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【詩】陋屋で秋に入る

この秋も

歴史は

濁流となって
大河が蛇行しながらも海に向かうように
進んでいるのだろうか?

長い雨の後 暑気は去り
空気は洗われ 塵埃は落ち
まだ濡れている舗道に
木犀の香が漂い始めたころ

雷神ペルーンに率いられた
北方の帝国から
鳥が渡ってくるこの島国では
太平洋の対岸のもう一つの帝国に向けて
約束する小指のような形をした半島の
付け根あたりの軍港に近く
毎年 夏のしたたるような
濃い緑に被われた樹々が
やがて蕭条とした枯れ木立となる
低い山々の峡にある陋屋の
古畳に背を丸めて胡座し

スマートフォンも満足に使えぬ
一人暮らしの老人が
すみれ色の夕刻
六時過ぎスーパーマーケットで
半額になった鮪の刺身と
これも三割ディスカウントされた
胡瓜と茄子の糠味噌漬けを買い求め
旧友から贈られた越後の高い酒を
使い古した卓袱台のうえに置き
萩焼の茶碗で飲む

七時のテレヴィニュースで
整った顔立ちの女性アナウンサーが
兵士のように厳しく訓練された
日本語を話すのをぼんやりと聞きながら
「専門家の話によると・・・」

水が喉を越すときのように
後味に何も残さない
あるいは雪のごとくすぐに消える
透明感のあるすっきりとした辛口の和酒を
二合ほど飲んだ後は
大英帝国の ではなく
柑橘の香の立つ濃厚な国産のジンを
グラスに替えてそそぎ
テレヴィのスイッチをオフし
しばらく時の流れを止める

二階に上がり寝室の窓を開けると
古い詩人が雅な言葉でうたったように
秋風にたなびく雲の絶え間より
月の光がさやかに漏れ出ている

東京湾と相模湾に挟まれた
この小さな半島の山峡にある
亡父母の陋屋にも

もしも
キーウやかつてのロンドンのように
サイレンが鳴り響き
たくさんのミサイルが空から降ってきたら
その恐怖を脳の扁桃体が深く受感したら
もう一度 言葉を探そう


(註)ペルーン:スラブ神話の主神(ウィキペディアより)






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