御本拝読「新宿二丁目のほがらかな人々」新宿二丁目のほがらかな人々
ゲイだから○○、というのは、A型だから几帳面とかみずがめ座だからエキセントリックとかいう迷信めいた言説と同じだと思っている。占いは統計学、という論にも一理あるが、基本的には成育歴や職種などの外的要因から成る「個人による」だろう。が、本書が面白くて読みごたえがあるのは、間違いなく本書に出てくる御三方がゲイだから、である。それは、単純に「ゲイだからこう考える」ということではなく、ゲイという性質と付き合いつつ人生を送るとこういう考え方になるのかも、ということだ。
鼎談形式で、当時のゲイ文化や個人の生活・人生について等を縦横無尽に語る一冊。ゲイカップルの二人とその友人の三人で、30・40代、お仕事もばりばりされている(糸井さんによると「ベア系」らしい)おそらく演出の都合上もあってオネエ言葉で綴られているが、実は内容はとても濃く、硬く、ぱらぱらと流し読みできないほどのボリュームである。
愛、マナー、贈り物、ファッション、人生。大人が当たり前に経験していることについて語っていく三人。ゲイならでは!みたいな話というより、当時(色んな意味で独特だった平成初期~中期)の社会人の色々をかなり冷静に把握・分析されている。ヘテロの女性を敵視もしていないし(むしろめちゃくちゃ丁寧に気持ちを汲み取ってもらっている)、性別や性的嗜好まったく関係なく「社会人・大人としての振舞い方」を論じられている。どちらかといえば、これを読んで耳や心が痛くなるのは、ヘテロの男性かもしれない。
彼らにも友達や姉妹やビジネスの仲間や相手として女性と接する機会がある。そして、恋愛や生活のパートナーとしてではなく、男性と接する機会もある。どちらの気持ちもわかる、のではない。どちらの振舞い方もよく見ている、のだ。そこから、「こういうのは良い!」「これはちょっと……」を見出していく。
ゲイの男性がなぜこれほど冷静に物事を分析しているのか。それは、大前提として性的なマイノリティであることが彼らの人生や行動にたくさんの「一回自分で考える」時間を突き付けるからではないだろうか。
ヘテロであることは当たり前で大多数となっているから、巷のマニュアルや常識はそれを基準に作られ、広められている。男女のデートとは、結婚生活とは、そんなことはわざわざ個人やカップルがいちから考えるまでもなく、既製品がごろごろ転がっているのだ。だから、ある意味考えなくていいから楽だし、どこの誰も似たようなことにもなるのだが。
本書出版当時の20年前、少なくとも今のようにネットやSNSが当たり前でもなかったはずで(ミクシィとか2ちゃんねるはあったっけ?当時高校生だった私はネットは「顔知ってる相手とメール」くらいしかしてなかった)、ゲイである自分がこういう時にどういう行動をとるのが「普通か」などは自分で考えるしかない。普通か否かに関わらず、相手を喜ばせたり自分を保ったりする術は、自分で考えるしかない。この考えるという行為が、彼らを冷静に、論理的にしていくのかもしれない。
本書には名言がたくさんあるのだが、それはどれもゲイ男性にしか通用しないことではない。生活、仕事、恋愛、どれもに対して非常に「一般的な」話ばかりだ。「股を開く前に、心を開きなさい」「プレゼントは、貰った人がくれた人に思いを馳せるためのもの」「(カミングアウトについて)言う言わないにかかわらず、自分に恥じてなかったらいい」等。
本書の中で一番心に残ったのは、三人が、それぞれの職場や友人に対してゲイであることをカミングアウトした話だ。カミングアウト自体についても慎重であるべき理由、言いふらすように自分の嗜好を明らかにすることはある種の暴力であること、無神経に他人のプライバシーや聞かれたくないことに踏み込まないマナー等。20年も前に、こんなに冷静で的確な意見を言語化できる人たちがいたということがすごい。
さらに、男女もマイノリティも「それぞれの甘い膜をかぶっている」論も良い。男だから、女だから、ゲイだから、何かを免除されたり許されたりすることがある。それは正しくないというか、それをそうとしてちゃんと認識できているのならまだしも、無意識にそれに乗っかっちゃってるのはいけない、という話。これは誰にでも当てはまる話で、実は今の社会の色んな歪みを解析するとこの問題が裏にある気がする。
一冊を通して、「差別されてる私たち」「かわいそうな私たち」ではなく、非常に前向きに淡々と生きている彼らの姿が良い。最後の方にきちんと貯蓄や生計についての話もあり、結局ゲイであろうとなかろうと、生きていくのは大変なのだよなあと身につまされる。
約20年前に出版された本書、たまたま図書館で見つけて大当たりだったものの、当然既に個人での入手が難しい。コツコツと古書店を捜し歩く日々が続く。
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