御本拝読「あまからカルテット」柚木麻子
食べ物への敬意
少食で胃・食道が弱いくせに、「食」がテーマの小説が好きで乱読している。が、食べ物が粗末に扱われた時点で、読むのが辛くなってしまう。ミステリーの謎の一つとして、毒が盛られるとか食べて苦しみだすという描写は大丈夫。多分、被害者は気の毒だが食べた瞬間は美味しかっただろうから。
セックスに夢中になって鍋を焦がして料理を捨てた、嫌がらせや見せしめのために食べ物に口をつけずにゴミ箱や床にぶちまけた、虫や不潔なものを混入させて食べさせる、もしくは苦情になる、などは、ベストセラーでも人気作家でも、そっと本を閉じてしまう。それが印象的なテクニック、といえばそれまでだし、あくまで私個人の話。
ストーリーの過程で、その行為はどうしても必要で、無駄になった食べ物が結末で報われるのならいい。食べ物に非道な行為をした者がきちんと報いを受けるのなら。登場人物がハッピーエンドでも、食べ物が不幸なままの話に、私は心惹かれないのだ。
柚木さんの作品は、「食」がテーマのものが多い。BUTTERのように、テーマというか、「食」が善でも悪でも毒でも薬でもあるような複雑な小説。アッコちゃんシリーズのように、快活に突き進む大事な旗として「食」が先頭に立っている小説。柚木さんの小説で扱われる食べ物たちは、いつも尊重されている。
本書は、柚木さんのプロ2作目の作品。単行本の出版が10年以上前なので、登場人物たちの働き方や連絡の方法、社会全体の在り方や価値観も少し変わっている。今ならこれは許されないだろうな、というところもあるが、そんな些末なことは置いておいて、食べ物は本書でも大切に扱われている。
同級生の仲良しグループのアラサー女性4人組が主人公だが、みんな、食べ物を無駄にはしないし残さず美味しく最後まで慈しんでくれる。出てくる料理は全て素敵に美味しそうだ。
変わりゆく中で
友情の話、といえばそうなのだが、単に仲が良いだけの話ではない。高飛車で美人な美容部員、プライド激高い出版社のバリキャリ、深窓の令嬢ピアニスト、素朴でおっとりした家庭料理家。簡単にプロフィールを並べただけで、どの人物にも一癖ありそうである。実際、それぞれが大きな欠点やコンプレックスを抱えている。
その、それぞれの持つ性格上の難点が、ミステリーや話の起点になっている。そして、他の3人の奔走や連係プレーによって謎が解かれたり救われたりして、少しずつではあるが、彼女たちは自らと向き合って壁を乗り越えて変わっていく。
実際に私自身が彼女たちの年齢を超えているから感じられるのだが、アラサーの女性は人格形成ではまだまだもがいている最中だ。学生でもなく、新人という年齢でもなく、かといって「おばさん」にもまだ遠い。これが完全に「おばさん」の4人組のコージーミステリーだと、趣はまた違ったと思う。
本書でも既婚者、婚約状態、新婚、独身、とバラバラのステイタス状態の4人(作中で、各人のステイタスは変化する)だが、「他者と生活する」「人生の大きな転換点」という経験が、この年齢期に多いのはとてもリアルだ。その時に、学生時時代からの友情は一旦遠くなってしまうことが普通だと思う。既婚者、子どものいる女性、と、独身者では、使える時間もお金もがらりと違う。私は結婚出産していないので置いていかれたような立場だが、それは仕方のないことだ。
本書では、誰も出産までは至っていない。が、それぞれが家庭と仕事を持っている状態では、おそらく今後は今までと同じようにティーパーティーや飲み会、誰かがピンチの時は(物理的にも)全員が駆けつけて助ける、ということはできなくなるだろう。
それでも、この4人なら大丈夫なんじゃないかと思わせてくれる。変わっていく4人の女性だが、時にいがみあったり感情をぶつけあいながらも、その根底の絆が変わらないのだと一冊の中に詰まっている。その説得力がある。
風が吹いている
正直、柚木さんの近年のような作品をお好みの方には、物足りないかもしれない。終章ではかなり疾走感もあり、それぞれの物語の結末もさっぱりしているし、全体的に爽やかで軽やか。料理の描写はすごく詳細で美味しそうなのだが、その分、どろっとした愛憎なんかは少ない印象。
正確には、登場人物たちの葛藤や醜い感情も存分に描かれてはいるのだ。重く胃や心にもたれてこないだけで。現実世界で面と向かって言ってしまったら関係は霧散するであろうキツイことも、時に感情のままぶつけあっている。友達、それも学生時代から知っていて腹を割り切った関係だからこそ言い合う。
それでも、作中全体に、ずっとほどよい風が吹いているような感覚がある。みんな、自らの抱える心の膿をあっけらかんとさらけ出している。だから、傷つけあっても、傷口がじゅくじゅくせず、すぐに乾いてかさぶたになる。本書の読後感はとても爽快だ。
この、結構な人間の嫌なところも、「食」をもって優しく包み込んでしまうのが柚木さんの筆致のなせる業なのだと思う。「食」と、「人間」に対して、敬意と愛が感じられる。
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