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#9 戦友ヘルパーさんとの交換日記

プライドが高く、きちんとしていることをモットーとしていた認知症の姑サミーさんは家の中に人を入れることを好まなかった。それは家族でもそうだった。サミーさんの家に行ってもなんとなく落ち着かないのだ。きれいにしておかないと気が済まないのと、人との距離感をとることが苦手なので、心地よい空間を作って共有するということが親しい(と思われる)間柄でも難しかった。本人は自分はいたって愛想のいい、周りに気を使える人間と思っているが、内実全く違う印象を人に与えていることを知らない。
幸せな人だ。

慣らし保育ならぬ慣らしヘルパー

そんなサミーさんも認知症になってからは人恋しくなり、しきりに「遊びに来てね」などと言って、結婚した当初は「あんたらの世話にはならないから」と言っていた同じ口から出た言葉とは思えないような発言を繰り返した。もちろんそんな愛想よく「遊びに来てね」というばかりでなく、何かスイッチが入ると豹変して、「出ていけー」「二度と来るな」「殺されるー」などと叫んでもいた。認知症のなせる業だけれども、これらの言葉を直接受けると結構消耗する。だからできるだけ接触する頻度は少なくしておきたかった。

着々と認知症は進行しており、今後家事などの介助も必要になると思われた。しかし、長年ひとり暮らしをしてきたサミーさんが、すでに家はめちゃくちゃでも掃除や整理整頓に未だに自信満々の認知症のサミーさんが、誰かに家の中を触らせるわけがないと思った。
少しずつ家に人が来るということの免疫をつけておかなければいけないと考えた。そこで買い物ができなくなってきたタイミングでヘルパーさんの訪問(買い物代行;必要な物を買ってきてもらう)をお願いすることにした。それまでも月に2,3回は通院のついでなどでスーパーへ連れ出していた私は、サミーさんの買い物の内容も知っていたし、パターン化されていたので、同じようなものを買ってきてもらうことをお願いをした。
サミーさんの好みの若い女性二人が担当になった。(サミーさんは男性の介護者の方が苦手)

当然はじめは他人が来ることに困惑し、そんなにあほになっていないと拒否をしたり、訪問時間にひとりで墓参りや買い物へ行っていて不在だったり、トラブルは続いた。しかし、人の心にするりと入り込むヘルパーさんの巧みな技でサービスを受け入れるようになり、さらにヘルパーさんが持ってきてくれる物が自分の好みに合っていることがわかると、手のひらを返したように喜んだ。次第に、ヘルパーさん=優しい人と言う刷り込みが完成した。
ちょろい。そういうところはいい。


サミーさんの裏の顔を知る戦友

豹変、他責他罰系のサミーさんは、外では何とかきちんとした自分を保とうと努力を続けており、おとなしくデイサービスの椅子に座って過ごせていたが、ひとたび自宅となると女王サミーの独壇場だった。私よりも訪問回数の多いヘルパーさんたちは、度々サミーさんの口撃を受けた。それでも彼女たちはプロフェッショナルだった。サミーさんの感情の波に根気よく付き合ってくれて信頼を得ていった。

案の定、サミーさんは少しずつできないことが出てきて、ヘルパーさんにお願いすることが増えていった。買い物代行から始まり、新聞をまとめたり、シャンプーなどの詰め替えなどの家事作業、デイサービスの送り出し、サミーさんの話し相手という最重要任務をこなしてくれていた。

ヘルパーさんは業務報告として日々の記録を残してくれていたが、そこに書ききれないサミーさんの様子や家の中の状況、補充が必要な日用品購入リストについて付箋やメモでお知らせしてくれるようになった。そこで、記録とは別に連絡ノートを用意して、経過がわかるようにした。


交換日記

ヘルパーさんのために用意した連絡ノートはさながら交換日記になった。シャンプーの詰め替えお願いしますとか薬が残っていますとか業務連絡のようなことが多かったが、まめにサミーさんの発言を書いてくれているのでどんな様子だったのかよくわかって、対応を変えたりすることができた。そこにサミーさんのとんでもない言動を吐き出せて、何より私が救われていたように思う。
入所が決まった際にはサミーさんに対する思いと私宛の労いのメッセージが残されていた。「自分のお金を自由にできない」と怒っているサミーさん、「助けて」と頼ってくれるサミーさん、「疲れてない?」などと気を使ってくれるサミーさん、駄々をこねて家にいれてくれないサミーさん、パパの話を嬉しそうにするサミーさん、息子Nさんに嫌われていると悩みを話すサミーさん、どれも大好きだったと。こんな風に本人や家族に安心を与えてくれる天性の才能を持つヘルパーさんに担当してもらってよかったと思っている。
実に3年もの間、すったもんだを一緒に乗り切ってくれた戦友のヘルパーさんたちに心から感謝している。

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