御本拝読「パッケージデザインのひみつ」公益社団法人日本パッケージデザイン協会監修
包装の向こう側
市販されているものはほとんど全て、何らかの包装を施されている。紙、プラスチック、特殊な素材や形状、実に様々な包装が店にも家にも溢れている。何の気なしに眺めているそれには、ちゃんと一つ一つ意味がある。
一時期、シンプルライフに憧れて100均で買える透明なジャーや容器に調味料や食品を全部詰め変えたことがある。確かに同じ容器やガラスで揃えると見た目はすっきりして見えるのだが、品質管理的な問題が次々出てきたうえに賞味期限や成分表示もいちいち調べたり控えたりする必要があって、半年たたずに挫折した。その時、「商品パッケージって、よく考えられてるよなあ」と痛感したのだ。
買ってきて、一番外側の透明フィルムやシールをはがせば、そのまま置いておける。食べるとき、使うときに、簡単に開封できる。中身が何でどんな製品なのか、誰にでも一目で分かる。それって、やっぱりすごい。
加えて、陳列されている時に購買意欲をそそる色やデザイン。利便性と商戦的魅力を兼ね備えるということは、とても難しい。試行錯誤の末に、現行のパッケージデザインになる様子が、本書ではいくつも解説されている。
パッケージに関する本は、実は割とたくさん出ている。特に、「かわいい」「おもしろい」「なつかしい」というキーワードで括られるパッケージデザインの本は多い。それらと本書の違いは、深度だ。
かわいいパッケージデザインがずらりとたくさん並べられた本は楽しい。見るだけで、購買意欲をそそられる。コレクションとして、図鑑的な意味で、とても心が豊かになる。本書もそういう面は多分にあるのだが、淡々と解説される「ひみつ」が面白くて、商品の向こう、どこかの企業内にいるデザインに携わった人へ思いを馳せざるを得ない。
なぜその形になったか、なぜそのやり方を選択したのか。ちょっとした「NHKのドキュメンタリー番組」が、誌面上で会社・商品ごとに展開されているのだ。
技術と表現の粋
本書は、「技術のひみつ」と「表現のひみつ」の二章立てで構成されている。
「技術のひみつ」では、食品などの製品を安全に管理・保管・運搬するための技術の解説。ただの厚紙やプラスチックではなく、科学技術に基づいた素材が使われ、いかに製品を消費者の手に渡るまで安全に届けられるかに焦点があてられる。
「表現のひみつ」では、パッケージに使用されるイラストや写真についての裏側を明かす。単なる趣味やウケではなく、ヒトの感覚や感性を科学的に分析した結果の色使いや造形。商品パッケージデザインが、「美術」「芸術」というよりは「科学」「社会学」に近いことが分かる。
実に「日本人らしい」と思うのだ。確かに、販促は「商業・営業」であり、デザインは「美術」で、一見すると「文系な仕事」だ。しかし、科学や技術や分析という理科的要素に基づいている以上、それはとても「理系の仕事」になる。特に開国後や戦後の日本の経済や技術の発展を見ていると、この文理のバランスが非常によく、素晴らしい両輪で坂を駆け上がってきた感がある。
こだわりのつまったパッケージデザインのひみつを知れば知るほど、商品が私たちの手元に届いている奇跡が尊いと感じる。工業製品じゃないか、大量生産されたものじゃないか、ということも含めて、顔も見えない誰かの「こだわり」がそこにある。ちゃんと、誰かの生きた体温がそこに残っているのだ。
大切にしたいもの
実は、「季節限定」パッケージは好きだが、「コラボ」パッケージが好きではない。特に、いきなりアニメや漫画のキャラクターが出てきたり、ドラマや映画の登場人物の写真が使われたりすると、そのパッケージが一気にかすんでしまう。端的に、その限定パッケージを手に入れたいファンが大量に買ったりするために普段から愛用しているユーザーである自分が品薄や品切れの割を食うから、ということもある。
本書を読むと、「通常盤」パッケージがいかに試行錯誤されて決定されたかがよく分かる。そうまでして完成したパッケージに、いきなり脈絡もなくキャラクターや人物写真がどーんと入り込むと、その苦労が少し損なわれる気がしてしまう。販促のためにはやむを得ないのだろうが。
日本が海外に誇る文化は、アニメ・漫画だけではない。何百年続く伝統や産業も、日本らしいもてなしのこころも、はっきり形にはならなくても日本独自の大切な文化だ。和食、和装、という言葉で括られるものたちのように。そこに、日本のパッケージデザインも並べてほしい。日本らしいこだわりと粋がつまった、貴重な産業だ。
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