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【出光美術館】物、ものを呼ぶ――進化し続けるコレクション

石油大手・出光興産の創業者である出光佐三氏は日本美術コレクターとしても有名で、彼の収集品を展示するため、1966年にオープンしたのが出光美術館です。
私立美術館ながら素晴らしい品揃えと豊富な企画展で美術ファンを楽しませ続けてくれたのですが、入居している帝劇ビルの建替に伴い、2024年12月からしばらく休館になるそうです。工事に何年かかるのか現時点では不透明みたいですが…(揉めてないといいな)

休館に先立ち、2024年は「出光美術館の軌跡 ここから、さきへ」をキャッチフレーズに、コレクション紹介展覧会が四期に分けて開催されて来ました。
先日、ファイナルとなる第四期『物、ものを呼ぶ』を観てきたので感想をつらつら書いていきます。



展覧会の概要

「物、ものを呼ぶ」って何だろう? と思ってたら公式ページに解説がありました。

このタイトルは、陶芸家・板谷波山(1872-1963)が当館の創設者・出光佐三(1885-1981)に対して語った言葉に由来します。それは、「なんらかの理由で別れ別れになっている作品でも、そのうちのひとつに愛情を注いでいれば、残りはおのずと集まってくる」という、蒐集家が持つべき心得を述べたものでした。

https://idemitsu-museum.or.jp/exhibition/

今回の展示は日本画と書跡にフォーカス。絵画はやまと絵、仏画、水墨画、風俗画、琳派から名作傑作が出展されています。
展示は「1章 江戸絵画の華」「2章 きらめく自然」「3章 調和の美」「4章 都市の華やぎ」の四章仕立て。展示総数37点と小ぶりながら、国宝・重文クラスの大作が揃っており、見応え抜群。日本美術に興味がある人は訪れて絶対に損しないクオリティです。


第1章:江戸絵画の華

閉館前の一大イベントにふさわしく、最初からフルスロットルの展示が出迎えてくれます。第一章は主に「琳派」
入場してすぐの場所にあるのは京都琳派の巨匠・伊藤若冲の大作(とされる)『鳥獣花木図屏風』。圧倒的な存在感に思わず足を止める人多数で、早々に行列が出来ていました。

伊藤若冲『鳥獣花木図屏風』 美術展ナビより引用
https://artexhibition.jp/topics/news/20240930-AEJ2378950/

六曲一双の屏風は色鮮やかで破天荒な賑やかさ。単眼鏡を持参していたので細部までじっくり観察します。拡大して眺めていると、紅目の猿が悪戯っぽい表情をしていたり、ゆるキャラめいた小動物が思わぬ葉陰に隠れていたり、ちょっと宝探し的な楽しさ。
特筆すべきは独特のマス目構造ですね。一見するとタイルモザイクのようなテクスチャは、所々に見られる剥離箇所と相まって、何やら銭湯の壁画を思わせます。これを現代のモザイクタイルアートで再現しても面白そう。
極彩色に浮かび上がる印象的な白象。似ているような似てないような、ちょっと不思議な造形です。若冲が本物の象を見たことがあるかは不明ですが、江戸時代には何度か象が来日してパレードしたことがあったみたいです。

ところでこの屏風絵、どこかで見たことがあるような...たしかトーハクのプライスコレクション展で…

当時(2006年)の記録を見ると、確かに同じのがいますね。でも、今回の展示品はプライスコレクション名義になってない。何で…?
不思議に思って調べてみたら、衝撃の記事が。

エエエェェェェェェ!? しらなかった…

コロナ禍真っ最中で展覧会に行けてなかった時期なので見落としてたんだな!
プライス氏は「生きているうちに作品を日本に返したい」という思いをお持ちだったようで、その縁で里帰りしたようです。本当に「物、ものを呼ぶ」だわ…

