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読書メモ『介護格差』結城康博著(岩波新書)で老後不安が鮮明に!
ひとこと書評
著者は介護職、ケアマネ、地域包括支援センター職員として実際に勤務した経験を持ち、現在は淑徳大学総合福祉学部教授である。これまでも介護関連の書籍を岩波から出している。その著者が様々な「格差」を切り口に、今年出したのがこの『介護格差』だ。
保険というものの性質は、介護には向かない仕組みだと思っている。介護保険制度に移行したことも、施設から在宅へという流れと、そのくせ在宅介護や在宅医療が実態としては中心になっていっていない現状も、ちぐはぐさを感じてきた。そしてその論理と制度のちぐはぐさの谷間に落ちるのは、結局われわれ庶民である。
この本でも介護保険の実体と課題が見えるはずだ。老いない人はいない。ぜひ手に取って、自分事として考えてみてほしい。
第1章 やっぱり「おカネ」次第?
介護生活は経済状況に大きく影響を受ける。調査によると、施設より在宅の方が介護費用は安い。ただし、在宅には別途、交通費やマンパワーがかかる。介護期間で最も多いのは4-10年の31.5%。在宅で本当にできるのか。
増える介護保険料滞納者。中には、自分は資産があり社会保障サービスには関心がないと言って一切納めずにきた人も。(社会というものがわかっていないし、完全にタダ乗りだと思うが)
生活保護受給者は「最下位層」ではないという。受給者は医療や介護の負担がゼロなのだ。よって、介護は安心。無年金でも心配いらない。。。むしろ大変なのは、低年金層の介護生活だ。生活保護の「捕捉率」は2割という推計もあり、残る8割の介護生活は相当厳しいはず。
第2章 頼れる人がいるか否かで明暗が分かれる
経済的に裕福でも、介護生活が安心とは限らない。信頼して頼れる親族や知人がいないと苦労することある。介護施設等の入居時の契約書でいわゆる身元保証人が不要なのは13.4%にすぎない(2018年3月厚労省委託事業による調査)※身元保証人無しを理由に入居を拒むことは法令に抵触する可能性が高い、との記載もあった
身元保証人の意味合いは、経済的保証もあるが、さらに重要なのは、延命などの医療判断、亡くなった場合の葬儀や遺骨供養などの対応。著者が知っている仏教系やキリスト教系の施設は、保証人不要だった(もちろんすべてがそうではないだろう)。身元保証人を請け負う業者も出てきている(トラブルも聞く)し、一部の自治体では安価に公的な身元保証サービスを提供している。だが、まだ社会通念としては”個人の問題”のようだ。
特別養護老人ホームや有料老人ホームの入居者が元気か否かは、定期的な面会人がいるか否かによる(毎日19時に娘と電話する人も元気)。要介護者になっても定期的な交流を保つには、若い時から人付き合いを心がけておく必要あり。
第3章 医療と健康格差
興味深かったのは、年齢階級別の認知症有病率(p.65)。
65-69歳→1.5%
70-74歳→3.6%
75-79歳→10.4%
80-84歳→22.4%
85-89歳→44.3%
90歳以上→64.2%
100歳まで自分の頭と手足で生きるつもりでいるが、認知症から最期まで逃げ切れるか!?逆に、80代後半でも、半分以上は(少なくとも医学的には)認知症ではない、とも言える。
介護サービスでは要介護度別に一か月あたりの利用限度額が決まっている。この範囲内で1〜3割の自己負担、超える分は全額自己負担でサービスを利用することになる。しかし、平均的な介護サービス利用は、限度額まで達していない。介護度が上がるほど利用率は高くなるのだが、一番高い要介護5でも、平均は65.3%だ(表あり、p.76)。本当にそれ以上は不要だったのか、我慢しているのか、サービスの供給量の問題か、気になるところだ。
この章では他にも医療と介護、介護現場の感染症への弱さ、などに触れている
第4章 介護人材不足と地域間格差
2023年に倒産・休廃業・解散した「老人福祉・介護事業」は510件で、過去最多を更新した(東京商工リサーチ、2024.1.17)。利用している訪問介護事業所が閉鎖してしまい代替が見つからず回数を減らして我満、といった事例もあるという。地域によっては、いざ介護が必要となったときに、介護サービスを受けられないところもあるようだ。訪問入浴介護サービスは都市部でも人材不足による撤退があるらしい。 ケアマネジャーから紹介があった方へのサービス提供を断ったことがある訪問介護事業所は、431事業所のうち58.7%(浜銀総合研究所「訪問介護事業のサービス提供体制の見直しに関する調査研究事業調査報告書」2022年)。原因は主に人材不足である。
また、要介護認定の出現率には、地域によるばらつきが大きい。住んでいる地域によって、要介護認定者になりやすいか否かに差がある。「運」によるとしか言いようのない部分もあるようだが、できることとしてはかかりつけ医をもっておくこと。意見書をスムーズかつ実態に即した内容で出してもらえ、認定審査の日数が無駄に伸びるようなことも防げそうだ。
人材不足は深刻化しており全職種の有効求人倍率1.21倍のところ、介護関係職種は4.20倍、特にヘルパー人材は15倍。在宅介護は危機的状況と言わざるを得ない。
背景には給与格差があり、国税庁企画課データ活用推進室「令和4年分民間給与実態統計調査結果について(2023年9月)」によれば、全産業における給与所得者一人当たりの平均給与は457万円なのに対し、訪問介護員(ヘルパー)は340万円、生活相談員390万円、ケアマネジャー394万円などとなっている。
第5章 介護は情報戦!
