『ブレーブ・サンズー小さな勇者ー』第29話
魔王から放たれる瘴気が、どんどん勢いを増していき、カナタを守るユウを追い詰めていく。ユウに宿っていたマゴは、長くは使えない。瘴気が威力を増す一方、ユウのマゴは輝きを失っていく。
カナタは、意識を倒れているカナとコナタの方を見つめた。二人ともすでに魔王に、魂を奪われ抜けがらのようになっている。
ただ、カナタは、カナとコナタの身体に目に見えない何かがあることにふと気づく。マナの気配を感じることに長けた彼だからそのことに気づくことができた。
「なんだ……」
カナタは、直感的にカナとコナタの身体の中にあるものが、とても重要なものであると感じた。自ずと、彼らの身体に手をぐっと伸ばした。
身体をすり抜けて、何かが指先にコツンと当たり、思わず彼の手は止まった。指先に当たったその物体を、カナとコナタの身体から取り出した。
「これは……ボックス」
コナタの中には、魔王の力を封印していたボックスがあった。それとは別にもう一つのボックスがコナタの中にあったのはカナタにとって驚きだった。コナタだけでなく、母親のカナの方にもボックスが存在している。カナタは、二人のボックスの中身が、今の絶望的な状況を打破してくれる可能性を感じた。
もしかしたら、この中身は……。
恐る恐るカナタがボックスを開けようとした瞬間、横から声がする。
「もしかしたら、この中身は解呪の力ではないか」
この声は……。
咄嗟に、カナタは横を振り返ると、魔王の悪意に満ちた笑顔があった。
「魔王……」
カナタは、魔王の思わぬ登場にぶわっと湧き上がった気持ちに呼応するかのように黒目が左右にわずかに揺れる。
まだ、ユウの方に向かって魔王の瘴気は放たれ続けている。どうして、ここに魔王がいるんだ。
さっと、瘴気が放たれている方を見ると、そこには魔王はおらず、代わりに球体が浮かんでいた。
作り出した球体に、瘴気を放たせているのか。その間に、魔王本人は、俺のところまで来た。まずい。
カナタは瞬時に、魔王から距離を取ろうと足を動かそうとするが、その前に、魔王の手がカナタの喉元に添えられる。
「まさか、別のボックスを隠し持っているとは、思わなかった。よく、見つけた」
駄目だ。ここで、解呪の力まで魔王の手に奪われてしまえば、魔王を打ち倒す術が本当になくなってしまう。何としても、この力をユウに渡さなければならない。
カナタは一か八か、瘴気とマナを同時に出した。マナは元々カナタに宿っていたものを使い、瘴気は、ドレインでクラネからもらった力を使う。
彼が試みているのは、マゴを生み出すこと。ユウがマナと瘴気を混じり合わせ、マゴを生み出したように、カナタは自らのマナと瘴気を組み合わせればマゴを作り出せるのではないかと考えたのだ。
単純なマナと瘴気だけでは、魔王の硬質な身体に傷をつけることはできない。唯一、魔王にダメージを与えられるとしたら、マゴしかない。
一瞬だけでいい。ユウにボックスを渡せる時間を作れれば、それでいい。
カナタは、マナと瘴気が混ざり合うイメージを頭の中で鮮明に思い描きながら、マゴを生み出そうとする。
「なんだ……」
突如、カナタの身体が神々しい光に包まれ、魔王は思わず光を避けるように距離をとる。
幸運なことに、カナタのマゴを生み出すという試みは成功した。見事にユウと同様、マナと瘴気を混じり合わせ、マゴを生み出すことができたのだ。
マナと瘴気の消費量が凄い。早く、やってしまわないと。限界が来る。魔王を倒すなら、今しかない。
魔王も流石に突然のカナタの放つマゴは予想外だったらしく、挙動に少しの遅れが生じていた。それはほんの僅かな隙ではあったが、カナタは、そのチャンスを逃さなかった。瞬時に、作り出した剣にありったけのマゴを纏わせて、渾身の力で魔王の首に向かって勢いよく振った。
カナタの振るった剣は、魔王の首に当たり、そのまま魔王の硬質な皮膚を少しずつ引き裂いていく。
「うっ、うううううううぁあああ!!」
カナタの凄まじい剣撃を食らった魔王は、本来引き裂かれるはずのない自分の首が切断されていくのを感じ、狂ったような悲鳴を上げる。
力を緩めては駄目だ。魔王の首を切るまでは……。
最後までやりきらなければならない。
カナタは、剣を両手で握り一気に魔王の首を切り裂こうとした刹那。
「えっ!?」
魔王を倒すあと一歩というところで、剣に宿っていたマゴがいきなり消えてしまう。マゴが消えると同時に、魔王の首を順調に引き裂いていた剣の動きがピタッと止まる。
