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地球だけじゃない宇宙も環境保護の時代

天地人は、2050年にも持続可能な地球環境を目指して活動するJAXA認定ベンチャーです。宇宙ビッグデータをWebGISサービス「天地人コンパス」で解析・可視化することで、まだ誰も気付いていない土地の価値や地球の資源を明らかにするサービスを提供しています。

『今日から使える宇宙豆知識 by JAXAベンチャー天地人』では、宇宙に関連するさまざまな最新情報を、天地人のエンジニア、研究者、ビジネスリーダーが一歩踏み込んで解説します。

地球の環境保護については、日々耳にする機会が多いですよね。しかし、ふと考えてみたことはありませんか?私たちが広大な宇宙に送り出している人工衛星や探査機、さらには宇宙ゴミ(スペースデブリ)と呼ばれる残骸が、宇宙環境にどのような影響を与えているのか。地球の外にも、守るべき環境が存在するのではないでしょうか?今回は、人類はどれほどのゴミを宇宙に捨てているのか、そして宇宙ゴミがどのように我々の生活に影響するのかという観点から、宇宙の環境保護の重要性について解説していきます。


出典:https://www.space-data.org/sda/blog/space-debris/

地球周辺の環境保護

スペースデブリとは

スペースデブリについて、これまで天地人noteでも解説記事を出してきました。スペースデブリとは、地球周回軌道上にある不要な人工物体のことです。運用を終えた人工衛星や、故障した人工衛星、打ち上げロケットの上段、ミッション遂行中に放出した部品、またそれらが爆発や衝突により発生した破片等があります。

JAXAの資料によると、地上から確認できているスペースデブリは、10cm以上で約2万個、1cm以上で50~70万個、1mm以上で1億個を超えており、宇宙空間にある飛翔物体の94%がスペースデブリとされています。
なんとスペースデブリは秒速8000メートルの速度で地球を周回しているため、小さなサイズのデブリでも衛星に衝突すると大きなダメージを与え、故障やミッションの終了を招くことがあります。これは銃弾の約7倍の速度だそうです。恐ろしいですね。

  • スペースデブリが運用中の衛星に衝突した時の被害予測

    • 100mm以上:壊滅的破壊+大量破片発生

    • 10mm以上  :ミッション終了につながる破壊

    • 1mm以上    :故障

この被害を防ぐため、国際宇宙ステーションは、定期的にスペースデブリとの衝突を避けるための回避操作を行っています。また、SpaceX の Starlink 衛星はわずか 6 か月の間に25,000 回の衝突回避操作を行う必要があったとの記録も残っています。

テキサス大学の航空宇宙工学の准教授が監修したTED-Edの動画によると、

「全ての衛星が何かしらの原因で使えなくなった場合、数時間以内に、地球上のほとんどの交通がストップし、世界経済は停止し、ほとんどの国が非常事態宣言を出すだろう。最良のシナリオであっても、私たちの文明は数十年単位で後退することになる」

と語っており、スペースデブリから衛星を守ることは人類の生活を守ることにも繋がることがわかるかと思います。


スペースデブリへの対策について

スペースデブリ対策は主に2つあります。

  • スペースデブリを増やさない

  • スペースデブリを減らす

一つ目の「スペーススペースデブリを増やさない」
スペースデブリは①正常運用時の物体放出、②軌道上での自己破砕、③運用終了後の保護軌道域(※1)からの離脱失敗、④軌道上物体との衝突による破砕によって増加します。

これらの事故を防ぐため、国連宇宙空間平和利用委員会 (United NationsCommittee on the Peaceful Uses of Outer Space UN COPUOS) では、2007年にスペースデブリ低減ガイドラインを承認・発表しました。

  • 正常な運用中に放出されるデブリの制限

  • 運用フェーズでの破砕の可能性の最小化

  • 偶発的軌道上衝突確率の制限

  • 意図的破壊活動とその他の危険な活動の回避

  • 残留エネルギによるミッション終了後の破砕の可能性を最小にすること

  • 宇宙機やロケット軌道投入段がミッション終了後に低軌道(LEO)域に長期的に留まることの制限

  • 宇宙機やロケット軌道投入段がミッション終了後に地球同期軌道(GEO)域に長期的に留まることの制限

しかし、これらのガイドラインは法的拘束力を持っておらず、国連宇宙空間平和利用委員会加盟国に対して最大限可能な範囲で自主的に対策を求めるに留まっています。そのため、一国が実施しても効果は薄く、国際的な協力が不可欠です。

二つ目の「スペースデブリを減らす」
色々な対策が考えられますが、今回は各種対策の経済性について分析した資料を紹介します。
2023年3月に NASA は宇宙ゴミ対策に関する最も総合的な財務分析を発表しました。このレポートでは、最も効果的な方法の財務コストと利点を初めて明らかにしています。

  1. 大気圏への再突入(落下地点を指定)

    1. 大型 (≥10 cm)

