記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。

読書記録③島田荘司『切り裂きジャック・百年の孤独』

何年かごとに訪れるマイ島田荘司ブーム。
最初に読んだ作品は『占星術殺人事件』(1981年)で、大学生の頃だからかれこれ30年くらい昔。
永遠の中二である自分にとってはオカルトとミステリの融合に衝撃を受け、その時は『異邦の騎士』(1988年/胸がキュンってなった)、『暗闇坂の人喰いの木』(1990年/おぉっ!となった)、『水晶のピラミッド』(1991年/すでに苦痛だった)、そして当時の最新刊『目眩』(1992年/出落ち…)まで読んだ。
それからしばらくして第2次島田ブームは短篇集『御手洗潔の挨拶』(1987年)、『~のダンス』(1990年)2冊(良)、『アトポス』(1993年/挫折というか読んだけど訳わからなかった)、今回取りあげる『切り裂きジャック・百年の孤独』(1988年)。
そしてまた何年か経ち第3次ブームは大きなうねりで、御手洗(というか石岡もの)の『龍臥亭事件』(1996年/切なくて良かったがトリック笑)をきっかけに「吉敷」シリーズ(というか加納通子もの)の『北の夕鶴2/3の殺人』(1985年/良)、『羽衣伝説の記憶』(1990年/事件記憶無し)、『涙流れるままに』(1999年/通子に泣く)、と『奇想、天を動かす』(1989年/すごい!)を。
そのあと第4次で『龍臥亭幻想』(2004年/内容記憶なし)、犬坊里美が出てくる『最後のディナー』(1999年/石岡と犬坊のペアが良い)と御手洗短篇集『〜ダンス』(1998年/御手洗だけで世界中の未解決事件を無くせそう)。もはや御手洗&石岡の極端なキャラ付けにうんざり。
そして一番最近といっても5年くらい前の第5次ブームが、「切り裂き〜」を読み直したくなったが、文庫版が手に入らなかったので、南雲堂から出ていた「全集Ⅶ」を購入。その際に併録されている「異邦の騎士」再読、「嘘でもいいから誘拐事件 」(1984年)、「夜は千の鈴を鳴らす」(1988年)を初読。それと『名探偵傑作短篇集 御手洗潔篇』(2014年/数字錠にいつも泣く。そして後半の全知全能の御手洗に違う意味で泣く)
折々のブームのタイミングでヴァージョンアップされた改訂完全版は読み直ししていると思う。そして買ったけど処分してしまい買い直すこともしばしば(基本図書館で借りたり古本購入しなくて、電子書籍も使わんのです)。
ミステリ読む時にトリックやら犯人当てに全然関心なくて、物語の面白さと登場人物たちの織りなす場面、そしてその中で犯人が犯行に至る心理描写や探偵役とのせめぎ合いが好き。新本格批判ではないです。ミステリそんなに読んでないってだけで。
なので「斜め屋敷」は読んでないし、「水晶の〜」はレオナとの関係は面白かったけどピラミッドなんていらなかった。「北の夕鶴〜」トリックもあぁそうですかってだけ。
浅い島田荘司歴(改めて見直すと2004年以降新作読んでない)を書いて何が言いたいかというと、あれこれさて置いて『切り裂きジャック・百年の孤独』が素晴らしい、私の島田荘司作品ベスト1ということです。
読んだきっかけは中島梓(栗本薫)がとりあげていたこと。『わが心のフラッシュマン』(1988年)でだと思う。
*改めて今回これを書くにあたって各書籍の出版年月確認していたところ、『切り裂き〜』と『わが心の〜』はほぼ同じ時で、それはありえないので検索し直して、木田恵子との共著『名探偵は精神分析がお好き』(1991年)での第四部の中島梓単独執筆パートかも?中島の「わが心の〜」は名エッセイ(思想書?)で、タイトルの「フラッシュマン」は戦隊シリーズ第10作目の「超新星フラッシュマン」(1986年)のこと。

Amazonプライムで見れる!

