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【読書感想文】風の歌を聴け/村上春樹

私はこれまで村上春樹を読んだことがほとんどなかった。なんとなく食わず嫌いしていた節すらあった。だが、友人の勧めで読むことにした。

裏表紙には「青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュー作」とある。どうせ読むならデビュー作から、と思ってこの本を手に取った。あまり文量も多くなかったので、2日で読破できた。

読後感としては、何とも言い難い爽やかさがある。しかしその「爽やかさ」は、みずみずしいそれではない。普通の「爽やかさ」を、青空の下、緑の丘を吹き抜けて、一面に刈りそろえられた草や、女子高生の前髪や、真っ白なシャツを揺らす風としよう。では本作の「爽やかさ」はというと、どんよりとした雲と雨の気配に満ちた空間の中で窮屈そうにしている、ゴミ箱やらエアコンの室外機やら、魚の骨やら空き箱やらがめちゃめちゃに同居した路地裏を吹き抜ける、生ぬるくて変な匂いのする風だった。

そんなのは普通爽やかとは言わない。しかし涼風であっても熱風であっても風は風であるのと同じように、本作の「爽やかさ」もやはり一種の「爽やかさ」だと思わずにはいられなかった。

「どんな内容だった?」と聞かれたら、「さあ、よく分からない」と答えると思う。「読みやすかった?」という問いには「うん」と即答できる。「分かった?」と聞かれたら、「全然」と言うだろう。読みやすいのに分からない小説。本に疎い人にはそんな馬鹿なと呆れられるかもしれないが、本当にそうだったのだからしょうがない。

村上春樹についての研究はいくらでもある。世に出回っている書評や解説書を積み上げたら山ができるに違いない。読んでみたくはあるが、でも、それで分かった気にはなりたくない。とにかく本作は私に上述のような不思議な印象を残して通り過ぎて行ったのであり、私はその風の歌を聴こうとして耳を澄まし、その結果聴こえてきたのがよく分からない言語だったからそういう感情になったという、ただそれだけの話である。今のところ本作は私にとってそれ以上でも以下でもない。

でもたぶん小説はそれでいいのだ。何かを伝達する手段である言葉を用いながら、こうした不思議なものを拵えるという行為や結果が芸術としての文学なのではないかと思う。

行間に風が吹いていた。路地裏に吹くような、生ぬるくて変なにおいのする風が。

本作の感想として今の私が言えるのはこれだけである。



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