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【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」7(旅館編)『元刑事夫婦の事件簿~老舗旅館に響いた女将の悲鳴。事件現場に紛れ込んだ灰色の野良猫だけが知る事件の真相とは!~』後編

登場人物

灰かぶりの猫
久しぶりに小説を書き始めた、岩手県出身の三十代。「旅館編」最終話にして、主人公の座に返り咲く。
(詳しくはプロフィールの通り)

黄昏たそがれ新聞の夏目 
新米記者。アニメ好き。最近は、『ゆびさきと恋々』の雪ちゃんがお気に入り。「旅館編」では、気付けば、猫の相棒のようなポジションに。

六角瑤子(ろっかく ようこ)演 - 片平なぎさ
元京都県警の刑事。元夫の雅也とは幼馴染。京都市内で起きた「いろは歌」にちなんだ連続殺人事件をきっかけに、雅也とは離婚。現在はフリーランスで記者をしている。

嵐山雅也(あらしまや まさや)演 - 船越英一郎
元京都県警の刑事。元妻の瑤子とは幼馴染。瑤子と、よりを戻すことができないかと考えているが、何かと煙たがられている。現在は私立探偵。

ほか、各局のサスペンス劇場の俳優陣に似た人物
沢村一樹似、平泉成似、内藤剛志似、小林稔侍似、川上隆也似、神保悟志似、西岡德馬似、寺島進似、伊東四朗似、床嶋佳子

(以下、六角瑤子=瑤子、嵐山雅也=雅也、灰かぶりの猫=猫、夏目=夏目、と表記)

※各固有名詞にリンクを追加。
※この物語は間違いなくフィクションです。


これまでのあらすじ

「旅館編」は、いよいよ佳境へ。猫は、この物語を終幕へ導くために、火災報知器の非常ベルを使って、都合よく事件の関係者をフロントに集める。名だたるサスペンス劇場の俳優陣に似た人物を前に、猫は元主人公としての自信すら失いかけるも、夏目の一言で目を覚ます。そして猫は、満を持して、この事件の真相に光を当てる。


猫  「えー、お集まりいただいた皆さん、僕は灰かぶりの猫と言います。タイトルは違いますが、一応、この物語の元主人公です。推理ものにおいて、脇役が事件を解決することはほとんどなく、その役割として与えられるのは大抵、読者に対するミスリード役です。例えば、コナンくんの毛利小五郎しかり。ですが僕は、この場で、この事件の真相を解き明かしてご覧に入れます。ここからは僕が主人公です。とくと、僕の推理をお聞きください」

――フロントに集まった一同、皆、口をぽかんと開け、顔にはてなマークを浮かべる。猫は一向気にせず、

猫 「雅也さん、まずお礼を述べさせてください。あなたが『元刑事デカ夫婦の事件簿~老舗旅館に響いた女将の悲鳴。事件現場に紛まぎれ込んだ灰色の野良猫だけが知る事件の真相とは!~』の中編で、捜査をしてくれたおかげで、今回の事件の概要はつかんでいます。あの事件、京都市内で起きた「いろは歌」にちなんだ連続殺人事件の容疑者と思われる人物が、この旅館の厨房ちゅうぼうまぎれ込んだのですね。そして、その容疑者は今、目の前にいる」

――厨房に属する、何故かサスペンス劇場の俳優に似た10人の人物が、固唾を呑み、表情を硬くする。その時、たった一人、明らかに目を泳がせた人物がいたことを、猫は見逃さなかった。しかし、それは何の証拠にもならない。

寺島進似の料理人
   「おいおい、いったい何なんだよあんた。黙って聞いてれば、俺たちを聞いたこともない事件の容疑者扱いして。こちとら、この旅館で何十年も包丁ふるってるんだ。この中に、包丁を事件に使うような人間なんか、いやしねえよ」

伊東四朗似の料理人
   「そうですよ。わたしもこちらに勤めて長くなりますが、みな、心の中まで見知った仲間たちです。わたしの仲間を何の根拠もなく、容疑者と呼ぶのはよしてくれませんか」

床嶋佳子似の料理人
   「そうよね。私も同じだわ。みんな毎日、同じ釜の飯を食べている仲間なんです。事件だなんて、遠い国の出来事のようだわ」

西岡德馬似の料理人
   「灰かぶりの、猫さんと言いましたか。さきほどから何やら、自分が主人公だの、いや、元でしたか、容疑者は目の前にいるだの、訳の分からぬことを申しておりますが、これは間違いなく威力業務妨害ですよ。そうなると、むしろ容疑者となるのは、あなたの方ではないのですか」

神保悟志似の料理人
   「彼の言う通りです。フロントにはカメラも付いてますから、今撮影されている映像を警察に見せれば、あなたが行っていることは一目瞭然。万事休すですよ」

