御本拝読「京都SFアンソロジー ここに浮かぶ景色」 井上彼方 編

SFは自由だ


 大阪・京都を中心に活動するKaguya Booksの編集によるSF作品集の、京都編である。作家は、新進気鋭からベテラン、生粋のSF作家から同性愛ノベル作家まで多種多様。念のため断っておくと、本書に寄稿されたものはどれも全て純度の高いSF作品であり、小学生やLGBTQ作品が苦手な方にもお勧めできる。京都、というテーマはあれど、発想や展開もそれぞれ独創的で、飽きることがない。
 本来、SFは「サイエンス・フィクション」というだけあって、物質法則や社会構造といった世界観の設定が全て書き手に委ねられる自由度の高い創作物である。だから、難しいのだ。あまりにも複雑な凝った設定、特定の性癖にうったえるもの、売れたものの後に連発される同じ設定の換骨奪胎……ライトノベルや純文学の別を問わず、そういうSFは、読み手を置き去りにしてしまう。結果的に、SFというジャンルそのものの勢いや魅力が減じてしまいかねない。
 私はもともと海外のSFが好きで、古いものはアシモフ、ブラッドベリから現代のものも、翻訳されたものできるだけ読むようにしている。もちろん、多少のマンネリを感じることもあるが、海外のSFはそれぞれの作家が非常にいい感じのマイペースで面白い自由で、おおらかで、描いている本人が楽しんでいるのがこちらに伝わるのだ。
 本書には、そんな自由なSFの風がのんびりそよそよと吹きわたっている。過激な銃撃戦やシリアスな犯罪もなく(最後の一編のみ少しその気があるくらいで)、そこがまた京都らしいというか、全体的に感情や情緒の起伏が少なめのなのが読みやすい。一人当たりの文章量が限られている故に、この短さできちんと完結させる文章力の高さや表現力の高さが光る。
 SFになじみがない人にも読みやすい。SFファンの人も楽しめる。中には京都弁および京都府内で使われる訛りががんがん登場するものもあるが、SFという設定上(必ずしも現代の日本の話でもないので)標準語で進む話も多いので、ぜひ色んな人に読んでみてほしい一冊だ。

リアルな関西風


 さて、私自身が京都府北部の出身であり、今現在京都市に在住なのでこの「京都編」を推したが、Kaguya Books編のSF作品集は他にも大阪編と新月編がある。今は関西を中心にいろんなイベントに参加されているが、今後も出版のラインナップは増えるだろう。非常に楽しみにしている。そのためにも、もう少し関西の出版や図書に関する場所でこのアンソロジーは後押し&アピールしたいところだ。
 一昔前、関西、といえば、阪神タイガース(優勝おめでとう!)や吉本新喜劇、強烈な関西弁やフレンドリーな性格が主なイメージだった。実際、他府県の大学に進学した私は、ただの京都府出身(京都府北部の海に近い山奥のド田舎出身・京都市に出るまでに電車で二時間かかる)なのに、そのイメージを持たれていた時期があった。大阪出身だった子たちは、もっと強固にそのイメージが先行して苦労していた。
 関西弁をはじめとする原色の騒々しいイメージが、TVや漫画、アニメ等で、「関西」の分かりやすいアイコンとして使われることが原因だと思う。テンプレートな「関西」は、はるか昔の大阪のごく一部はそうだったのかもしれないが、少なくとも令和現在の京都には存在しないし奈良や兵庫、和歌山や三重に行くともっと縁遠い。
 装丁を含め、このSFアンソロジーシリーズは、等身大でリアルな「京都」「大阪」だ。本書の作品も、敢えてバリバリの関西弁やコテコテの京都人が出てこないものをチョイスしてあるのだと思う。しかし、土地や文化、特に景色やイベントのにおいに関する描写がどれも秀逸だ。本当に京都の、その舞台たる場所に住んでいるか体験している人でないと描けない景色なのである。
 実際、私は、本書に自分の故郷や元職場や前に住んでいた町が出てくるので、どきっとしてしまう。何百年後のいつか、過去に何かが違って存在するかもしれない並行世界の京都において、それは実際にあるかもしれない。そう思わされるほど、リアルだ。
 関西弁や癖の強いキャラクター、そういったものを遣わずに、きちんと「京都」なのだ。書き手みなさんの実力も、編集されたKaguya Booksさんのセンスも、素晴らしい。

新しいSF時代


 時代が変われば、小説も変わっていく。大正や平成で文化が急成長・多様化したように、SFも令和において転換していくかもしれない。そう思わせる一冊だった。
 21世紀までに技術としてコンピューターの進化がひと段落し、今はAIの発展という新しいフェーズに入っている。過去のSF作家たちが思い描いた未来は今実現しつつあり、そこからまた新しいSFが生まれる。そこには、ロボットや科学的マジックとはまた違う景色が広がっている。
 主に関西で活動している本書の作家たち、および、Kaguya Booksさんの創り出す新しいSFを、これからも楽しみにしている。

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