御本拝読「ブランドのコラボは何をもたらすか」午後の紅茶×ポッキー プロジェクト

ほどよい教科書

 新年度、新学期、新人さんの季節。ということで、マーケティングの初心者向けの読みやすい本を一冊。
 といっても、私自身は学生時代から飲食販売→家庭教師→図書館→印刷会社→図書館で全部下っ端のため、広告・販売の業界にはまったく明るくございません。そんな人間が、「よくわかる!マーケティング!」みたいな本を読んでもチンプンカンプン。
 ですが、本書は導入から結論までが三年をかけた一つの実話で、その上で素人にも分かるように易しく仕組みを解説してくれている一冊。広告業界で働く、何かプロジェクトを立ち上げる、という人は少なくても、「同じ目的のために違う会社や部署の人間複数(上下15歳くらいの同年代で)とコミュニケーションとりながら仕事する」人は多いはず。そんな人にも、こんな話もあるんだねと参考になりそう。
 今はもうおなじみになりつつある、キリン「午後の紅茶」とグリコ「ポッキー」のコラボ商品がテーマ。会社や種類の違う商品を、どうやってコラボレーションさせ、双方に利を生み出すものにするか。その発案から、味、パッケージ、売り場展開等、様々な課題を20~30代の女性社員たちだけのチームで乗り越えていく
 おそらくはまだ新人・若手に分類されるであろう彼女たちと、商品のターゲット層が同じ。他のマーケティング本と違うのは、その「若い女性」の視線からプロジェクトを振り返っていること。海千山千のオジサマでは慣れてしまって引っかからないようなところにも、彼女たちはひとつひとつ悩み、解決する。
 若い女性社員たちが未熟だと言っているのではない素人の方に近い目線だからこそ、面白く業界を覗き見ることができ、それが結果的にこのコラボの成功へも繋がっている

若い感性と流行

 令和の今でこそLGBTQ+、SDGs等の活動が盛んだが、本書が書かれた当時、ひいては本プロジェクトの立ち上げ時はまだ平成期で、その意識は今ほど高くなかったと言える。もちろん、少数派を虐げたり貶めたりすることは非難されていたが、「その存在を無視する」「その存在を気にかけない」ことは暗黙の是とされていた気がする。
 本書の若い女性たちは、軽やかにそれを飛び越え、声高に主張するわけではなく、さらりと「だって同性同士の恋もあるから」とパッケージデザインを考案する今の流行りだから、ではなく、彼女たちの感性の中に当たり前にその意識がある
 味に関しても、単純に「ポッキー味の午後の紅茶」「午後の紅茶味のポッキー」ではなく、「一緒に食べた時にどんな味になるか」「2つを足して完成する味は何か」と、ただ流行になればいいということではなく、その先に続くような何かを求める。
 若い女性、といえば流行に結び付けられがちだが、本書の彼女たちはそれと真逆の動きを見せる。浮足立たず、きちんと「任務を遂行するための」会議や試作を重ねるのだ
 かと思えば、当時流行りだったSNSでの拡散や「映え」、QRコードを読み取って限定の動画コンテンツが見られるなど、思い切り流行を使って販促をする。したたかに流行に乗っていく。その塩梅が、プロジェクトの成功の大きなカギだ。

とても個人的に

 概ね面白く読んでいた本書だが、個人的な感想としては「結局そこかい!」と言いたいところもある。
 初めの方で、「女子がみんなピンクやハートが好きだと思うな!」「おじさんには作れないものを!」と語る姿勢に、とても期待した。私も、ハートやピンクやネコやお花やリボンくっつけとけば女子は喜ぶだろうという安易な「女性用」「女子ウケ」商品が嫌いな人間だからだ。無印良品がヒットしているのを見ればわかるだろう。無地・シンプルの方が安心して使える大人の女性はとても多いんだぞ。
 が、結局パッケージのコンセプトは「恋愛」「ハート」「癒し」であり、画期的なアイデアも途中で「これじゃあオジサンと変わらない……」と女性ウケするものへシフトしたり。女子中学生~女子大学生くらいには良いのかもしれないが、仕事に家事に介護にと日々疲れ切っている大人の女性向けとはちょっと思えなかった
 本書中盤で本プロジェクトの管理責任者である男性上司たちが出てくるのだが、この構造そのものが、「熱血女子たちが団結して古い世代の男性たちと対立(まではしてないけど)☆」「でも結局決定権は男性管理職にあります」という、ご都合主義の連ドラ(金曜22時ぐらい)を思わせる。実際、2年目の広告のコンセプトは、「そこまでやらんでも……」とあまりに劇場型過ぎた。
 おそらく、私がこう思ったのは、若い彼女たちは「広告業界で働き、大事なプロジェクトのメンバーに選ばれるほど優秀でバイタリティに溢れる」人たちであり、そんなのは女性の中でも本の小指の爪の先くらいの割合のキラキラした人たちだ。多くの女性は、疲れのとれないまま朝を迎えて家のことをして出勤し、先輩や後輩に揉まれ、お客様に頭を下げ愛想笑いをし、疲れたまま夕飯や家事をなんとか終えて、ぐったり寝てまた起きて……。そんなくたくたの生活の中で、いくら好きでも、お菓子のパッケージのキャラクターの恋愛や性格にそこまで興味を持たないのではないだろうか。
 最初に「ほどよい教科書」と書いたが、読書の意義は「その本を疑ってみる」「反論や異議を考える」ことにもあると思う。その点でも、本書を読んで「自分ならこうマーケティングする」「男性ならどうだろうか」と色々想像することも、思考力を鍛えられる
 

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