――さすが、サスペンス劇場常連の俳優陣、ではなく、俳優に似た人物たちと言ったところだった。弁が立つ。猫、彼らのすごみに気圧され、半歩後ろに下がり、たじろぐ。そこで、旗色が悪くなった猫のことを助けようとするかのように、おもむろに雅也が手を上げる。

雅也 「灰かぶりの猫さん。ここであの事件について、警察関係者しか知らない事実を補足させてください。おそらく、事件の真相に近づくために役に立つはずです」

猫  「(ため息のように)雅也さん」

雅也 「実はあの事件には、ひとつだけ奇妙なことがあったんです。現場には必ず、何枚もの京都版の『いろは歌』の歌留多かるたが残されていたのですが、その中で、唯一現場に残されていなかった歌留多が、『て』の歌留多だったんです」

猫  「江戸のいるは歌留多では確か、『て』は、亭主の好きな赤烏帽子あかえぼし。では、京都の歌留多では?」

雅也 「『寺から里へ』です」

――猫、大きく目を見開く。さきほど目を泳がせた人物と雅也の助言が、頭の中で見事に一致し、犯人の確証を強める。しかし、まだ足りない。やはり最後は、犯人の自供がなければ。

猫  「雅也さん。ありがとうございます。どうやらまた一歩、事件の真相、犯人の正体に近づけたようです。――夏目くん!」

夏目 「は、はい!(突然呼ばれ、驚く)」

猫  「雅也さんからのヒント、『寺から里へ』だが、接続詞の『から』を、別の記号に変えてみてはくれないか?」

夏目 「記号? ですか。『から』だと、普通は波線の『~』とかですかね」

猫  「そうだね。他にはないかな」

夏目 「『寺から里へ』なので、えーっと、ちょっと変かもしれないですけど、もしかしたら矢印の『→』も、当てはまるかもしれません」

猫  「じゃあ夏目くん、目の前に矢印『→』があったら、どういう意味だと思う?」

夏目 「矢印の方向に進め、ですかね」

猫  「ありがとう。もう充分だ」

――猫、後ろ手を組み、最後の確証を得るため、まっすぐに一人の人物の元へと歩き出す。そして間もなく、その人物の真正面で足を止める。フロント一同の視線が、一斉に二人に注がれる。夏目、祈るように手を握り合わせ、心の中で猫に言葉を掛ける。

夏目 「(きっと、大丈夫です。きっと、猫さんさんなら、やれます!)」

猫  「――もう、言い逃れは出来ませんよ。あなたの発言の矛盾、挙動に現れた違和感、犯行現場に残されていなかった、『て』のいろは歌留多が暗に示す人物。これらすべてが、あなたを指し示しています。そしてあと一つ、あなた自身が持つ、あなたが嘘を吐いている身体的事実をあらためさせてもらえれば、あなたは必ず完落ちする。どうです、ホームズとワトソンが初めて会った時のように、僕と握手をしてみませんか?」

いろは歌連続殺人事件の犯人
   「な、なにを馬鹿な事言ってやがる。あんたが言ってることはな、すべて憶測なんだよ。そんな奴と、握手なんかできるか!」

雅也 「灰かぶりの猫さん。本当にそいつが犯人なんですか」

猫  「(雅也の方を振り返り)はい。間違いないかと」

――一瞬だった。猫が犯人から目を離した一瞬のスキを突き、犯人は猫にからだをぶつけ、思い切り突き飛ばすと、駆け出して旅館の外へと逃走した。

雅也 「くそ!」

――雅也、間髪入れず犯人の後を追う。背中からフロントの床にたたきつけられた猫は、聞いたこともないうなり声をあげ、天井を仰いで、苦悶の表情を浮かべる。夏目が駆け寄る。

夏目 「(しゃがみ込み)猫さん!」

猫  「な、なつ、め、くん」

夏目 「猫さん、大丈夫ですか!」

猫  「に、にんげん、に、もどるのが、すこし、はやかった、みたいだ、な。ねこのまま、なら、こんな、こと、には」

瑤子 「(心配そうに猫を見下ろし)やっぱり、猫の正体はあなただったのね」

猫  「あ、いや、ぼくは、ねこ、ですが、あくま、でも、ふりを、するねこ、で、ねこ、であって、わがはいは、ねこでは、ない」

瑤子 「――(深く息を吐き)何やら、深い事情がありそうだから、とりあえず今は、そう言うことにしておくわ」

夏目 「そうだ、猫さん。犯人、逃げちゃったんです。これじゃあ、この物語、終わりませんよ。わたしたち本当に、この旅館、いや、この物語の中に缶詰めにされちゃいますよ!」

猫  「(少しだけ上体を起こし)夏目くん、心配する必要はないよ。犯人が向かった場所は分かっている。それに、雅也さんも追いかけてくれているようだしね。――あと三分、待ってくれ。カラータイマーじゃないが、三分あれば僕も回復する。そうしたら一緒に、犯人のもとに行こう。そこがこの『旅館編』のエンディングの舞台だ」

