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令和のメリーさんが消えた

毎朝、駅前の団地下に10軒ある商店街を通って最寄りの駅まで行く。早めに帰宅する時は全部の店がまだ開いていて、なんか嬉しい。ここ3年では、一軒だけ店が代わったが、ここの商店街は長く営業している店舗が多いのも特徴。この移り変わりの激しいご時世に良く健闘しているものだといつも感心している。

先日の帰宅途中のこと。魚屋さんの前で話している二人組がいた。あれっ、見たことのある顔!と思ったら居酒屋の店主だった。

何度かお世話になった一杯飲み屋は、店主がワンオペで切り盛りしている。隠れ家的に飲むのに良い店。常連さんもついてるようでコロナも乗り切った。ところが、その彼が椎間板ヘルニアをこじらせたらしい。

何日か前にシャッターの張り紙を見るとしばらく休むとの文言が⋯。なんと診断名まで書いてあった。〇〇〇狭窄症、大変だ。

魚屋のおじさんの声が聞こえた。「俺も体か動けるうちまでだよ。お客さんがいるから開けてるけどさ、ヒーヒーいってるよ」魚屋さんは、奥さんと二人の店。二人とも還暦過ぎてるようだけど、頑張ってる。居酒屋の店主は杖にもたれかかりながら哀しげに頷いてた。

令和の六年目が終わろうとしている今日、昭和の影を残した商店街にエールを贈りたい。京浜東北線の電車の音が時々聞こえる商店街。ガンバレ、みんなガンバレ、夢の電車はまだ続いてる。

実は、先日本屋さんも閉まったばかりなのだった。その本屋さんは、私の子どもの頃には、どこの街にもあった〇〇書店という風情。店に入ると両側の壁はもちろん本棚。店の真ん中にも本棚が背中あわせで仕切りのように置かれていて、その右左に通り道がある。つまり、本の海の中を一周ぐるりと回れるようになってる。そして、奥にはおじさんが座るレジがある。タイムスリップしたよう。本好きの子どもにはたまらない空間。あぁ、私が好きだった酒巻書店とそっくり。

現実に戻ると、シャッターは閉まっており、その真ん中ににこれまでの御礼が書かれている張り紙があった。そこには、感謝の言葉が並んでいた。言葉の主は、本屋のおじさんではなく社員一同から。長きにわたって続いた書店でアルバイトをしてきた方たちらしい。おじさんとは、その後も親交があったのだろう。おそらくご病気で入院しているので、代わりに閉店のお知らせを書いたみたいだ。おじさんの人柄が良く分かる。そのお知らせに、お客さんの寄せ書きもたくさん書いてあった。店の奥で、おじさんとお客さんとが世間話に花を咲かせたことが日常だったのだろう。昔ながらの光景が目に浮かぶ。

この街で、子ども時代を過ごしたマダムから「なかよし」や「りぼん」が出ると必ず駅前の本屋で立ち読みをさせてもらっていた、という昔話を聞かされたのを思い出した。やっぱり、この店だったのだな。

長く続いたのも納得。良心的で子どもたちにも優しい店だったのだろう。

3日後には、張り紙が増えてた。店主の子供たちから寄せ書きへの御礼の言葉があった。

木枯らしが吹き始めて急に冬が顔をのぞかせてきたこの頃だけれど、少し温かな気持ちになった。

けれど、ちょっとだけ気になることがある。実は時を同じくして令和のメリーさんがいなくなったのだ。(私の勝手な命名。映画にも舞台にもなったあのヨコハマメリーさんから拝借してリスペクトの意味で呼んでる)

この本屋さんの前で夜は寝泊まりしていたのが、2月に記事を書いた路上生活者のおばさま。令和のメリーさん。昼間は公園のベンチ、夜は屋根のある商店街の本屋の前。土日の昼間はどこにいるか不明なので神出鬼没感がある。何にせよ、その生きる力には畏敬の念を持つ。絶対に太刀打ちができない。

彼女は、今年の大雪も駅前で乗り越えて元気に過ごしていたのだ。

そのメリーさんが、例の張り紙がシャッターに貼られて以来、姿を見せなくなっている。どこへ行ったのだろう。


偶然なのか、何かの符合なのか、気になってしまう。メリーさんもあの張り紙を見たのかな?そりゃそうだ。メリーさんもあの張り紙を読んだに違いない。そして、軒先を何も言わずに貸してくれていた店主が病気になったことを機に心に変化が起こったのだろう。それが一番自然だ。

幻聴?風に乗ってメリーさんの声が聞こえてきた。

「本屋が無くなっちまうんだからさ。ここにいる意味はもうないさ。他人がどう思ってたかは知らないよ。あたしは本屋を守ってたんだ。通り過ぎる人はみんな手に持ってる小さな箱を覗き込むだけになっちまった。なんだあの箱、最近は子どもまで持ってるよ。魂が抜けたみたいにさ。みんな神様を忘れたんだ。本屋は昔から知恵を授けてくれる神様だよ。だからさ、あたしは毎日お香を焚いたんだ。タバコだろって?お香だよ。祈ってたのさ。ブツブツいってた。独り言じゃないかって。馬鹿だね、あれは祝詞だよ。チクショウと聞こえたって。そりゃ、恨み言も入るさ。みんな、新しいものに飛びついて昔はあれだけ有難がってたものに目もくれなくなるんだからさ」

「チクショウ、アタシのことだってそうさ。アタシは、もうここにいる意味は無くなっちまったのさ」

本屋の前の彼女の定位置に一瞬だけメリーさんが見えた。毒づいてたけど、顔が優しかった。初めてみたメリーさんの笑顔。

メリーさんは、几帳面な人。いつも綺麗に荷物を三つくらいの箱にまとめていた。その箱を昼間はベンチに夜は本屋の前に毎日運んでいた。あの箱は、彼女の思い出の詰まった家財道具一式なのだろうと勝手に思ってた。手元にある荷物には彼女の物語が詰まってるはずだ。

あの箱のひとつには、昔読んだ『なかよし』や『りぼん』が入ってたのかもしれない、と今更ながらに気づいた。普段はもう開けなくなったあの箱の中に⋯。

ヨコハマメリーさんは、戦後を生き抜いて最後は故郷に帰って老人ホームで生涯を閉じた。令和のメリーさんは、高度経済成長期からバブルが弾け、震災、コロナと転げ落ちるような時代を生き抜いてきた。

彼女の生きる力は弱くなんかない。おそらく今頃は、何処かの施設でブツブツ言いながら箱から取り出した少女漫画を眺めてるのだろう。

今日は、しんしんと冷える夜になりそうだ。電車のガタン、ゴトンという音がまた響いてきた。



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