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認知詩学の研究史|ビギナー認知詩学(番外編)

ビギナー認知詩学シリーズ、次は「ダイクシス」についてまとめる予定なのであるが、インプットが捗らずまだ記事にできない。前回の「図と地」よりも難しい、読解が深まらない。。。
(今、認知詩学よりもフォルマリズムの方に興味が占められていることも一因かも)
そのため今回は番外編として、先日読んだ『文学理論講義』(ピーター・バリー著、高橋和久監訳、ミネルヴァ書房、2014年)の認知詩学に関する記述部分を要約することにした。


認知詩学とは

認知詩学は言語学と心理学を組み合わせる文学読解の手法で、基本的な認知プロセスの理解を深めることを目的としている。

認知詩学の発生経緯

 1950年代に起こった分野横断の潮流によって、人類学、心理学、言語学といった学問領域が交差することになり、それらの知見が文学批評に持ち込まれたものが認知詩学である。

認知科学の誕生の契機は主に二つ。

①こころの情報処理の仕組みに関する可能なモデルを提案したコンピュータ工学の成長

チョムスキーの「言語能力生得設説」(スキナーの「外部要因説」に対する反論。Language, 35, No. 1. 1959. pp. 26-58)「言語習得は人間のこころに固有に備わっている創造的な内在化のプロセスである。」

 1990年代初め、こうした分野連携の基礎を築いたのは、イスラエルの批評家リューヴェン・ツール『認知詩学の理論に向けて』 (Reuven Tsur, Toward a Theory of Cognitive Poetics, 2nd edition, Sussex Academic Press, 2008) や エレン・スポルスキー(『自然の裂け目ーー文学解釈とモジュール的こころ』 (Ellen Spolsky, Gaps in Nature: Literary Interpretation and the Modular Mind, SUNY Press, 1993) の仕事であった。

1998年のアメリカ近代語学文学協会の年次大会では、フランシス・スティーンとリサ・ザンシャインによって、「文学と認知革命」に関する討論会が準備され、この学会で、「文学への認知的アプローチ」に関する討論グループが立ち上げられた。以上に関しては、『ポエティクス・トゥデイ』 (Poetics Today)の認知主義特集号 (Vol. 23. No. 1, spring. 2003)の巻頭記事「文学と認知革命ーー序論」(Literature and the Cognitive Revolution: an Introduction) に詳しい。この特集自体、認知詩学という領域の確立における画期的出来事であり、この主題に関する優れた出発点となっている。

認知詩学の課題

例えば、あるテクストの冒頭部のような重要箇所で作用している認知プロセスを示すことはたしかに興味深いが、主要目的が認知プロセスを実地で説明したり解説したりすることに限られるならば、作品全体にわたって前述のやり方で進んでいく必要はない。また、この種の分析は、たいていの読者にとってすぐに退屈なものになってしまう。この欠点は類似した文学理論である文体論とも共通している。
こうした問題の解決策は、ひとつには、分析対象として、きわめて短いテクストを探すことである。たとえばクレイグ・ハミルトンはウィルフレッド・オーエンのソネット「病院船」(The Hospital Barge) を用いる(ただし、この詩の文学上の価値という点では疑義がある)。エレナ・セミーノの論文におけるヘミングウェイ 「ごく短い物語」(A Very Short Story) やジョアンナ・ゲイヴィンスの章におけるドナルド・バーセルミの実験的作品『雪白姫』のように、高度の言語上あるいは手続き上の奇抜さで特徴づけられる作品をターゲットとするなら良いかもしれない。
また、認知詩学の論文では、大半が問題となる理論の解説にあてられる。ハンス・アドラーとサビーヌ・グロスが『ポエティクス・トゥデイ』認知詩学特集号への応答論文で述べるように、「認知的分析は(中略)しばしば認知主義者以外には刺激を欠き、教えを垂れてい るように感じられる」(p.19)。認知詩学は文学研究を「エリート主義的ではない」ものにする(「実践認知詩学』p. 1)。 何故ならば、認知詩学は「文学を幸福な少数者のための問題とだけ見なすわけではない」ためだ(p.1)。認知主義者は文学が「人間の認知や体験に関する、最も根本的で一般的な構造やプロセスに基礎を置いている」(p.2)ことを明らかにしたいと考え、究極的には、「美学的、芸術的な体験のあらゆる問題について、あるいは、もうひとつの論争的な問題である文学的創造について、心理学的な説明」を与えることを目標としている。 彼らが本当に解き明かしたいのは偉大な文学についてなのか、人間のこころの認知プロセスなのか、判断を下す必要もあろう。認知主義者ならば「同じことだ。一方なしに他方は研究できない」といいつつ、不可避的に、後者の選択肢を選ぶはずだ。しかし、前者はもとより、後者が必要と見なされるためにも、認知主義は「主流」の文学研究に訴えるべく、特定のテクストの分析に関連したものとなる必要があるだろう。
より専門的な認知的読解が、テクストについて、もっと簡単なルートでは到達し得ない多くのことをいつも教えてくれると確信し切ることはできない。とはいえ、認知主義者のとてつもない楽観主義には、興味をひかれる何かがある。認知主義者たちは常に、今にも大きなブレークスルーを迎えようとしていると自負しているように見える。それゆえ、他のさまざまな「理論以後の理論」と同様に、認知主義についても偏見のない態度を保つ必要がある。

認知詩学を実践する主要な研究者

テル・アビブ大学ヘブライ文学名誉教授 リューヴェン・ツール
ノッティンガム大学所属 ピーター・ストックウェル
ボストン大学所属 アラン・リチャードソン
イリノイ大学所属 ジョゼフ・タビィ
バル・イラン大学所属 エレン・スポルスキー

認知詩学についての主要な文献

①ハンス・アドラー、サビーヌ・グロス 「フレームの調整ーー認知主義と文学へのコメント」(Hans Adler and Sabine Gross Adjusting the Frame: Com ments on Cognitivism and Literature. pp. 1-26 in Poetics Today, 23. 2. summer 2002)
※『ポエティクス・トゥデイ』第23巻第2号。後述の特集号への応答論文

②ジョアンナ・ゲイヴィンス、ジェラード・スティーン編 『実践認知詩学』 内田成子訳、鳳書房、2008年(Joanna Gavins and Gerald Steen eds, Cognitive Poetics in Practice (Routledge, 2003))

③アラン・リチャードソン、フランシス・F・スティーン編 『文学と認知革命』(Alan Richardson and Francis F. Steen eds. Literature and the Cognitive Revolution, Poetics Today, 23. 1, spring 2002)
※「ポエティクス・トゥデイ」第23卷第1号(2002年春)の特集号

④ピーター・ストックウェル『認知詩学入門』内田成子訳、鳳書房、2006年(Peter Stockwell. Cognitive Poet scs: An Introduction (Routledge, 2002))

⑤リューヴェン・ツール『認知詩学の理論に向けて』(Reuven Tsur. Toward a Theory of Cognitive Poetics (North-Holland, 1992))

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