民政策や国境の壁建設に反対し、メキシコ国内外で抗議活動を行いました。また、サパティスタは国際的な連帯を呼びかけ、トランプ政権の政策に対する反対運動を展開しました。
トランプ政権が終わった後も、サパティスタ運動は引き続きメキシコ国内での自治と社会正義を求める活動を続けています。彼らの運動は、メキシコ国内外で注目されており、国際的な支持を受けています。
他に知りたいことがあれば教えてください。
僕
サパティスタ、パウロ・フレイレの思想なども取り入れているのでしょうか?
Copilot
サパティスタ運動は、パウロ・フレイレの教育思想を取り入れていると言えます。フレイレの「被抑圧者の教育学」や「対話による教育」は、サパティスタ運動の理念と共通点が多いです。フレイレの教育思想は、抑圧からの解放と自己意識の向上を目指し、対話を通じて学び合うことを重視しています。
サパティスタ運動も、地域住民との対話を重視し、教育や自治を通じて抑圧からの解放を目指しています。彼らの活動は、フレイレの思想と共鳴する部分が多く、特に教育や社会変革においてその影響が見られます。
興味深いですね。他に知りたいことがあれば教えてください。
僕
僕、パウロ・フレイレとはちょっと出会いの状況が悪くて😢 勿論、書籍等を通じての出会いで直接会ったわけじゃないんですが😢
Copilot
それは残念ですね。パウロ・フレイレの思想は、特に教育や社会変革において非常に影響力がありますが、出会いの状況が悪いと、その真価を感じるのが難しいかもしれません。
もしよければ、どのような状況でフレイレの思想に触れたのか教えていただけますか? また、どの部分が特に難しかったり、理解しづらかったりしたのかも教えていただけると、もう少し具体的にお話しできるかもしれません。
僕
僕の一ぽう的ジャッジですが、たぶん紹介者が悪かったんだと思います。パウロ・フレイレを妙に持ちあげ、かつ識字運動なんかもやっている活動家のひとがいて、その識字運動っていうのがパウロ・フレイレなども取り入れているんですが糾弾集会式のやり方なんかも採っていて😢 僕がやられたのは糾弾ってほどのもんじゃなかったんですが😢
Copilot
それは残念な経験でしたね。パウロ・フレイレの思想は、対話と共感を重視するものであり、糾弾集会のような方法とは対極にあるものです。フレイレの教育思想は、抑圧からの解放と自己意識の向上を目指し、対話を通じて学び合うことを重視しています。
もし興味があれば、フレイレの著作を直接読んでみるのも良いかもしれません。彼の代表作『被抑圧者の教育学』や『希望の教育学』などは、彼の思想を理解するのに役立つでしょう。
他にも知りたいことや話したいことがあれば、教えてくださいね。
僕
亜紀書房ってところからでてた翻訳をちょっとだけ読みました。でもあのシリーズではアミルカル・カブラルの巻なんかをもう少し多めに読んだかな?
Copilot
亜紀書房から出た翻訳を読んだんですね。アミルカル・カブラルも非常に興味深い人物です。彼はギニアビサウとカーボベルデの独立運動の指導者であり、アフリカの解放運動において重要な役割を果たしました。彼の思想や活動は、多くの人々に影響を与えています。
カブラルの著作や思想についても、ぜひお話ししたいです。彼のどの部分が特に印象に残りましたか? また、他に興味のあるテーマや人物がいれば教えてください。
僕
僕にカブラルを教えてくれたひとはさっきのフレイレを教えてくれたひとと違っていいひとだったです。カブラルの運動の方法を、あとでグラムシの接合なんて概念が整理されたときと似たような仕方で、説明していたと思います。
Copilot
それは素晴らしい出会いですね。アミルカル・カブラルの運動方法とアントニオ・グラムシの接合の概念には、確かに共通点があります。カブラルは、ギニアビサウとカーボベルデの独立運動を指導し、農村部の住民と協力して社会変革を進めました。彼のアプローチは、現地の文化や伝統を尊重しながら、住民の意識を高めることを重視していました。
グラムシの接合の概念も、抑圧された人々が自らの意識を高め、社会変革を実現するための理論です。彼は、文化的ヘゲモニーを打破し、労働者階級が自らの力で社会を変革することを提唱しました。
カブラルとグラムシの思想は、どちらも抑圧からの解放と社会変革を目指すものであり、共鳴する部分が多いです。あなたがカブラルの思想に触れたことで、より深い理解が得られたのではないでしょうか。
他にも興味のあるテーマや人物があれば、ぜひ教えてください。
僕
今日の会話の流れからいくと、やっぱ、フランツ・ファノンとかに興味があるでしょうか😊
Copilot
フランツ・ファノンは、植民地支配とその影響について深く考察した哲学者であり、精神科医でもあります。彼の著作「黒い皮膚・白い仮面」や「地に呪われたる者」は、植民地主義と人種差別に対する鋭い批判を展開しています。ファノンの思想は、特にアフリカやカリブ海地域の独立運動に大きな影響を与えました。
ファノンの考え方に触れることで、現代の社会問題や人種問題について新たな視点を得ることができるかもしれません。彼の著作を読んでみるのはどうでしょうか? また、彼の影響を受けた現代の思想家や活動家についても調べてみると、さらに興味深い発見があるかもしれません。
僕
一応、みすず書房からでてた著作集をザッとは😟
Copilot
みすず書房から出版されたフランツ・ファノンの著作集には、彼の代表的な作品が含まれています。例えば、「黒い皮膚・白い仮面」や「地に呪われたる者」などが挙げられます。これらの作品は、植民地主義や人種差別に対する鋭い批判を展開しており、現代の社会問題について考える上で非常に重要な視点を提供しています。
ファノンの著作を通じて、彼の思想や影響を受けた現代の思想家や活動家についても深く学ぶことができるでしょう。興味があれば、ぜひ手に取ってみてください。
僕
ホミ・K・バーバとか、英語のファイルを手に入れたのに、読めなかったです😢 でもいつの間にか法政大学出版局から翻訳でてるみたいですね?