厚労省による介護サービス情報公表制度をインターネットから閲覧しておくとよい。介護事業所・施設における従業員人数、退職者数、研修実施有無、第三者評価機関による評価実施の有無、などがきめ細かく記載されている。特に介護報酬の加算状況は、あまりに加算を取得していない介護事業所であればサービスの質向上に努力していないとも考えられる。民間の介護施設紹介も増えてきている。本書では株式会社ソナエルが紹介されている。なお、彼らの収入は入居成約時の成功報酬(30〜50万円。施設側が払う。)であり、フェアな立場で親身になって相談に乗ってくれるかを見極める必要はありそうだ。
第6章 団塊ジュニア世代の介護危機
介護格差を考える際、世代間格差の問題も忘れてはならない。団塊世代の介護時期は、団塊ジュニア世代がギリギリ現役で働いている可能性があるが、団塊ジュニア世代の老後を介護する介護資源は枯渇しかねない。(ちなみに私は当事者である・・・)。年金格差もあり、例えば1950年生まれなら500万円の年金保険料を支払い、1300万円受け取るが、1970年生まれは保健料1000万円に対し、給付額1500万円と試算されている(厚労省「平成21年財政検証関連資料」2009年)。
本章では他にも、晩婚化に伴うダブルケア、パラサイトシングルからのシングル介護、多重介護、ヤングケアラー、ケアラー支援などに触れている。また、会社全体で介護離職に取り組む大成建設の取り組みも紹介されており、企業の人事担当は参考にしてほしい。
第7章 厳しい2024年改正介護保険
2024年4月施行の改正介護保険法は、必ずしも内容が充実した改正ではなかったようだ。介護報酬改定のアップ率が前回2021年を下回っている。特に驚くのは、訪問介護サービスの基本報酬が引き下げられたことだ。在宅介護を推し進めて来ておきながら、これは何であろうか。厚労省は責任ある方針と説明、実態を伴う保険制度を明示してほしい。癌などの病気を持ちながら介護を受ける必要のある人は増えていく。医療行為を行うためヘルパーの研修が必要で、当然費用もかかるのに、そのような余裕はなく受講は難しくなっている。ますます医療的ケア児・者を担うヘルパーは不足していく。
地域包括支援センターも限界を迎えており、訪問介護の基盤が崩れようとしている。次回の2027年改正が正念場であるが、現在の議論からすると、一層「給付抑制」「自己負担増」の方向へ行きそうで、ますます格差拡大に拍車がかかるかもしれない。
第8章 格差是正のための処方箋
もともと介護サービスは福祉制度により自治体や社会福祉法人などが中心となり提供してきた。2000年に介護保険制度が創設され、「競争原理」に基づき、株式会社やNPO法人などにも門戸が開かれ、介護業界にも多様な担い手が参入できるようになった。しかし、その結果は、どうだったのか?うまくいったこと、行かなかったこと。競争原理を介護というシーンに持ち込むことのメリット・デメリットについて、一度よく検証すべきだ。一度導入してしまったからとばかりに、検証もせずひたすら走るというのはナンセンスだ。
私も、著者の ”旧「措置制度」の評価を見直すべき”との考えに賛成する一人である。「措置」から「契約」へ、の流れは、人材やサービス提供母体の基盤があればこそ成立する話だ。社会構造の大変化を見誤ったとの指摘もその通りだと思う。なにしろ、自己決定など、サービスを受けない(結果、周囲への難易度を増させる)自由があるだけであり、受けたいサービスを受ける自由など、現在の介護保険制度においても、ないのだから。
著者の「ヘルパーの公務員化」(p.218)は面白いアイデアだ。一部で早く試験運用をスタートさせてみた方がよい。
終章 「介活」で格差を乗り切ろう!
最後の章は、介護格差は高齢者本人や家族による意識づけでも変わることを述べている。それは、介護が必要になる日に備え情報収集に励むといったことだ。他にも、支えられ上手になること、笑顔で対応できること、ハラスメントの加害者にならないこと(施設職員への家族からのハラスメントもある)、口コミを知るためにも人とのつながりを大事にしておくこと、元気なうちから親子で話し合っておくこと、介護相談機関を調べておく、かかりつけ医を持つ、元気なうちは働く、といった「介活」が勧められている。