    2. 物体を捕らえて軌道を調整し、特定の角度で大気圏に再突入させて、デブリの落下を集中領域に集中させます。

    3.  1 キログラムあたりのコスト約 4,000 〜 60,000 ドル

  2. 大気圏への再突入(落下地点を指定しない)

    1. 大型 (≥10 cm)

    2. 物体を捕らえて軌道を調整し、事前に指定された落下領域がなく、再突入のタイミングが不明瞭な状態で、自由に大気圏に再突入できるようにします。

    3.  1 キログラムあたり約 3,000 〜 40,000 ドル

  3. 地上レーザーによる軌道修正

    1. 大型 (≥10 cm)、小型デブリ (1 cm~10 cm)

    2. レーザーを使用して、地球の表面から物理的に接触することなく物体を移動させます。大量のエネルギーが必要です。

    3. 1 キログラムあたり約 300 〜 6,000 ドル 

    4. 開発費:約6億ドル

  4. 宇宙レーザーによる軌道修正

    1. 大型 (≥10 cm)、小型デブリ (1 cm~10 cm)

    2. レーザーを使用して、宇宙から物理的に接触することなく物体を移動します。大気圏を通過する際にエネルギーのほとんどが失われないため、地上のレーザーからのエネルギー消費が少なくなります。

    3. 1 キログラムあたり約 300 〜 3,000 ドル 

    4. 開発費:約 3 億ドル

  5. レーザー ナッジによるジャストインタイム衝突回避 (JCA)

    1. 大型 (≥10 cm)

    2. レーザー ナッジを通知することで、衛星やデブリなどの軌道上の大型デブリの予測される衝突を防ぐために使用されます。 1 回の操作につき、100 kg の物体で 6 〜 700ドル、 9,000 kg の物体で 500 〜 60,000ドル

  6. ラピッドレスポンスロケットによるジャストインタイム衝突回避 (JCA) 

    1. 大型 (≥10 cm)

    2. ラピッドレスポンスロケット (RRR) に通知することで、衛星やデブリなどの軌道上の大型デブリの予測される衝突を防ぐために使用されます。 これらのロケットは特定のデブリに遭遇し、ターゲットデブリの軌道を変更します。

    3. 1回あたり3,000万〜6,000万ドル 

  7. 物理的な清掃

    1. 大型(10 cm以上)、小型の破片(1 cm~10 cm)

    2. 破片を直接動かしたり移動させたりします。

    3. 1キログラムあたり9万ドル〜90万ドル 

    4. 開発費:900万ドル

  8. 破片のリサイクル

    1. 大型(10 cm以上)

    2. 破片を集めて処理し、宇宙で処理して燃料やその他のユーティリティとして使用します。

    3. 15,000個/kgで約14億ドル

NASA の報告書によると、すぐに対策を講じれば、経済的デメリットは最小限に抑えられ、数年以内にデブリ除去効果は高まると提示しています。地上および宇宙レーザーによる軌道修正などの技術は、現在使用されている他のデブリ軽減方法に代わる低コストの代替手段となるでしょう。


最悪のシナリオ:Kessler syndrome とは

ケスラー症候群とは、NASAの科学者ドナルド・J・ケスラーとバートン・G・クール・パレが1978年に提唱したもので、宇宙汚染により低軌道(LEO)上の物体の密度が高すぎて、物体同士の衝突が連鎖反応を引き起こし、衝突するたびに宇宙デブリが生成され、さらに衝突する可能性が高まるというシナリオです。

2009年にケスラーは、モデリングの結果、デブリ環境はすでに不安定であり、「過去のデブリの発生源を排除してデブリが増殖しない小さなデブリ環境を実現しようとする試みは、将来の衝突による破片の生成速度が大気抵抗による除去速度よりも速いため、失敗する可能性が高い」と結論付けています。

その意味するところの1つは、軌道上のデブリの分布によって、特定の軌道範囲での宇宙活動や衛星の使用が何世代にもわたって困難になる可能性が高いということです。


人工衛星が天文学に与える影響

ここまでスペースデブリによる地球周辺の宇宙汚染を見てきて、スペースデブリは、今後人類による宇宙活動に大きな影響を与えることがわかりました。

ここからは、地球からさらに外側の宇宙への影響を見てみましょう。
実は、地球周辺を周回する人工衛星は、天文観測に影響を与えています。人工衛星が天文観測に与える影響には、主に光害(光の干渉)や電波干渉といった問題があります。

特に、地球の周囲を多数の人工衛星が飛び交う「メガコンステレーション(Starlinkなどの大量の通信衛星ネットワーク)」の増加が、天文学者にとって大きな課題となっています。それでは、具体的にどのようなことが課題になっていて、対策はどのようになっているのかを解説していきます。

人工衛星が天文観測に与える影響は主に2つあります。

  • 衛星が通信に使う電波が及ぼす影響

  • 人工衛星が反射する太陽光が及ぼす影響


電波の影響

ラジオにテレビ、携帯電話にWi-Fi、車のレーダーなど、現代社会ではいろんな電波がそれぞれの情報を載せて飛び交っています。これらが混信しないのは、それぞれどの周波数の電波を使うかちゃんと整理されているからなのです。