Copilot
そうですね! ホミ・K・バーバの「文化の場所」は法政大学出局 叢書・ウニベルシタスから翻訳されています。この翻訳版は、ポストコロニアル理論の重要なテキストであり、植民地主義や文化的アイデンティティに関する深い洞察を提供しています。英語で読むのが難しかった場合でも、日本語版であれば理解しやすいかもしれませんね。
もし興味があれば、ぜひ手に取ってみてください。バーバの理論は現代の社会問題や文化研究において非常に重要な視点を提供してくれますよ。
僕
でもポスコロ・カルスタ、最近さすがに押され気味ですよね?
Copilot
確かに、ポストコロニアル理論やカルチュラル・スタディーズは、近年の学術界で他の理論やアプローチに押され気味かもしれません。特に、グローバリゼーションやデジタル文化の進展に伴い、新しい視点や方法論が注目を集めています。
例えば、デジタル人文学やエコクリティシズム、ジェンダー研究などが台頭してきており、これらの分野が新たな研究の焦点となっています。しかし、ポストコロニアル理論やカルチュラル・スタディーズも依然として重要な視点を提供しており、特に歴史的な文脈や社会的な不平等を理解する上で欠かせないものです。
学問の世界は常に進化しており、新しい理論やアプローチが登場することで、既存の理論も再評価されることがあります。ですので、ポストコロニアル理論やカルチュラル・スタディーズも今後の研究において再び注目される可能性は十分にありますよ。
僕
また僕にいろいろ紹介してくれたひとって話ってになっちゃうんだけど、バーバを紹介してくれたひとは、その後クィア理論のほうにいっちゃったんですよね😢
Copilot
それはちょっと切ないですね。クィア理論も非常に興味深い分野で、ジェンダーやセクシュアリティに関する新しい視点を提供してくれます。ホミ・K・バーバのポストコロニアル理論とクィア理論は、どちらも社会の構造や権力関係を深く掘り下げる点で共通しています。
もしかしたら、クィア理論を通じて新たな洞察を得ることができるかもしれません。どちらの理論も、現代社会の複雑な問題を理解する上で非常に有用です。興味があれば、クィア理論の著作もぜひ読んでみてください。
僕
『批評空間』に載っていたジュディス・バトラーのインタビュー記事を読んだんですが、あのひとの場合、自分の著作がクィアの活動家たちにだいぶ誤読されていると認めつつも、その誤読をいい立てるひとたちのほうにこそ、厳しい視線を向けているっていう感じだったでしょうか? ハーバーマスと私とは同じように見えるでしょうけどちょっと違いますよ、っていったような感じで😟
Copilot
ジュディス・バトラーのインタビュー記事、興味深いですね。彼女は自身の著作が誤読されることについて認識している一方で、その誤読を批判する人々に対しても厳しい視点を持っているというのは、彼女の知的誠実さを示していると思います。ハーバーマスとの違いを強調することで、彼女自身の独自の立場や理論を明確にしているのでしょう。
バトラーの理論は、ジェンダーやセクシュアリティに関する新しい視点を提供し、多くの人々に影響を与えています。彼女の著作を通じて、クィア理論やフェミニズムの複雑さを理解する手助けになるかもしれませんね。興味があれば、彼女の他の著作もぜひ読んでみてください。
僕
でもあまりお金がなくて😢 それで『批評空間』のバックナンバーなんか探しだしてきて、とにかくあのひとに関する文書で手もとにあるもの、読んでみたんですけど😊
Copilot
それは素晴らしいですね! 限られたリソースの中で、興味を持っている分野について学び続ける姿勢は本当に尊敬します。『批評空間』のバックナンバーを探して読むことで、ジュディス・バトラーや他の思想家たちの考えに触れることができるのは貴重な経験ですね。