――特別に旅館の車を借り、猫を助手席、瑤子を後部座席に乗せ、夏目の運転で犯人が向かった場所へ向かう。

――そこは、もちろん。

――強風が吹きつけ、断崖絶壁に打ち寄せる波が、悲鳴のように荒々しく波しぶきを上げる。果たしてそこに、犯人と雅也の姿が。猫、夏目、瑤子、雅也に合流する。

雅也 「(犯人を崖の突端に追い詰め)まさか、あんたが犯人だったとはな。あんたは知らないだろうが、俺はあんたのせいで人生を狂わされたんだ。あんたがいなければ、俺は今も、瑤子と…」

いろは歌連続殺人事件の犯人
   「人様の別れが俺のせいか。バタフライエフェクトもいいところじゃねえか。はっきり言ってやろうか。離婚の原因は俺じゃない。あんた自身だよ。あっはははは」

瑤子 「(雅也の隣に寄り添うように立ち)違うわ。彼は何も悪くない。離婚を切り出したのは私だもの。それも、彼のことを第一に考えてそうしたの。(雅也に視線を向け)あなただって、最初から分かっていたんでしょう」

雅也 「いや、悪いのは俺だ。俺があいつを、あんな奴を捕まえることができなかったから」

――雅也、自分を責めるようにうなだれる。瑤子、雅也の肩に手を置き、慰める。雅也は顔を上げ、いまさらのように瑤子の存在に気が付く。

猫  「物語はクライマックスです。雅也さんと瑤子さんの話は、もういいでしょう。スピンオフでお願いします」

夏目 「何て薄情…」

猫  「夏目くん、忘れちゃだめだ。主人公は僕たちなんだ。彼らの話に付き合っていたら、僕たちはいつまで経っても家に帰れない。『家なき子』にはなりたくないだろ」

夏目 「同情は禁物なんですね」

猫  「犯人さん。今のあなたは、まだかろうじて、シルエットの存在だ。僕がはっきりと名指しをしていないからね。――というか、本当の名前は知らないのだが。それでも、あなたはそこ、ずばり崖の上に立っている。それが何を意味するか、分からないほど愚か者ではないだろ」

いろは歌連続殺人事件の犯人
   「は、そんなもん知るかよ。俺はただ、ちょっと海が見たくなっただけだよ。海は、人が皆、還りゆく場所だからな」

――犯人はそう言うと、じりじりと後ずさりし始める。背後は、底の見えないディープブルーの海。猫、嫌な予感に襲われる。

――まさか。

猫  「おい、やめろ! それだけはダメだ!」

いろは歌連続殺人事件の犯人
   「事件って言うのは、犯人を捕まえてこその解決だろ。じゃあ、その犯人が、海の藻屑もくずになったらどうなるんだろうな。犯人死亡、または犯人不明のまま、未解決扱いになるのか。――灰かぶりの猫と言ったか、あなたが、とんでもないお人好しで良かったよ。ここまでたったの一言も、俺のことを、誰にでもわかるように名指しはしなかったんだからな。このまま海に飛び込めば、俺はシルエットのまま消えることができる。(そこでにやりと笑みを浮かべ)こうなったら最後くらい、あんたと握手しといても良かったかもな。――それだけが、心残り、」

――いろは歌連続殺人事件の犯人、舌を切られたかのように突然、言葉を切り、後ろを振り返ると、猫、夏目、雅也、瑤子が見守る中で、ためらうことなく崖の上から海へと飛び込む。急ぎ、崖の突端まで駆け寄った四人は、崖の下を見下ろすも、大きな白波が打ち寄せるばかりで、どこにも犯人の姿は見つけられなかった。

――やりきれない気持ちを抱え、誰もがうつむく中、四人を背後から捉えていたカメラが徐々に上空へと遠ざかり、竹内まりやの『シングル・アゲイン』のイントロが流れ始める。以下、スタッフロール。


  キャスト

 灰かぶりの猫
 夏目

 六角瑤子 演 - 片平なぎさ
       (特別出演)
 嵐山雅也 演 - 船越英一郎
       (特別出演)

 猫アレルギーの女将
 
 ほか、各局のサスペンス劇場の俳優陣に似た人物
 沢村一樹似、平泉成似、内藤剛志似、小林稔侍似、川上隆也似、神保悟志  似、西岡德馬似、寺島進似、伊東四朗似、床嶋佳子

 スタッフ

 企画      灰かぶりの猫
 プロデューサー 灰かぶりの猫

 原作・脚本   灰かぶりの猫
 『灰かぶりの猫の大あくび』(未出版)
 
 エンディングテーマ
 竹内まりや『シングル・アゲイン』
 作詞・作曲 竹内まりや
    編曲 山下達郎
     唄 竹内まりや
     (ムーン・レコード)

 撮影協力
 岩手の某温泉旅館

 監督
 ???

 製作著作
 灰かぶりの猫


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旅館から逃走

断崖絶壁へ追い詰める





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