元プライスコレクションといえば、酒井抱一『十二ヶ月花鳥図』も2006年の展覧会でたいへん感銘を受けた品です。その名の通り十二枚の花鳥画の連作で、濃密な描写と余白のバランスの妙、数百年の時を経てもなお色褪せない艶やかな色彩は感嘆ものでした。
今回の展示は掛け軸の『十二ヶ月花鳥図』と、元より出光美術館所蔵の『十二ヶ月花鳥図貼付屏風』が対面する贅沢仕様。同じモチーフを何度も描いたという抱一、この『十二ヶ月花鳥図』シリーズも6種類くらい知られているそうですが、今回の展示は二つを見比べる貴重な機会となりました。細部を観察すると掛け軸の方が洗練されたデザインになってますかね…ほんのちょっとですが。
いつか自分の部屋にレプリカ飾りたいなぁ。

酒井抱一 『十二ヶ月花鳥図』
https://www.tjapan.jp/art/17396489/album/16794279/image/16903451


他にも名作の数々で江戸絵画の華々しさを堪能できるこの章、すでにお腹いっぱいです。満足。


第2章:きらめく自然

ここでは日本・中国の自然を描いた屏風や掛け軸が一同に会します。水墨画も多く、カラフルな琳派とは打って変わってしっとりした雰囲気。
出光美術館の創設者・出光佐三氏が好んで収集したのは、どちらかといえばシンプルな作品だったそうです。だからコレクションには仙厓の禅画を始め、モノトーンの作品も多く含まれているんですね。

さて、この章で気になった作品を簡単に紹介。まずはこちらをご覧ください。

与謝蕪村 『山水図屏風』
https://idemitsu-museum.or.jp/collection/painting/literati/04.php

作者名の与謝蕪村に注目。俳句の巨匠として知られる与謝蕪村さん、なんと画家としても超有名だったようです。
『山水図屏風』はシンプルながら細部まで繊細に描かれており、筆力に圧倒されます。上の図では小さくて潰れていますが、木々を拡大すると墨と細筆で一枚一枚散らした葉の量にびっくり。それでいて全体の構図はあくまでもダイナミック。

春の海 終日ひねもすのたりのたり哉
菜の花や月は東に日は西に

おおらかな俳句とは少し違った味わいの文人画。言葉と視覚、双方の技に秀でた蕪村さんに驚嘆。


蕪村に続いて見えてきたのは池大雅『十二ヶ月離合山水図屏風』。水墨画ジャンルは詳しくないため、初めて聞く画家でしたが、巧みすぎる描線に思わず足を止めてじっくり見入ってしまいました。

池大雅『十二ヵ月離合山水図屏風』(左隻)
https://artexhibition.jp/topics/news/20240209-AEJ1853360/

六曲一双の屏風に描かれているのは、一見どこか似通った風景。しかしよく見ると、十二ヶ月の季節の移ろいを表現しているんですね。春霞、若葉、盛夏、秋は紅葉、冬景色。自然の変化を巧みに捉え、淡彩でさらりとした色に描きあげています。
単眼鏡で見てさらにびっくり。筆さばきはまさに神業。遠くから見た際の淡く茫洋とした印象が一変します。ぜひ実物を観て欲しい作品です。
なお秋から冬への移行を描く左雙では、背景で渦巻くようにそそり立つ岩山の描写が特に印象的でした。ウネウネと筆を走らせ、描き出された姿はまるで生き物のよう。妙に目を惹かれます。


第3章:調和の美

日本美術において、「文字」は特別な存在。ただの伝達手段ではなく絵画と同等の芸術的価値をとされて来ました。第3章は絵画と文字が織りなす美学を扱っています。

展示スペースには出光美術館が収集した名筆の数々。紀貫之筆とされる『高野切』の流麗な筆致に続いて、小野道風、藤原公任といった平安時代を代表する能書家たちの字がずらり。
しかし、主役は何と言っても国宝『古筆手鑑・見努世友みぬよのとも。古くからの名筆跡を集めて作ったスクラップブックで、歴史に名を残す偉人たちの筆跡も大集合。聖武天皇、紀貫之、源順...錚々たるメンバーの名が連ねてあります。歴史のタイムカプセルですね。

『古筆手鑑・見努世友』 丁寧に編集されたスクラップブック
https://idemitsu-museum.or.jp/collection/calligraphy/kana/01.php