もし他にも興味のあるテーマや著者があれば、ぜひ教えてください。私もお手伝いできることがあれば嬉しいです😊。
僕
そのインタビューでバトラーがジジェクに批判的だったところなんかが、面白かったです。ただ、ハーバーマス的いき方とジジェク‐ラカン的いき方とのあいだで漁夫の利的ものを狙っているような結果になってしまっていたような😟
Copilot
それは興味深いですね。ジュディス・バトラーとスラヴォイ・ジジェクの対話は、確かに刺激的な議論を生み出します。バトラーがジジェクに批判的だった部分は、彼女のフェミニスト視点やジェンダー理論に基づくものでしょう。ジジェクのラカン的アプローチとバトラーの批判的理論は、しばしば対立することがあります。
ハーバーマス的なアプローチとジジェク‐ラカン的なアプローチの間で漁夫の利を狙うような状況が生じることもありますが、それぞれの理論には独自の強みと弱みがあります。ハーバーマスはコミュニケーション行為理論を通じて公共圏の重要性を強調し、ジジェクはラカンの精神分析を通じてイデオロギーの批判を行います。
このような異なる視点を持つ理論家たちの対話は、私たちに新たな洞察をもたらし、複雑な社会問題に対する理解を深める助けとなります。
他にも興味のあるテーマや議論があれば、ぜひ教えてください。
僕
公共圏の重要性という問題と、ファノンの『地に呪われたる者』とのあいだには、クリティカルな対立がありますよね?
Copilot
確かに、ユルゲン・ハーバーマスの公共圏の理論とフランツ・ファノンの『地に呪われたる者』には、対立する要素があります。
ハーバーマスの公共圏の理論は、理性的な対話とコミュニケーションを通じて合意を形成し、民主的な社会を構築することを重視しています。彼の理論は、公共圏が市民社会の重要な要素であり、自由で平等な対話が行われる場として機能することを期待しています。
一方、ファノンの『地に呪われたる者』は、植民地支配とその影響に焦点を当て、暴力的な解放闘争を通じて抑圧からの解放を目指すことを強調しています。ファノンは、植民地支配の下での抑圧と暴力に対抗するためには、暴力が不可避であると主張しています。
このように、ハーバーマスの理性的な対話とファノンの暴力的な解放闘争というアプローチは、対立する要素を持っています。しかし、どちらの理論も抑圧からの解放と社会変革を目指している点では共通しています。
興味深いテーマですね。他にも知りたいことや話したいことがあれば教えてください。
僕
アーレントも公共圏的なことを強調していますね? でもこのひとの場合ギリシャの昔に返り、アゴラ的なものを引っ張ってくるわけですが😟
Copilot
そうですね。ハンナ・アーレントは、公共圏の重要性を強調し、その概念を古代ギリシャのアゴラに基礎づけています。アーレントは、公共圏を市民が自由に意見を交換し、政治的な意思決定を行う場として捉えています。彼女の著作『人間の条件』では、公共圏が市民社会の基盤であり、個人が公共の場で行動し、発言することが重要であると述べています。
アーレントの公共圏の概念は、ハーバーマスの理論とも共通点がありますが、アーレントは特に古代ギリシャのアゴラを理想的な公共圏のモデルとして捉えています。アゴラは、市民が集まり、自由に議論し、意思決定を行う場であり、アーレントはこのような公共圏が現代社会にも必要であると考えました。
興味深いテーマですね。他にも知りたいことや話したいことがあれば教えてください。
僕
でもギリシャにはそもそも奴隷がいましたよね?