世界的な枠組みは国際電気通信連合(ITU)が、日本における枠組みは総務省が決めていて、AMラジオ放送は526.5~1606.5kHz、地上デジタル放送は470~710MHzといったように、各々が振り分けられた周波数帯の中で電波を送りあえば混信は起きません。


出典:総務省

天文学の中には可視光線を使った天文観測と、電磁波を使った電波天文学があります。可視光線よりも短波長側の電磁波を用いて観測を実施する紫外線天文学、X線天文学、ガンマ線天文学。逆に、可視光線よりも長波長側の電磁波を用いて観測を実施する赤外線天文学、そして、最も波長の長い電波を使って観測を行う電波天文学といった分野があります。

天文学では、観測に電波を用いますが、宇宙のはるか遠くからくる信号は幅広く非常に微弱であるため、人工衛星の信号(電波)にかき消されてしまいます。


「ラジオ・クワイエット・ゾーン」とは!?

ラジオ・クワイエット・ゾーンとは、宇宙からの様々な周波数の電波を拾うために、無線通信機器(テレビ送信機、携帯電話、CBラジオなど)や電気機器からの信号レベルを制限するエリアであり、世界に5か所ほど定められています。

そこでは国の法律によって、電波望遠鏡からある一定の範囲まで、Wi-Fiや携帯電話、電子レンジなど他の機器から電波を出すことが制限されているのです。例えばアメリカでは、ウエストバージニア州にあるグリーンバンク天文台の周囲に、九州に匹敵するほどの面積のラジオ・クワイエット・ゾーンが設定されていて、その中では電波を出すことが厳しく制限されています。

ただ、人工衛星は宇宙空間にあるため、各国の法律の適用外となってしまうのです。いくら地上で制限しても、人工衛星からの電波が望遠鏡に入り込んでしまう。既にアメリカの電波望遠鏡で、観測中に何かバシッと電波が入ってきたと思ったらStarlinkの通信衛星だった、という事例も起きています。


光害の影響

太陽光を反射する人工衛星の表面(特に太陽電池パネルや金属部分)は、地上から観測した際に明るく輝く点として見えます。これが天文学における観測画像に線状の軌跡を残し、特に長時間露光が必要な深宇宙の観測データにノイズを生じさせます。

天体望遠鏡で星を撮る際は、数十秒~数十分ほどシャッターを開けっ放しにして光を取り込むのですが、そこを人工衛星が横切ると光の航跡が直線として写ってしまうのです。

天文学では、星や銀河の明るさ、色を測ったり、形を測定したりと、天体望遠鏡で撮った写真からいろんなデータを読み出すわけです。そこに人工衛星の光が入ってしまうと正確な星の明るさが測れなくなり、精度の高い研究ができなくなるおそれがあります。


これからの対策について

一つ目の電波の影響は、使用する周波数を制限することで大きく減らすことができます。2019年にはSpaceXは天文学の保護実現のために、国際電波天文学保護基準に従って天文学で重要な周波数帯を使わないと約束しました。

二つ目の光害の影響については、現在も研究が進んでいます。今打ち上げられている「Version 2 Mini」という次世代のStarlink衛星は、以前のVersion 1.5よりも機体は大きいものの、表面にミラーフィルムを貼ることで太陽光を特定方向へ反射できるようになったため、あちこちに乱反射していた1.5に比べて反射光はだいぶ暗くなったと言われています。表面にミラーフィルムを貼ることで太陽光を特定方向へ反射し、光害を防ぐことができます。しかし、これはStarlinkの独自の対策で、他の衛星通信事業者がどのように対応するべきなのか、定められていません。米アマゾンのプロジェクトカイパーでは、何らかの光害対策を施した衛星1機と、何もしていない1機を打ち上げて、どれぐらい効果があるか現在調査している段階です。

光害に対する一番の課題は、誰が対応するかまだ決まってないことです。電波は国際電気通信連合が取り仕切ってきた長い歴史があるが、反射光はどこでどういう規制を作ればいいのか、それまで音頭を取ってきたような世界的機関が存在しません。今後、どのように人工衛星による光害に世界全体で対処していけるのか、国連の宇宙空間平和利用委員会によって議論が進められています。


惑星・衛星保護

惑星保護や衛星保護というワードはあまり聞き覚えがないかもしれません。

惑星保護とは、探査の対象天体の環境を、地球から運搬される微生物や生命関連物質による汚染から保全すること、また対象天体から探査機が地球圏(月を含む)へ帰還する際に、潜在的な地球外生命と生命関連物質による汚染から地球圏を保護することです。

我々の生活で身近な例をあげると、外国からウイルスや病原菌を入ってくるのを予防し、国内の環境を守る、バイオセキュリティーのようなものです。

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