御本拝読『紙の心』エリーザ・プリチェッリ・グエッラ

 久しぶりに御本拝読。他人より仕事が忙しいとか体調がとても良くないとかというわけでもなく、ただひたすら色んな事がなんかうまくいかなくて妙にぐったりしていたという……生きていくのってむずかしいねえ。加えて、この長雨で本格的に体調を崩して同時にシフトも減って、ずるると生きてるだけの生き物になってました。
 そんな堕落した私に喝を入れる如く、がつんと頭を殴って目を覚まさせてくれる作品を読みました。こういう時は、淡々としたエッセイとかしっとりした時代物ではなく、海外のティーン小説を。

 イタリア発のティーン向け小説、『紙の心』全編、手紙の交換とメールの「書簡形式」で話が進みます。徹頭徹尾、本当に100パーセント、書簡だけ。実は、七月のテーマ展示で「文月」にちなんで「手紙」の小説を探していて読んでみたんですが、良い出会いでした。
 最初に言っておくと、かなりイタリアン。情熱的。愛が有り余ってほとばしり過ぎてちょっと熱すぎる。日本人、それも疲れた大人にとっては少々、いやかなり、気恥ずかしく感じるほどに。でも、この物語の主人公たちは14~17歳の思春期真っ盛り。しかも、かなり特殊な状況におかれていて自由を制限されている。それを考慮すると、まあ、こんなのもありかなと。
 以下、普通にネタバレしてしまいますが、ある種のディストピア冒険譚です。それも、ファンタジックではなくかなり現実的で、実際にこういうことが今この瞬間にありそうなリアル。ひょっとしたら作者が描きたかったことはそこではないのかもしれませんが、この「大人の理想のために個人を矯正する」ということがしれっと怖い。そして、これってすごく分かりやすく描いてくれてはいるけど、現実世界でも似たようなことは着々と実行されている。このディストピアは実は現実であって、現実が既にディストピアに近いという底知れぬ怖さ
 その怖さを吹っ飛ばしてくれる、5人のティーンエイジャーたち。書簡形式なので全て翻訳されていて原文とはニュアンスが違うのだろうとは思いますが、興味と探求心と反骨精神でぐいぐい進んでいくところは、ドラゴンやモンスターの出てくる冒険ファンタジーと同じくらいに勢いがある。登場人物も少なくて、それぞれの性格も明確。読んでる最中、冒険をワクワクして読んでいた児童の頃に戻れるような。時間があったから一気に読んだ、ということは大きいでしょうが、続きがどうなるか大変楽しみでした。
 そんな冒険譚ですが、登場人物たちの来し方は非常に陰鬱でハード。その重さも、とても現実的。特に主役二人が語るそれぞれの過去は現実的な悪夢で、悲しくて、救いがない。詳しく全て語られているわけではなくとも、「研究所」にいる子たちがみんなそれぞれ「消したいもの」を持っていて親に連れられてそこにいるのだとしたら、こんなに救われない話はない。あのラストは、ああしかなれなかったよなと納得。
 二人の恋愛の話がメインかと思いきや、実はそれは串団子の串であって、団子は「研究所」の話。ただの恋愛小説でも、冒険小説でもない。しかも、不自由な「文通」という手段で心を繋いでいく。起こっていることは超現実的で未来的なのに、逆行するように古典的な手段で話が進むという面白さ
久しぶりに、人に薦めたいと思える本でした。
 ただ、これを展示に使うかは微妙。正直、大人にも子どもにも興味持ってもらいづらい気がする。この本はとっても素敵だし、それをなんとか人に読んでもらうのが私の仕事ではあるけど。これは、ある程度読書の経験や習慣があって、かつ、情熱的なティーンの恋愛も冒険物語も楽しめて、っていう条件がたくさん必要になりそう。
 でも、こういう本が評価されていく日本の書籍業界であればいいなあと強く思いました。

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