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『500円玉』の感触 ーリライト版ー
「Tさ〜ん。どうしたのよ?こちらにいらして くださいよ」
以前よく派遣されていた朝4時半からの駐車場 警備の現場でのお話です。
そこでいつものように交通誘導をしていると、知った顔の警備員の先輩が照れくさそうにこちらを見つめていました。
私に促され、近づいてきたTさん。
「おっ~。お元気そうでよかったですよ、Tさん。ほら。その歳だと『生きているか?』の心配からまず入らないとダメじゃないですか?」
「おいおい。人をいつも年寄り扱いするんじゃねえよ。相変わらず口のわりい奴だな」
「ふふふ」
「この前よお。現場で他の隊員に声を掛けられてよお。『ようかん君がTさんに会いたがってましたよ』って言われたもんだから、こうやって来てやったんだよ」
「ありがとうございます。マジ嬉しいわあ」
Tさんは、私にとって『恩人』のような存在です。
警備員になって初めての工事現場でのお仕事の際、緊張のあまり装備一式の装着がひっちゃかめっちゃかだった私を見て、初日の指導係だったTさんに大激怒されて始まった関係。
翌日「お前、昨日がまったくの初めてだったんだってな。ちょっと言い過ぎたな」と謝罪してくれてからはすっかり仲良くなり、いつも冗談を言い合うような関係になりました。
Tさんは仕事は真面目なものの、一日中下ネタを言い続けるなど、フランクでかなりふざけたおじいさん。
しかし、そのキャラクターが短気な『武闘派』の多かったその工事現場で、新参の隊員がビビらずに仕事が出来るための『潤滑油』としてしっかりと機能していました。
実際私が『武闘派』の先輩にこっぴどく怒鳴られたあとに私を呼び寄せ、
「おい。ああやって怒鳴り散らす奴は『孤独』な奴が多いんだ。しっかり反省するところは反省して、いちいち気にすんなよ」
と、フォローの声掛けをしてくれたこともありました。
そんなTさんの立ち居振る舞いは、キャラクター的に多くの部分が彼と被る私にとって、警備という新しい環境で生きていくための「よい手本」となりました。
「ところでTさん。この後、どこか行かれるんですか?」
「いや。家に帰るだけだよ」
私の質問にそう答えた後、Tさんは、
「これで昼飯でも食えや」
と、持っていた500円玉を私の手に握らせてくれたのでした。
「あれっ!Tさん。1000円じゃないんですか~?」
「コラ。相変わらず図々しい奴だな。じゃあ帰るぞ」
「今日はありがとうございました。またお会いしましょうね」
最後になかなかの憎まれ口でTさんを送り出した私でしたが、本当は胸がいっぱいでした。
「Tさんは僕に会うため『だけ』に、こんな朝早く現場まで足を運んでくれたんだな」
私はいただいた500円玉をすぐには財布には入れず、ポケットの中にしまいました。
そして、警備の間、その500円玉を何度も何度も触って喜びを噛みしめました。
この職場での経験が、私がここまでこの仕事を頑張ってこられた大きな原動力の一つになっていることは間違いありません。