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#2 振り回される家族

認知症と診断を受けてもすぐに何もわからなくなり、何もできなくなるわけでもなく、症状は様々で十人十色である。

認知症そのものにもいくつか種類があることと、その人の性格や知能、学歴、生活歴、生活環境などに影響されて、どんな感じに仕上がるかは変わってくる。ただただかわいらしく年を取る穏やかな認知症の方も大勢いる。しかし、サミーさんは他罰的、攻撃的なタイプで、このように穏やかではない認知症の場合、家族はその症状に振り回され、良かれと思ってやってことが火に油を注いでしまうこともあり、心身ともにお互い乱されることになる。

消える通帳

物盗られ妄想は初期によくみられる症状のひとつである。特にお金関連、財布や通帳、印鑑が行方不明になり、真っ先に近しい人が疑われるパターン。
サミーさんも多分に漏れず通帳と印鑑がなくなり、よく顔を見せるようになっていた私たち夫婦がターゲットとなった。

「お金がなくなるかも」といった漠然とした不安から「通帳や財布を見つからないところにしまおう」という発想になるようで、結局は自分もしまった場所を忘れて誰からも見つからないことになってしまう。

さらに、「きちんとしている」自分は別の所にしまうなんてことはしないから、「誰かが盗っていったに違いない」という結論に至ってしまう。

なので、パニックになり電話をかけてきて
「返して―」となる。

ひどい時には警察へ電話をする

場合によっては
銀行に出向いて通帳の再発行の相談に行く。

さらに行員さんの対応に腹を立てると
銀行に居座って、怒鳴り散らして警察を呼ばれる羽目になる。

銀行から地域包括支援センターへ「認知症と思われる高齢者が騒いでいるが家族の連絡先を知らないか」と相談があり、そこから家族の私に迎えに来てほしいと連絡が入った。(銀行もこんな人の対応結構しているのかも)
目を三角にしてものすごい形相のサミーさんに
「あんた、何しに来てんねん」(こういう時、急に口が悪くなるんだよね)
と怒鳴られながら無言で連れて帰る私。心底疲れる。

とにかく触らぬサミーに祟りなしで、しばらく放置する。
すぐ忘れる。
そしてまた何かがなくなる。
「返して」「困ってる」の連絡が来る。
ループだ。

かくしんぼの天才の本心

この時期は毎日財布と通帳、携帯、家の鍵のどれかをあちこちにしまって(隠して)しまい、パニックで電話をかけてきては、家まで行って探すということを繰り返していた。だんだんこちらも探すのがうまくなってくるが、どうにも見つからない時もある。なぜに広くもない家の中で見つからないのか。

さらに、汗だくで探している横で、サミーさんに疑いの目を向けられ
「あんたたち、何か持っていこうとしているやろ。あかんで」
と言われる始末。
「あなたがパニックで電話かけてきてるんやろ?」とブチ切れたくもなるが相手が悪い。

あまりにたびたび呼ばれるようになり、サミーさんはわざと私たちを呼んで、あたふたする姿を見るのを楽しんでいるのではないかと疑ってしまうこともあった。
そんな時Nさんが「さみしいんかな?」と一言つぶやいた。
確かにそれもあるのかもしれない。

認知症の初期段階では、本人も自分の異変に気付いている。
何か変だ
どうにかしなければ
でもうまくいかない
どうしよう
誰か助けて

孤独に戦っているのだ。

「じゃあ、週末は一緒にご飯食べるようにしようか」
「どこかに旅行にでもいこうか」とはならなかった。

それは無理だ。これまでの関係が希薄すぎた。
ただ、こうやってすったもんだして財布や通帳を探すくらいは付き合ってあげてもいいかと思ってしまった。これも立派な共同作業だろう。

通帳のお預かり

通帳や保険証などなくなると困るものについては、こちらで預かる提案をたびたびしていたが、本人が納得しなかった。どうにもならないので親戚のおばちゃんも交えて話をして、渋々納得をして預からせてもらうこととなった。が、そのことをすぐに忘れてしまうので紙に書いて、目につくように電話台にテープでしっかりと張り付けた。


しかし、今度はその紙を見るたびに、納得がいかない様子で電話をかけてきては「返してほしい」と繰り返す。
このころの半年は一日のほとんどを探しものと電話をかけることで過ごしていたように思う。記憶障害と何かを失っていく焦燥感でパニックになる毎日だった。



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