それにしても、古筆のうち漢字で書かれた楷書体の文書はそれなりに読めますが、ひらがなになると途端に難解。崩し字の美しさと読み方の分からなさに苦笑い。


さて、この章のもうひとつの主役は国宝『伴大納言絵巻』。応天門の炎上を描いたこの絵巻、四大絵巻のひとつとされ、日本美術史上に燦然と輝く存在です。ちなみに他の絵巻は『源氏物語絵巻』『信貴山縁起』『鳥獣戯画』。昨年、国立博物館で開催された『やまと絵』展の目玉でした。トーハクに比べるとこちらは格段に列が短く、落ち着いて眺められて嬉しい。
単眼鏡で細部を覗き込むと、平安時代の人々――武士、貴族、雑色ぞうしき舎人とねり...――一見すると漫画のような線描ですが、それぞれの衣装、姿勢、表情が見事に描き分けられ、作者の鋭い観察眼と卓越した技量が表れています。特に表情の豊かさは目を見張るものがあり、他の絵巻と比べると細かさの違いが一目瞭然。面白かったので、後で売店で伴大納言絵巻ブックレットを買ってしまいました。

『伴大納言絵巻』より、応天門炎上を見物する貴族たち


そんな二大国宝揃い踏みの展示室で周りを見回すと、年配の方々が多め。そのせいか『十王地獄図』の前に立ち、地獄で拷問を受ける罪人たちの姿を眺めながら相続や墓の話で盛り上がっている方々が複数おられ、俗世に引き戻されてしまいました(笑)人生ってハード


第4章:都市の華やぎ

展示のラストを飾るのは、江戸時代の都市生活を描いた賑やかな屏風絵たち。当時の人々の暮らしぶりや、都市の賑わいが生き生きと描かれています。

『祇園祭礼図屏風』は京都の夏を彩る祇園祭の様子を細部まで丁寧に描いた一枚。豪華絢爛な山鉾が町を練り歩く様子、それを見物する人々の賑わい。服装こそ違うものの、今と変わらぬテンションで祭りに参加している江戸初期の日本人を眺めていると、なんだか親近感。

『祇園祭礼図屏風』 
同名の作品は日本にいくつもある。


続いて目に入るのは『江戸名所図屏風』。江戸の都市構造を俯瞰的に描いた『江戸図屏風』(国立歴史民俗博物館所蔵)とは異なり、江戸の街で暮らす人々の姿を雑多に細密に描いた風俗画の大作です。解説プレートに図中の地名が載っていましたが、新橋って実際に橋があったんですねぇ!
この屏風を見ていると、江戸の人々の日常生活が見えてきます。商売に励む商人たち、町を歩く武士や庶民たち、遊興に興じる人々、商売する人々。歴史研究の資料としても貴重なものでしょう。
ちょっと面白かったのは、歌舞伎と若衆歌舞伎が別物として描き込まれていた点。若衆歌舞伎というのは「前髪のある美少年の舞踊」で 江戸時代のジャニーズ、けしからんので1652年にご禁制になっちゃったそうです。江戸城天守閣の姿も見え、後世には禁止されてしまう表現もこの時代はOKだったんですね

https://www.museum.or.jp/report/1084


ラストの展示は英一蝶はなぶさいっちょう『四季日待図巻』。日待という宗教行事を口実に宴会を楽しむ人々の姿がユーモラスに描かれ、実に生き生きとした表情や仕草が笑えます。楽しそう。
図巻の中央部分、障子の向こう側で踊る人々の影が無数に描かれているのですが、光と影を巧みに操り、奥行きのある空間を表現する手腕に驚き。
なお、英一蝶の展覧会はサントリー美術館で11/10まで開催しているので、良かったらそちらもどうぞ。


まとめ

次の企画展(トプカプ宮殿の宝物)で長期休館となる出光美術館。貴重な日本美術の数々が出ていますので、この機会に立ち寄ってみてはいかが? 有名な画家も初めて知った画家も、それぞれに個性的で素敵ですよ

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