カナタが生み出したマゴはとても不安定だった。偶々、カナタの場合、一時的にマゴを生み出せたが、マゴは未完成だったのだ。不安定なマゴは、剣に長く留まることができず、魔王の首を切り落とす前に惜しくも消失してしまった。
「さっきの攻撃はヒヤッとしたぞ!やはり、侮れない!双子の勇者が一人、カタ」
魔王は、充血した目を大きく見開き、こめかみのあたりに血管を浮き出させてカナタに叫んだ。右手を伸ばし、カナタの首をぐっと掴むと、屋上の地面に押し付ける。
「ぐっ!?」
カナタは魔王に首を地面に押し付けられ、うまく呼吸ができない。心臓が狂ったように鼓動し、視界が徐々に黒く染まっていく。
「ボックスはどこだ!ない、持っていたはずだ!」
魔王は、カナタから解呪の力が入っているであろうボックスを探すが見たらない。カナタは、右腕を上げて、小刻みに震えた人差し指で魔王の背後を指さした。
「この気配は……」
魔王は、ひしひしと感じるただならぬ気配を感じさっとカナタの指差す方向を見た。
「カナタ、ありがとな。確かに受け取った」
魔王の視線の先には、再びマゴを纏ったユウが立っている。カナタは、マゴを纏った剣を魔王に向かって振るうと同時に、ボックスをユウの近くに、投げていたのだ。カナタの攻撃は、魔王に致命傷を与えるためのものでもあり、ボックスをユウに渡すための目眩ましでもあった。
ユウの姿を見て、カナタはニコッと微笑みを浮かべた。
やっぱり、ユウはお父さんだ。間違いない。
容姿は変わっても、分かる。
カナタは最後の力を振り絞ってユウに向かって叫んだ。
「お父さん、託したよ。魔王を倒して!お願い!」
カナタの叫びが、ユウの心に響き渡る。お父さんというワードに、ユウの頭に電撃が走ったかのような衝撃が走る。走馬灯のように、前世の記憶、つまりカナ、カナタ、コナタと過ごしたかけがえのない日々の記憶が鮮明に蘇る。
ユウは、前世の記憶が時々ちらつく時があったが、完全に思い出すことはできなかった。
カナタ、コナタ、カナ……。俺は……そうだ。前世では、父親だった。
ユウが前世の記憶を思い出した一方、魔王は意外にも、ボックスがユウに渡ってしまった状況下でも異常に落ち着いていた。
「まあ、いい。解呪の力をもってしても今の私には届きえない。ようやく時が来たようだ。この世界を変革する時が……」
魔王は両手を空に上げると、満面の笑みを浮かべる。その薄気味悪い笑みから、ユウとカナタは、これから想像を絶する恐ろしい出来事の訪れを予感する。
そして、そんな彼らの予感は最悪な形で的中することとなる。
イチノ村の地面に怪しげな線が現れる。禍々しく紫色に輝く線は、至るところに現れ、線と線が一瞬で交わり街全体を囲うほどの巨大な魔法陣となる。この魔法陣は、魂1000万人分のマナがあってようやく発動する事ができる魔法だった。魔王は、瘴気で作った球体を使用し、村人から魂を吸収し続けていた。今このタイミングで、魔王は魂1000万人分のマナを吸収し終えたのだ。
巨大な魔法陣が地面に浮かび上がり、魔王は空を仰ぐと、一斉に村人たちを襲っていた瘴気の球体が上空に集まり、ブラックホールのような渦を作り出す。
球体が作り出した渦に、村人の肉体から魂が自ずと抜けていき、吸い込まれていく。この渦は、人々の魂を吸うごとに巨大化し、膨張していく。渦の先は、魔王のお腹に通じていた。吸収した魂は魔王のお腹の中で、マナを永遠に吸い続けられる。
「ようやくこの時がきた!村人から魂を吸収した。その数にして1000万人以上。この魂に宿るマナを使えば、我が念願が叶う。何者にも虐げられない。立ち向かう気にすらない絶対的な存在に、私はなれる!解呪の力を持ってしても、もはや、私を止めることはできない!」
魔王は興奮気味で、魂が天の渦に、吸い寄せられていく様を見て言った。
「何を言っている。かなりご機嫌なところで、水を差すが、俺はお前が何を企もうが、何を叶えようが知ったこっちゃない。ただ、返してもらう。俺の大切な家族の魂をな」
「家族?そうか、家族か……。ここにいるカナタ、コナタ、カナの3人のことを言っているようだな。お前の魂も、吸って同じく私の力の糧としてやる。安心しろ。ともに私の腹の中で、苦しみ続けるのだ。お前も耳を澄まして聞いてみろ。この村人たちの悲鳴を。気持ちいいだろ。心地いいだろ。最高だとは思わないか?」
魔王は、興奮気味にほくそ笑みながら、ユウに言った。
「聞いているだけで、ヘドが出てくる。お前の言葉一つ一つ俺の神経に障る。もう御託はいい。始めようぜ。最後の戦いを」
「いいだろう。私に歯向かったことを後悔させてやろう」
そう言うと、魔王の身体から、止め処なく瘴気が漏れる。
