最新情報から捉える明日香の古墳 -『古墳と壁画の考古学』感想-
概要
タイトル通りの『古墳と壁画の考古学』を期待して読むと、ちょっと違うんじゃない?という感想になりますが、いい本です。
内容に忠実なタイトルにするとしたら『キトラ・高松塚古墳の考古学 ~古墳の築造と壁画に関する最新研究成果紹介・明日香村の他の古墳を添えて~』でしょうか。
情報量の多い良書ではありますが、古墳と壁画の総合書籍をお求めの方はご注意を。
書誌情報
『古墳と壁画の考古学:キトラ・高松塚古墳』
著者:泉 武, 長谷川 透 出版社 : 法蔵館
発売日 : 2023/11/24 ソフトカバー 234ページ
ISBN-13 : 978-4831877697
内容を簡単に
一月に明日香村で開かれた壁画見学会に参加しまして、その際のお供には『シリーズ遺跡を学ぶ155 高松塚古墳・キトラ古墳』を持っていきました。
『遺跡を学ぶ~』の方はフルカラーで古墳の造りや壁画について紹介した良い入門書なのですが、もう少し詳しく両古墳を知りたいなぁと思ってこの本も読んでみたわけです。
確かに中級者向けで、古墳時代についての基本的な知識があること前提の書き方と感じます。(羨道が何か分からない人が読むと難易度が高い感じ)
高松塚・キトラ古墳で用いられた各種技術が詳細に解説されているほか、周辺古墳との比較など、情報量は多め。カラーは最初の数ページのみ。23年11月の発行なので最新の研究成果が豊富に収録されています。昔読んだ本とはだいぶ違った内容もあったりして、考古学会では今はこんな風に考えてるんだなぁ、と驚きました。
さて、本書の内容は大きく4つに分かれ、1トピックに対し1章が割り当てられています。
第1章は『西飛鳥の古墳とキトラ高松塚古墳』。
「西飛鳥ってどこよ?」
「近鉄飛鳥駅の周辺、いわゆる観光地としての明日香村中心部をそう呼んでるみたい」
というわけで、甘樫丘~飛鳥駅~牽牛子塚古墳あたりのエリアに存在する様々な飛鳥時代古墳について説明しています。前方後円墳では梅山古墳、八角墳の野口王墓古墳(天武持統天皇陵)や牽牛子塚古墳、といった具合に。
これらの古墳が造られた飛鳥時代は古墳時代の終末期とも呼ばれ、100メートル超えの巨大古墳が築造されることはほとんどなくなりましたが、珍しい特徴を持つ古墳が造られた時期でもあります。
明日香村はまさにその宝庫。一つの墳丘に石室が二つある双室墳や、石室に石棺を二つ収める双棺墳など、最盛期古墳にはあまりない構造の実例が紹介されているので必見です。
ちなみに、有名な『鬼の雪隠』『鬼のまな板』がひとつの石棺だったことはご存じでしょうか? これらが元々納まっていた古墳も双室墳だったのではないか説があるそうです。かつてあったという墳丘の盛り土はどこへ行ったんでしょうね?
第2章では、キトラ・高松塚古墳の築造技術について詳しく解説。
主な内容はキトラ古墳壁画体験施設『四神の館』や、高松塚古墳に隣接する絵画資料館で展示されている内容とほぼ同じですが、墳丘発掘解体の際に判明した知見を分かりやすく説明してくれています。
土を盛るときにトントン叩き固める版築工法はもちろん、石室を構成し、壁画を描くための各種石材加工法について丁寧に説明されていました。
石室内部を覆う漆喰についても、マルコ山古墳など類似の古墳との比較を行っていて、成分は何か、原料はどこから調達したかなどなど、古代の技術に関する考察にわくわくします。
第3章は『壁画の制作と技術』。ページ数も多く、かなり力の入ったチャプターです。
まずは壁画を描いた人物の考察。明日香村には渡来系画工たちの痕跡が残っており、キトラ古墳の位置する檜隈地区にも東漢氏など、画工と縁があったことが記録に残されている氏族の拠点がありました。今と違って絵描き自体が超レアな当時、描画の担い手が渡来人だったとしても当然という気がします。
石室についても、石組み構造と壁画の関係、壁面にどのように位置取りをして図像を描いていったのか、下絵の有無とその方法など、最新の知見をもとに考察していて興味深いです。
また、新たな知見として紹介されていたのは顔料の種類と産地についての論考。
高松塚古墳には飛鳥美人をはじめ、多様な色彩の顔料が使用されたことが分かっていますが、それら顔料がどこで調達されたのかは未解明です。さらに、飛鳥時代の技術で原料からどの程度加工できたかも不明点が多いとか。
本書では、比較的加工しやすい泥砂状態で産出する原料であれば古代人も顔料に出来たのでは、と仮定して産地を探っています。すると、明日香村近郊でかなりの種類が賄えるほか、紀伊半島全域の鉱脈から特徴的な鉱石が得られることが分かってきたとか。
古代出雲などには鉱脈を読むのに長けた人々がいたそうですが、紀伊半島でも山岳を生業の場としていた人々がいたのかもしれませんね。
個人的に面白く感じたのはベンガラ。現在は酸化鉄を含む鉱石を数日焼いて顔料に加工するのですが、これも当時の技術では困難だったとのこと。しかし鉄鉱石ではなく、紀伊半島から奈良にかけて生息するバクテリアが産するパイプ状ベンガラに着目すると…もしや、という内容。
このように顔料に関する考察は今までほとんど出されたことがないそうで、今後の研究の発展が楽しみです。
最後は古墳の被葬者に関する考察。ごく短い章ですが、キトラ古墳・高松塚古墳ともに、天武天皇の皇子たちである確率が高い、と紹介しています。大変説得力のある文章なのですが、このテーマについては研究者の間でも議論が分かれているはずなので、他の学説ではどう言われているかも読みたいです。
全体を通して、かなりボリューミーですが、専門的な内容を比較的分かりやすく解説している良書だと思います。
2020年代のキトラ高松塚古墳の解説書としておすすめの一冊。
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