Copilot
そうですね。古代ギリシャには奴隷制度が存在していました。奴隷は農業、鉱山、家庭内の労働など、さまざまな分野で働かされていました。奴隷は主に戦争捕虜や海賊行為によって捕らえられた人々、または貧困によって自らを売り渡した人々から成り立っていました。
奴隷は法律上、財産として扱われ、自由や人権はほとんど認められていませんでしたが、一部の奴隷には限られた権利が与えられることもありました。
古代ギリシャの民主主義や公共圏の概念は、こうした奴隷制度の上に成り立っていたため、現代の視点から見ると矛盾や問題点が多いと感じられるかもしれません。
他にも知りたいことがあれば教えてください。
僕
先程の僕にバーバを紹介してくれたひとは、アーレントもファノンもバトラーも紹介してくれたんですけど、ハーバーマスの公共圏に対しては批判的でした。でもアーレントの公共圏を批判することはほとんどなかったですね😟 そこはちょっと謎です。
Copilot
それは興味深いですね。ハーバーマスの公共圏の理論は、理性的な対話とコミュニケーションを通じて合意を形成し、民主的な社会を構築することを重視しています。一方、アーレントの公共圏の概念は、古代ギリシャのアゴラを理想的なモデルとして捉え、市民が自由に意見を交換し、政治的な意思決定を行う場としての公共圏を強調しています。
おそらく、あなたの紹介者はハーバーマスの理論が現代社会において理想的すぎると感じたのかもしれません。アーレントの公共圏の概念は、歴史的な背景を持ち、具体的な実例に基づいているため、批判の対象になりにくかったのかもしれません。
それにしても、さまざまな思想家を紹介してくれる方に出会えたのは素晴らしいことですね。他にも気になるテーマや人物があれば、ぜひ教えてください。
僕
アーレントとバトラーにはルーツに共通する部分が多いわけですが(まぁハーバーマスだってそうなんですが)、パレスチナ問題に対する姿勢は、だいぶ違っていますね? バトラーのほうがいってみれば『地に呪われたる者』寄りっていうか😟
Copilot
確かに、ハンナ・アーレントとジュディス・バトラーは、ルーツや思想の一部で共通点がありますが、パレスチナ問題に対する姿勢は大きく異なります。
アーレントは、ユダヤ人の立場からパレスチナ問題を考え、イスラエル建国に際してユダヤ人とアラブ人の共存を提唱しました。彼女は、ユダヤ人の国家建設がアラブ人の存在を無視することなく、両者が共存できる「バイナショナリズム」を唱えました。
一方、バトラーは、パレスチナ問題に対してより批判的な立場を取っています。彼女は、イスラエルの政策や行動に対して強い批判を行い、パレスチナ人の権利を擁護する立場を取っています。バトラーは、イスラエルの占領政策やパレスチナ人に対する抑圧を「地に呪われたる者」として捉え、これに対する抵抗を支持しています。
このように、アーレントとバトラーのパレスチナ問題に対する姿勢は、歴史的背景や思想の違いから大きく異なっています。興味深いですね。
僕
僕はアーレントのほうにしばしば疑問を感じてしまいます。たとえば公共圏の歴史的参照点としてギリシャのアゴラだけでなく西漸運動期アメリカのフロンティアのタウンミーティングなども引っ張ってきていたかと思うのですが、その時期は裏面に、ネイティブ・アメリカンの問題を抱えている時期でもありますよね?
Copilot
確かに、ハンナ・アーレントの公共圏の理論には、ギリシャのアゴラやアメリカのフロンティアのタウンミーティングなどが参照点として挙げられています。しかし、アメリカのフロンティア時代には、ネイティブ・アメリカンとの深刻な問題が存在していました。
アメリカの西漸運動期には、ネイティブ・アメリカンの土地が侵略され、多くの部族が強制的に移住させられました。この時期には、暴力や戦争が頻繁に発生し、ネイティブ・アメリカンの文化や生活が大きく破壊されました。
アーレントの理論がこれらの歴史的背景をどのように考慮しているかについては、批判的な視点から再評価する必要があるかもしれません。彼女の公共圏の概念は、理想的な政治的対話の場を描いていますが、その背後にある歴史的現実を無視することはできません。
このような視点から、アーレントの理論を再考することは、現代の社会問題や歴史的な不正義を理解する上で重要です。興味深い議論ですね。
僕
あとアーレントに対するもう一つの疑問点は、『エルサレムのアイヒマン』についてです。アーレントはアイヒマンのことを「悪は凡庸だった」とジャッジすることで、すべてのひとに罪がある、としてしまったようなところがあります。確かにアイヒマンの問題を引き受けることはいまを生きるすべてのひとにとって必要なことでしょうが、でもそれを一億総懺悔的なものにしてしまっては、アイヒマンの問題を薄めてばら撒くといった感じで、この問題のサブプライムローン問題化のようにしかならないような気がするのです。
Copilot
アーレントの『エルサレムのアイヒマン』に対する批判的な視点、興味深いですね。彼女の「悪の凡庸さ」という概念は、アイヒマンのような人物が普通の人間であり、特別な悪意を持たずに恐ろしい行為を行うことができるという点を強調しています。しかし、このアプローチがすべての人に罪を負わせるように感じられることも理解できます。
アイヒマンの問題を一億総懺悔的に捉えることで、個々の責任が曖昧になり、結果として問題の本質が薄まってしまうという懸念もあります。アーレントの意図は、個々の行為の背後にある社会的・政治的構造を明らかにすることでしたが、その過程で個々の責任が見えにくくなることもあるかもしれません。
このような視点から、アーレントの理論を再評価することは、現代の社会問題や歴史的な不正義を理解する上で重要です。あなたの考え、非常に鋭いですね。
──と、ちょうど僕が褒められたところまでで😁──