「息ができない……」
カナタは急に息が苦しくなる。必死に、息を吸おうとするが、うまく呼吸ができない。次第に、意識が遠のいていく。魔王から漏れ出る強烈な瘴気を、カナタのマナでは浄化できない状況だった。
カナタは魔王の強烈な瘴気に蝕まれ、呆気なく意識を失ってしまう。彼の魂が肉体から抜けると天の渦に向かって、吸い込まれていく。
「カナタ!?」
ユウはカナタまでも魂を吸い取られてしまったことに思わず叫ぶ。
「おいおい、私を相手に油断する暇はないと思え」
我が瘴気よ。刃となりて眼前の敵を撃て。
魔王がユウを指差すと呪文を唱えた。大気中の瘴気が、無数の先端を鋭利な尖らせた武器に変形し、勢いよくユウに向かって、飛んでいく。
ユウは、反射的に身体を動かし、無数の瘴気による攻撃を回避していく。
なんとか、躱した。うん、魔王の姿がない。
攻撃を躱し、魔王が立っていた方向を見るが、すでに姿はない。すると、ユウの背後から畳み掛けるように魔王が呪文を唱える。
獄炎よ。すべてを燃やし尽くせ。
後ろに回り込まれながらも、後ろを振り向くと同時に、すかさずユウは呪文を唱え対抗する。
雷よ。我が身を守り。敵を撃て。
すると、雷と炎が激しく衝突し、眩い閃光を周囲に放つ。攻撃が衝突した衝撃で、二人は勢いよく吹き飛ばされる。
ユウは、衝撃を受ける直前にマゴを宿した剣を構え防御して、衝撃によるダメージを軽減させる。数メートル吹き飛ばされたところで、建物の屋上に着地する。
すっかり変わり果てた街の様子をユウは眺めながら、思考を巡らせる。
まだ戦えそうだが、状況は最悪だ。
マゴをいつまでも、使ってはいられない。ボックスの中に眠っていた解呪の力と魔王の瘴気を媒介にマゴを生み出しているが、魔王相手にいつまで保つか分からない。
それに……魔王の力が時が経つに連れてとんでもない勢いで強まっている。
魔王を倒すなら、あの技しかない。
だが、この技を使えば……。
この場所はただでは済まない。
「ほう、お前を殺すつもりでやったが、まだ生きているとは」
「魔王、お前が使っているそれは……」
魔王は、先ほどの攻撃を受けても平然として、両手を組み近くの建物の壁にもたれかかっている。だが、ユウが驚いてるのは、そんなことよりも魔王が、カナタの力であるドレインを使い、ユウのマゴを吸収し剣に纏わせていたことだった。ユウは、気配から魔王の剣に纏っているマゴが、自分のものであることがはっきりと分かった。
「私は、魂を吸収した人間の能力を自由に使うことができる。カナタの魂を吸収した今、私はカナタの力、ドレインを使うことも容易い。それはさておき、これがマゴか。お前の魂を吸収すれば、このマゴすらも使えるようになる。そうなれば、誰も叶う事ができない絶対的な存在になれる」
「そんなに絶対的な存在になることが重要のことなのか?」
「お前は分かっていないのだ。力があれば、なんでも手に入る。私自身がこの世界のルールであり、弱者は私に従うしかない。それに……弱いものを蹂躙するのが私の最大の幸福なのだ!私が絶対的な存在になった暁には、弱者の苦しむ姿を見てほくそ笑みたいのだ!」
魔王は、狂ったようにユウに向かってそう叫ぶ。
「やっぱり、お前は倒さなければならない。俺は魔王、お前がこの世で一番嫌いだ」
ユウは、苛立ちと闘志に満ちた眼光を輝かせた。
「ふん、お前が私のことをどう思おうが、そんなこと心底どうでもよい。まだ私に歯向かう気力があるようだな。いいことを思いついた。お前が、絶望する姿を見たくなった。これほど、お前の心を折ることもなかろう」
魔王は、右手でパチンと指を鳴らすと、周りの瘴気が集まり、ユウの知る3人の人物へとグニャグニャと姿形を変える。その姿を見て、さすがのユウも思わず目を大きく見開き困惑した表情を浮かべる。
「カナ、カナタ、コナタ……」
魔王の瘴気は、ユウの家族であるカナ、カナタ、コナタの3人に姿形を変えていた。
「どうだ。瘴気をお前の知る者どもに変えただけではない。この者どもは、本人の魂を媒介にしている。実力は本人のそれと思え。さあ、行くがいい。我が家族たちよ!!!」
魔王の叫び声とともに、瘴気によって生み出されたカナ、カナタ、コナタの三人が動き出し、ユウに襲い掛かる。
ユウは、腸が煮えたぎるくらいの憤怒が湧き上がり、ギュッと剣を握ると顔をぐしゃぐしゃにして叫び声を轟かせる。
「俺の大切な家族を、お前の家族呼ばわりするなぁあああああ!!!お前だけは絶対に許さない!!!」
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