御本拝読「ミナを着て旅に出よう」皆川明

素朴で徹底的で

 本書は、日本のアパレルブランド、ミナ・ペルホネンの皆川明さんのご著書の中でもかなり古いもの。ミナ創設からミナ・ペルホネンになるまでの時期の発行。初版が約20年前で、文庫化されてからも9年。

 その前後くらいから北欧ブーム(「かもめ食堂」とかマリメッコとか北欧家具とか)があり、最近も移住やライフスタイル中心にブームではありますが、少し落ち着いてきた様子。その間にたくさんミナやデザイナー・皆川明に関する本は出ているし割と読んでいる方だけど、私は本書が一番好きです。

 皆川さんの、主に学生時代~ミナ創設までのお話。偏見ですが、流行の北欧好きな方って、文化系であまり汗や肉体労働を好むタイプではなさそう。が、皆川さんはバリバリの陸上(それも昭和のスパルタ系)出身で、アパレル以外のバイトや副業はガッツリ肉体労働派。見た目も穏やかでスマート、優し気な皆川さんですが、その芯には、肉体的にも精神的にも厳しい環境ではぐくまれた強さがあります。

 今のミナ・ペルホネンも素敵ですが、その根底に流れるポリシーや柱となる考え方は、ずっと変わらない。どこまでも素朴で、それを徹底しているからブレないしかっこいいアパレルという、流行という最速のサイクルに左右される業界の中で、ミナ・ペルホネンが淡々と存在し続ける理由が、本書に書かれている気がします。

 違う世界を知る

 本書を通して一貫しているのは、「違う世界を知る」ことの大切さ。皆川さんが学生時代打ち込んだ陸上・長距離競技も、文化服装学院卒業後に働いた魚市場も、今のミナに確実につながっている。一見まったくの畑違いに見えますが、長距離を走る選手としてのコンディションやモチベーションの整え方や魚市場での経験が、皆川さんの中に蓄積されています。それは、アパレルブランドを長く続けていくにあたっての考え方や、テキスタイルの一部として表現されています。

 私は、高校生の頃に本当は美術の学校に行きたかった者です。実際はスポンサー(親)の都合で法律系・国公立しか選択肢がなかったので口にすら出せなかったのですが、絵に携わる仕事ができたらいいなと片思いのように思っていました

 皆川さんも、美術大学に行こうとされて受験勉強用のアトリエを覗かれるのですが、自身の個性をなくして志望校に入学するためのテクニックを身につけてまで入る意味はあるのか?と、アトリエを辞められます。文化服装学院でも、「誰かの決めた正解」に沿うことや膨大な課題をこなすことに疑問を抱かれていました。

 これを読んだ時に、すごく救われたのです。私は結局そういう専門の学校や機関に一切かかわることなく、今も完全に独学マイペースで絵を描き続けていますが、それを肯定してもらったみたいで。

 美術に限らず、医者や教師のような専門職や「好き」や趣味を仕事にした人に多い(もちろん、普通の社会人にも一定数は居る)のですが、その世界しか知らないと、どうしても視野が狭くなります。能力の高さやその分野の経験値はあっても、一般常識や冷静な視点に欠ける分、どこかで壁にぶちあたります。その時、それを乗り越える底力や根性、機転や応用力が備わっていないことが多い。

 その原因は、やはり「その世界しか知らない」ことにあると思います。本書でも何度か書かれていますが、「全く違うことをしている時、心身のモードが完全に切り替わる」ことが実はとても大事自分のしたいこととは違う分野で仕事をすることで、自分のしたいことと物理的な距離ができ、俯瞰で物事を見られるようになるから。

 駅伝や部内のチームワーク。両親や家族との関係。憧れのデザイナーや、土地や国の旅。一見、アパレルデザインとは関係なさそうなことが、職場の空気づくりや、仕事の信念に繋がっていく。そういう、「違う世界を知っている」ことが確実な強さになっていることが、本書ではよく分かります。

 ミナのこれから

 以前、テレビ番組で皆川さんの特集番組を見ていた際、ミナ・ペルホネンの服作りに、「人や資源を大事にする」という考えがあると知りました。そこからミナに興味を持ったのですが、正直、ワープアで毎日かっつかつな私がお気軽にふらりと入店して買っていけるお値段の服ではありません

 それでも、二世代でひとつのワンピースを大切に着られていたり、文字通り「一生」のお気に入りとして着ている方のお話やお顔を見ると、自分のそういう一着はミナ・ペルホネンで見つけられたらなあと思います

 その時その時、一時の流行や「売れる」服を追わない。ミナ・ペルホネンという建築にも似た大きな生き物が与えてくれる服は、そういうアパレルではない。生き物だから、これからもゆるやかに変化もしながらきっと生きていく。それを、見続けていきたいと思います。

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