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こころのみくろ

なにになりたいは全然明確じゃないけど、感情を豊かに生きたいと強く思う。

それも、感情という並に揺さぶられながら、ぶらさがりながら、ゆらゆらと生き続けたいと思う。

もちろん、いまのわたしは、感情に揺られることの良くない面に反動を受けすぎて週一くらいで沈んじゃう。

今日なんにも考えずに授業中、後ろから聞こえる声に耳すませてた

とても勉強が苦手な中学生に、先生は「今年は絶対〇〇に勉強楽しい」って言わせてやるなんて話だった

その後に、案の定その子は、「わたし絶対そんなこと言いません!」って言い放ってた

そして、「じゃあ、先生は勉強楽しいと思ってるんですか?」と尋ねると

「現役の時は楽しいとこまで出来なかったけど、浪人して予備校に入って勉強してた時は模試の順位がどんどん上がる感覚、できる感覚、わかる感覚が楽しかった。」なんて話してた。

この考え方もすごい素敵だと思うんだけど、

それ以上に素敵だなと思ったのが、

その事実をちゃんと生徒に感情とともに伝えてたことに感動した

もちろん、はじめは、現役時代は上手くいかなかった話に関しては、実に失敗経験かもしれないし、生徒に「ほらー!」と言われるかもしれないなんて思ってしまうけど、そんな経験も今では宝物感あって誇りになってることが伝わった。

そしてなんと言っても、楽しくなった経験の話はちゃんと笑顔で嬉しそうにしてて、

当たり前だけど、感情は表現するためにあるんだなと感じた。

感情ってわたしのなかでは、色もあるし、特定の空気感も持ってるし、温度もあると思う。

感情隠してばっかりだけどやっぱり、表現してる人を見ると、わたしの感情が嬉しそうに芽生えてる感覚があって、、、他の人の感情とつながってるのかな?なんて思う。

後、とても当たり前でありふれすぎてるけど、

同じ体験をしても、どう感じるかは人それぞれというか、嬉しいと思ってもその程度が人それぞれ違うというこころの中にもミクロのあなや引っかかるなにかがあるのかな?なんて思ってしまう

これ全て含めて、自分はつくづく感情を持つ生物好きすぎるなと感じる。

決して、感情をちゃんと全部抜かりなく表現できてるわけじゃないけど、昔より少し感情を隠さなくなったくらいだけど、、、

やっぱ、人って半端なく素敵な水晶玉のような輝くこころ持ってるのが一番の魅力だなと思う

感情を豊かにするために、
感情が豊かな人ってどんなだろう?と考えたら、
吹部の先生がまっさきに思い浮かんだ

感情を育むためには音楽や美術といった答えのない世界のそれぞれの作品が存在する芸術が大きく関係してるのかもしれない

聞く話によると、その先生はめっちゃ泣くらしい

ここだけ聞くと、大人なのにとか、え?みたいな困惑が走るかもしれない

けどなんか、泣くってことは要するに感情がコップに入ってるとしたら満杯になっちゃったって話なんじゃないかな?と思う

だから、人前で泣くことに対するモラル的なことは置いておいて

その話を聞いた時、泣くからこの人は弱いなんてレッテルを知らぬ間に貼ってたそんなわたしが場違いに感じる

強いひとだから泣かないとか、なくて、強くても泣くし、わらうし、いいと思う

こころってみくろすぎて素敵すぎる

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