【シリーズ第50回:36歳でアメリカへ移住した女の話】
このストーリーは、
「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」
と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
前回の話はこちら↓
なんちゃってペイストリーシェフとして働いていた明治レストランで、キッチンの仕事も掛け持ちすることになった。
明治はなかなかの人気店だ。
ガラス張りの店内は、ストリートからもよく見える。
手前にある大理石のバーカウンターの中では、美しいアジア人バーテンダーが酒を作っている。
アジア人女性が好きな男性なら、この絵だけで入店するかもしれない。
一番奥にある寿司バーはライトアップされ、照明を落とした店内で、ひと際目立っている。
真っ白なユニフォームを着たアジア人シェフは清潔感があり、並んで寿司を握っている姿を見ると、美味しい寿司が出てくる気しかしない。
白いテーブルクロスを照らすスポットライトは、料理を美しく引き立て、効果抜群だ。
これらの演出は、雰囲気やプレゼンテーションに大喜びするアメリカ人の心をがっしりつかむ。
週末は、ノンストップでオーダーが入った。
オーダーが印刷された紙が、調理台にあるマシンから出てくる。
前菜と汁物は私、メインディッシュはオマーとアレックスの担当だ。
ヘッドシェフの石さんは、”お任せ”が入っていない時は、キッチンと寿司バーを行ったり来たりして、どちらもヘルプする。
私が作るメニューは、10種類くらいあった。
シイタケの土瓶蒸し、茶わん蒸し、味噌汁、生牡蠣、ツナのタタキ、アスパラガスの肉巻き、サラダ、酢の物などだ。
下ごしらえができているので、手のかかる物は少ない。
よくオーダーされるのは、枝豆と味噌汁。
ツナのタタキ、アスパラガスの肉巻き、茶わん蒸しもそこそこ出た。
土瓶蒸しや生牡蠣は、週に数えるほどしか出ない。
味噌汁は、ウォーマーに入っているので、サーヴァー(ウェイターやウェイトレス)が自分たちでよそってくれる。
私は、トッピングの青ネギがなくなる前に、追加するだけ。
茶碗蒸しは、石さんが作り置きしている卵液を冷蔵庫から取り出し、3種類くらいの具を入れて蒸すだけ。
大人気の枝豆は、グツグツ沸騰した窯の中に、決まった量を放り込むだけ。
とっても簡単🎵
枝豆は数分で出来上がるし、枝豆さえ出しておけば、その後の料理までつなげる。
枝豆の役割は意外と大きい。
サーヴァーも枝豆を勧めるのか、ほとんどのテーブルが、枝豆をオーダーした。
メインメニューでは、天ぷらがよく出た。
メニューの天ぷらに加えて、寿司用の海老天もある。
忙しい日は、私は枝豆を、オマーは天ぷらを揚げ続けた。
アメリカンの寿司ロールには、海老の天ぷらが欠かせない。
これを作り忘れると、大変なことになる。
寿司が作れないため、シェフが天ぷらトレイを持って、
「海老はまだかーーーーーっ!!!」
キッチンに飛び込んでくる。
キッチンが忙しい時、寿司バーは殺人的に忙しい。
怒るのもムリはない。
海老がなくて寿司が作れない、と知ったサーヴァーも、怒って文句を言いに来る。
彼らは、客から直接文句を言われるポジションだ。
しかも、チップを頂くために、笑顔を絶やしてはならない。
腹が立つのは当然だ。
その点、我々キッチンのメンバーが、客からダイレクトに文句を言われることはない。
スポットライトは当たらない代わりに、客の視線もない。
「オマー!天ぷら入ったー!」
「オッケー!」
「枝豆できてるでー!」
「ありがとー!」
と声を張り上げながら、ワイワイにぎやかに仕事ができる。
最低賃金でもキッチンがいいなぁ、と思える楽しさだ。
明治の寿司シェフは、全員韓国人だった。
アメリカ人からすると、アジア人が寿司を握っていたら、シェフは日本人だと思えるのかもしれない。
寿司 → アジア人=日本人 → 本物 → 美味しい🙌🎉
