御本拝読「WHAT IS SAPEUR?貧しくも世界一エレガントなコンゴの男たち」NHK「地球イチバン」政策班・ディレクター影嶋裕一
過酷な中に咲く
コンゴ。この国名を聞いて思い出すのは、植民地・治安が不安定・原油とコーヒー等。アフリカの、政治的にも地理的にも厳しい状況の続く国。この記事を書くにあたってちらっとWeb検索をしてみたら、本書の時よりも状況は悪化しているらしく、国際ニュースでも不穏な文字が今後の隣には並んでいる。故に、10年近く前に書かれた本書に出てくる粋で鯔背で男前な彼らが、今も同じように暮らしているかは定かではない。
だけど、だからこそ、この記事を書きたいと思った。そんなコンゴで、美意識と誇りをもって装う彼らのことを追った本書のことを。争いと貧しさの中で、美しさを咲かせる彼らのことを。
「サプール」とは、コンゴ特有の「おしゃれで優雅な紳士たち」のこと。金銭的も治安的にも大変な中で、休日や祭りの際には欧米のブランドのスーツや靴を身にまとい軽やかに往来でステップを踏む「伊達者」たちだ。これだけ書くと日本の昔の竹の子族(古いな例えが)みたいだが、サプールたちには掟がある。それも、暴走族やヤクザのようなものではない。
1.上質な服をエレガントに着こなす
2.色彩感覚を磨き、色のハーモニーを奏でる
3.武器は持たない。軍靴を履く代わりに平和のステップを刻む
4.気取って歩き人を魅了する
5.他人を認め、他人を尊重し、他人に敬意を払う
6.個性を大事に、誇り高く生きる
サプールとは、ファッションのことではなくて生き方のことだ。本書は、そういうサプールに実際に取材をし、そのファッションやパフォーマンス、インタビューをまとめている。
戦禍からの平和
日本のことわざに、「襤褸は着てても心は錦」という言葉がある。サプールは、その進化系とも言える。「錦の心に見合うものを着る」、というか、心意気を服装やパフォーマンスで示すのだ。
本書にぎっしりつまったカラー写真は、本当に美しくてかっこいい。丁寧に手入れされた服の上質さももちろんだが、色使い、着こなし方、何よりもそれを着たサプールたちの堂々たる姿勢や振る舞いの、圧倒的な迫力と絢爛さ。成金や顔がいいだけの人間が高いスーツを着るのとは、まったく様子が違う。彼らの背骨には「サプールである」という矜持がある。胸には各々の熱い思いがある。
皮肉なことに、サプールの大切な軸である「平和」は、彼らの生活や人生が戦禍のまっただ中にあったから生まれてくるものだ。戦争は何も生まない、ということを痛いほど身に染みているから、彼らは「平和的な」サプールであろうとする。軍服とは真逆の極彩色、機能性二の次の美しい生地やカッティング、そして「紳士」であること。ハレの日のそれが際立って美しく見えるのは、彼らの日常は軍事による危険や厳しい貧困だからだ。
私は、特に右派でも左派でもない。当然、戦争はダメだ・嫌だとは思うが、では戦争抗議デモや平和活動に参加するかというと絶対にしない。平和な中で惰性のまま生きているのだ。幼少期から、熱い平和主義者をどこか冷めてみている。そんな私に、今までのどんな平和教育やドキュメンタリー番組や本よりも、本書が一番響いた。悲劇や数字で訴えられるよりも、サプールという生き方で華麗に真っ直ぐ抗う姿が、私には効いた。
純粋な人間の美
とはいえ、やはりかっこいいのは、その格好である。服が好きな私なので、結局はそこに行きつく。人種による違いなど普段あまり意識しないが、「人類の祖はアフリカ大陸にある」説を心から支持したい。太りすぎても痩せすぎてもいない、手足の長い褐色の大人の男たちがばりっとスーツを着こなす姿は、文字通り「絵になる」のだ。
サプールの多くが、労働者だ。中には、普段は近隣国に出稼ぎに行って、イベントの時期だけコンゴに帰ってくるサプールもいる。みな、毎日汗水たらして働いているのだ。その生活が、顔つきにも体つきにも表れている。自らが稼いだお金で高額な衣装を買い、装うのだ。それもまたサプールの誇りであると思う。
それも、単に高額だとか豪奢だとかいうことではない。質が良く、センスが良く、紳士然としていなければならない。派手や豪華とはまた違う、まさにサプールにしかない美的感覚。それは、師から弟子、親から子へと、連綿と受け継がれるものだという。
ここにも、私は感銘を受けた。美しさを、自分一人や自分たちの世代だけでは終わらせない。生き方というかたちのないものを、サプールという器を使って次世代へと残すのだ。
それはもしかして、AIや電子機器やインターネット回線の発達よりもすごいことではあるまいか。サプールにしかできない、「人類でしかできないこと」ではないのか。
残念ながら、サプールの現状を調べようとコンゴの情報へアクセスしても、暗澹たるものが多い。どうか、全てのサプールたちやその家族が、その命や生き方を奪われていないことを心から祈っている。
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