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映画『ドクターXの晶さんは、カッコいいベーシストでした』

【映画『Doctor−X』がヒット上映中ですが、主人公の師匠である晶さん(岸辺一徳)
は、カッコいいベーシストだったんです】

沢田研二&井上堯之バンド『ワンステップ・フェスティバル1974年』


福島県郡山市での1974年ワンステップ・フェスティバルでのライブ盤、聴いて、ウォーキングしてました。

ドラマ『Doctor -X』や『相棒』とかで、主人公の重要な師匠や上司を演じていた名優・岸辺一徳は、そのライブ盤では、内田裕也さんから、岸部修三と紹介され、ノリよいベースを弾いている。


私が小学生の頃
岸部修三(本名)がいたザ・タイガースのシングルレコード、いや、ソノシートだったかな
姉が買っていたらしく、家にあった。
そのソノシートのジャケットには、各メンバーの紹介文があり、ベースの岸部修三さんは、「ローリングストーンズの黒っぽい曲が好き」とあったのを、記憶している。
他のメンバーに何が書いてあったか、全く覚えていないのに、当時サリーという愛称だった岸部修三さんのだけ、記憶が残っているのが不思議でしかたない。
グループサウンズブームが去り、岸部さんは、グループサウンズバンドの人気者が集まったバンドPYGを経て、井上堯之バンドにいたのだが
このあと、バンドを抜け、役者になると知ったとき
大丈夫か、このひと?
と、勝手に心配したもんな。
タイガース時代とか、無口で物静かなイメージだったので、俳優とか、向かないんじゃないか、と思っていた。


それが、いまや、わりと大物俳優。
名優だ。
タイムマシンで、グループサウンズブームの時代に戻り
「ザ・タイガースのベースのサリーは、いずれ大物俳優になるよ」と言っても、誰も信じないだろな。


テレビでやってた堺正章とかとの対談で
ベースを辞めたのは
「まわりは成長してるのに自分は上手くなってない。向かないから辞めた」
と、言っていた。

いいベーシストだと思っていたのになあ。

さて
このライブ盤
フェスティバルの初日のトリみたい。
主催の内田裕也さん、バンドの紹介とフェスティバルを無事に開催出来ての関係者への感謝、地元への感謝の他
自分でも歌ってしまったりしてる。

沢田研二 ジュリー
洋楽カバーと自分のヒット曲、持ち歌を交え、楽しそうに歌っている。
やや不安定な歌いぶりだが、楽しそうだ。

俺は、歌謡曲の歌手ではない
ロックバンドのボーカルなんだ
という気持ちがわかる。

ウォーキングしながら聴いて
ノリノリにテンポ上がったりした。

井上堯之バンド
大野克夫以外は、後にショーケンのバックとかもやったりするメンバーだ。
皆、繋がりがあるんだね。

ステージの終盤
観客とのコール&レスポンス
内田裕也さんの指名で
岸辺一徳さん、やっちゃったりしてる。
けっこう、歌うと声が高い。

このライブでは
メンバーの裏声での高音コーラスが聴けるのだが、岸辺一徳さんもコーラスやってるみたいだ。

『DoctorーX』では
「メロンです、請求書です」の決まり文句のあと
高額な報酬を約束されると、スキップして帰るのがいつものパターン。

ウォーキングしながら
それを思い出し
岸辺一徳さんに負けるか
とスキップしてみた。
10歳くらい若いので
一応 出来た。

が、誰か見てたら、恥ずかしいから
すぐに
普通のウォーキングに戻した。

んなわけで
いろいろ楽しく思い出しながら
ウォーキングしてきました。



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