私もノルウェイ人、カナダ人、フランス人、イタリア人、皆ひとくくりで白人だ。
区別はつかない。
フランス料理 → 白人=フランス人 → 本物 → 美味しい🙌🎉
きっと、こんな感じなんだろうな。
寿司リーダーのショーンは、40歳くらい。
なかなかの男前で、アジア人としてはスラリと背が高く、166センチの私が見上げるほどだ。
部下にはよく怒っていたけれど、私には、いつもニコニコ笑顔で優しかった。
「ゆみこさん(”み”が強調される)」
ショーンにならって、寿司シェフは皆、私のことを「さん」付けで呼んだ。
彼は、食べ物の話をよくした。
「ゆみこさん、日本料理は甘すぎる!甘くて食べられない!」
「ゆみこさん、辛ラーメン(インスタントラーメン)は最高です!」
「ゆみこさん、味噌汁は味の素を入れた方が美味しいですよね!」
彼も私同様、なんちゃって寿司シェフなのかもしれない。
他の料理よりも稼げるから、寿司を選んだに違いない。
シェフは5人いたけれど、発音を聞く限り、全員が移民だ。
料理は学歴なしで、すぐに始められる仕事だ。
中でも、寿司職人は高給で、ビジネスとして成功する可能性も高い。
「寿司習ったら?女性の寿司シェフはいないから、話題になって、ヴィザも取れるんじゃない?」
と石さんも言っていた。
なるほど!・・・と思った。
けれども、寿司シェフになるには、ちょっと気合がいる。
他の料理とは違い、寿司を作るとなると、心の隅っこに、日本の文化を紹介する気持ちがプラスされる。
日本の寿司文化に愛と誇りは持っているけれど、寿司を作る”愛”が伴わない。
とはいえ、日本人オーナーのレストランは別として、日本人以外が経営する寿司レストランは、完璧に「ビジネス」だ(と思う)。
少なくとも、アランに「寿司愛」があるとは思えない。
ショーンたち韓国人にも、日本の文化、寿司に対する愛はないだろうな。
彼らが、異様な速さで寿司を巻けるのは、そのせいかもしれない。
韓国人や中国人の寿司シェフは、日本人が1本巻く間に、3本くらい巻くと聞いたことがある。
それに、寿司といっても、アメリカ人は、視覚に訴えるロール(巻物)を好む。
シンプルなカッパ巻き、鉄火巻きもあるけれど、メインは、アヴォガド、クリームチーズ、ハラペーニョ、鰻、サーモン、海老天ぷら、マグロなど、色とりどりのロールだ。
この上に、天かす、トビコ、イクラなどがトッピングされる。
仕上げに、マヨネーズ、チリソース、鰻ソースなどで、デコレーションされた、カラフルな寿司がサーヴされると、
「わーっ!綺麗!」
と思う。
デザートを作っている時に、ショーンが2種類のロールを差し入れてくれたことがあった。
初アメリカンロールだった。
天ぷらと、天かすのカリカリの食感がいい。
アヴォガドもクリームチーズも大好きだ。
甘い鰻とピリ辛チリソースの相性も悪くない。
マヨネーズは、どんな時でも普通に美味しい。
3切れくらいは、美味しく頂いた。
4切れ目になると、2つのロールの違いが、わからなくなった。
4切れを食べ終わると、満腹になった。
こんなに早く、満腹になる寿司ははじめてだ。
なるほど、アメリカの寿司は、ネタはもちろん、味、色、ヴォリューム、盛り付け、すべてにおいて別のものだ。
新しい寿司文化だ。
もちろん、明治には、握りのネタもそろっている。
少ないけれど、日本のトラディショナルな寿司が好きな人、興味を持つ人もいる。
彼らは、サーヴァーに寿司ネタについて、色々質問をする。
会話も食事の一部だ。
料理の知識と、コミュニケーション能力の高さは、チップにも繁栄する。
プロフェッショナルなサーヴァーは、常に勉強し、豊富な知識を持っている。
明治では、韓国人が寿司を握り、白人やタイ人のサーヴァーが、日本の寿司や寿司文化について説明する。
裏のキッチンでは、日本人の私が、メキシコ人のオマーとアレックスと、枝豆や天ぷらを作っている。
移民の国、様々な人種が暮らす、アメリカならではの寿司文化、これはこれでおもしろい。