御本拝読「その悩み、大胸筋で受けとめる」棚橋弘至
健全な魂宿るは
実は私、小橋建太さんと同じ町の出身であります。千原兄弟とも一緒(こちらに関しては学校まで一緒)ですが、やはり地元出身のスターは小橋選手。地元凱旋の興行もありましたし。だからというわけではありませんが、レスラーの方の著書やコラムはやはり気になって読んでしまう癖が。
読んでて思うのは、プロとして長年、特にプロレスに関して言えば一時期のプロレス低迷期を支え続けたベテランの選手たちはとても人格が錬れているなということ。別に統計とったわけではないので明言しませんが、同い年の他業種の男性を並べたら頭一つ抜けて落ち着きと品格がある感じ。
私自身別に筋肉ムキムキでもないし、健康であれば人の体型や肥満度なんて全く気になりませんが、彼らを見ていると「健全な魂は健全な肉体にこそ宿る」という言葉は本当だなあと思います。心身のストイックさはもちろん、体作りにもトレーニングにも必要であろう忍耐力や理解力も満ちている。素敵です、鍛えられた肉体。
本書は、棚橋選手が一般の相談者の方々(の、中のおひとりには壇蜜さんが!)の「人生相談」に答えていくもの。その合間や回答中に棚橋選手の人となりや信念、生き方が語られています。
あまり格闘技に興味がない人が抱きそうな「パワーで何とかなる!」「まどろっこしいことはぶっ飛ばせ!」的な荒っぽいことは一切なく(それなら高齢の女性の人生相談の回答の方がよほどぶっ飛んだ荒さがある)、実に冷静に常に優しく相手に寄り添う紳士な棚橋選手。そこには、苦労や悩みを自らも抱えてきた大人の男性としての真摯な言葉が詰まっていました。
冷静さと熱さと
まず、プロレスという派手でパワフルで危険な競技の選手でありながら、棚橋選手が理性的で穏やかなお人柄であることがよく分かります。文章が読みやすく端的で、言葉のセンスや起承転結のバランスも良い。私が何を言える立場でもないのですが、本職の文筆家さんよりも文章を書きなれてらっしゃる感じがします。
そして、全ての相談者に対して、本当に一旦すべて「受けとめる」棚橋選手。辛かったね、大変だったね、と傾聴し、その上で自身の経験を踏まえつつの回答。心理カウンセリングに近いものがあります。
棚橋選手ならどうするか、ではなく、その相談者の性格や状況ならどういう選択ができるかと考えてくれる優しさ。それも、むやみやたらと善悪や勝ち負けで分けるのではなく、本当に一歩引いたところで他者として見てくれる。その冷たい知性と、人に対する情の深さ。
本書のメインは「相談と回答」なので、さらりと説明されるだけにとどまってますが、棚橋選手の来し方も相当大変だったはず。ご自身に関することは敢えて茶化したりコメディタッチにしておられるのですが、きっと誰にも相談できなかったり納得できないまま終わってしまったことも多かったと存じます。
それでも、その苦しみや躓きを、冷静に分析・咀嚼して自らの糧にしている。それがとても難しいと、中年になった私には身に沁みて分かります。
他者への優しさとは、その人の強さなのだと思います。余裕とも言えますが、その余裕は自分の芯がしっかりしているから生まれるもの。棚橋選手の場合は、鉄がうたれて強くなるように、たくさんの試練によって錬られた強さ。
長い時間生きていても、いつまでも子供気分だったりヒステリックだったり自己中心的だったりする人は大勢います。たくさんの経験や年月をいかに自分の強さにするかは自分次第なのだと棚橋選手の回答から教えられます。
ナイスアシスト
おいでやす小田さんのご著書の時にも書きましたが、本書でもまたナイスなアシスタントが光ります。それは、棚橋選手の奥様。超多忙で危険と隣り合わせな棚橋選手のパートナーである奥様が、こちらもとても面白い。
会社勤め→ワンオペの家事と育児に追われる主婦という、その忙しさの中で培われたのか元々の性格なのか、棚橋選手よりも格段にメンタル的にはパワーファイターで屈強な印象です。スパン!と快刀乱麻、気持ちいいほどのあっさりさ。棚橋選手によれば、家事の手伝い等してこなかった男性を結婚後に「再教育」したつわもの。
棚橋選手の女性全てに対する愛と優しさは、この方のおかげが大きいと思うのです。一番身近にいる傑物。尻に敷かれるとか掌の上で転がすとはまた違う、本当に対等な立場でお互いの人生の伴侶であるお二人の関係性が滲んでいて、ホッとするようなニコニコしてしまうような。その人についての一冊ではなくても、本書の隠れた主役は奥様かもしれません。
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