とんがった表現

おはようございます!

素人の個人の思い浮かんだことのメモです
この考え方が絶対に正しいと
押し付ける趣旨ではありませんことを
ご理解いただけますと助かります


いつの
誰の
とは
特定しませんが…^^;


いずれも
書籍を公に出版しまくっている
割と有名な
方々のことを
なんとなく
お書きしております


割と
お気に入りで
尊敬もしていた

二人の著述家のことが
思い浮かんでいます


一人は
もうだいぶ昔
高校生の頃に
尊敬していた
言論人であり著述家


もう一人は
それよりは
もう少し
後になって
知って

かなり尊敬していた
著述家



でも

この頃
接する
表現が
とんがりすぎている…^^;



方便として
論理のシミュレーションとして
表現していらっしゃるのだろうな

擁護的に見ても見たいが


とにかく
とんがりすぎている


本人の世界観は

結局
そういうことなんだと


彼の
彼らの

世界観では

私は
多分
よくて
名誉なんたら という存在に
かろうじて
引き上げていただけるという
恩恵に浴するチャンスを
もらえるかもしれない
もらえないかもしれない

という
立場なんだろうな


しかも
その例え話の
論理は破綻している

論理としてインセンティブを与える方向ではなく

積極的に
害をなす方向で

本来
人類の
福音のためにある技術を行使する

というような
例え話を持ち出した
後者の人が残念でならない


前者の
高校生の頃に尊敬していた人は

とある社会的立場のことを

多分
論理として
表現していたのだろうけど

多分に
誤解を招きそうだし

線引きが難しい
話なんだよな…^^;

という事柄を
思い切って
決めつけて
表現し切っちゃってるから
キツくなるんだろうな…^^;

その表現には
高校生だった
血気盛んで
現実を知らなかった頃の私なら

斬新な表現だ!


感動していたかもしれない

しかし

それから何十年も
現実というものを
時に楽しく
時にしんどく
渡ってきた感覚からすると


そうか

こういう
斬新すぎる
とんがりすぎた表現ができてしまうのは

多分

その才能と成功に見合った
温室にいるものだから

本気でわからないのかもしれない


そして
一度思い込んだ
世界観や考え方は

そうそう
修正しにくいものなんだろうなと


なんとなく
思う今日この頃です…^^;


ちょっと生意気なことを
呟いてしまったかも


恥ずかしくなったら
そっこー消すかもしれません



いつもおつきあいいただき
ありがとうございます
m(_ _)m


ではまた!



まきのしょうこ


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