テレビが無い中島家で、ある日4歳の息子が、子ども向け雑誌に載っていた「フラッシュマン」に夢中になる。
中島はそこから人間の「物語欲」について考えはじめる。時に〈不幸〉な状態を積極的に選ばせ、時に〈死〉をも甘美なものとして選びとらせる、人間の「物語欲」とはいったい何か?
以下ネットに掲載されている目次情報から【「本能がこわれた動物」である人間にとって、最大の本能は“自己幻想欲”である/誕生によって「楽園追放」された子どもは、世界との再度の一体化を求め続ける】 
考え方の大もとは岸田秀の「唯幻論」に基づいているのかな。
【人は霊長類の頂点に立つとされている。なのに羊や馬の子どもでさえ生まれて間もなく自分の脚で立ち、そして自分で食物を探して自活できるようになるのに、人は無力・無能な状態で生まれ、自活できるようになるまでには長年にわたって親等の世話と保護を受けなければならない。それは動物に備わっていた本能が失われてしまったためではないか?本能が失われた(壊れた)人間は、本能によって保証され結びついていたはずの自然界(すなわち現実)との関係を失ってしまった。失われた本能の代償として創り出されたものが「自我」であり、それは幻想である。人間が本能に替わる規範として、心の支えとして動物界には存在しない宗教、道徳を創り出し、それが発展して法律や国、そして文明を作った。根本は幻想のもとに成り立っているからすべては幻想である】というのがうろ覚えだけど若い頃強烈に刷り込まれた岸田秀の「唯幻論」。
中島梓が「わが心のフラッシュマン」で展開したのは、本能が失われてしまった人間が、壊れて欠落している部分に幻想=物語=ロマンを産み出すことで生きている。だから人間は物語が欠かせない、といった大意。
ちょっと分かりづらいかもしれないけど、喩え話で、人間は食べないと死ぬから食欲は本能かと思いきや、理想の自分像のために極度なダイエットをして命を落としてしまうこともある。それは痩せた理想の自分の物語を生み出しているのであり、その本能をぶち壊してまで生命を脅かしているということ。
前半のフラッシュマンパートからそこに持っていく展開が凄まじく、これをわざわざ読んでくれているような物語好きな方には必見の書だと思う。
本題の『切り裂きジャック・百年の孤独』について話を戻す。ネットに載っている文藝春秋社版のサイトから引用
【1988年、西ベルリンで起きた謎の連続殺人。5人の娼婦たちは頚動脈を掻き切られ、腹部を裂かれ、内臓を引き出されて惨殺された。19世紀末のロンドンを恐怖の底に陥れた“切り裂きジャック”が、100年後のベルリンに甦ったのか? 世界犯罪史上最大の謎「切り裂きジャック事件」を完全に解き明かした、本格ミステリー不朽の傑作】
1988年はこの本が出版された当時であり、歴史的にはベルリンの壁が崩壊する1年前。そしてタイトルにもなっている切り裂きジャックがロンドンで活躍していたおよそ100年後にあたる

読書記録②で紹介した平山夢明『異常快楽殺人』の中にはこの「切り裂きジャック」は登場しない。19世紀の事件というのもあるが、何より犯人が判明していないいわゆる未解決事件だから。「切り裂きジャック」という名称は新聞社あてに犯人と思われる人物から送られた手紙の署名がそうなっていたことから広まった呼び名である。
またそうした手紙が届いたことは当時の新聞報道を加熱させることになり、この事件は劇場型犯罪の元祖とも言われている。
*事件が報じられるとそうした手紙が山のように新聞社に届いたが大半はイタズラだと言われ、ジャックの署名があったものも疑わしいらしい
事件が起こったのは、当時世界最大の貧民窟と言われたロンドンイーストエンドのホワイトチャペルと呼ばれる地区。移民、難民であふれ、彼らを中心として下層階級が生まれ、そこで出生した子どもの半分以上が5歳までに亡くなったと言われている。そして地区は強盗や暴力、アルコール中毒者、そして売春婦で溢れスラムと化していた。
1888年からホワイトチャペル地区内で11件の残忍な殺人事件が起こっていたが、切り裂きジャックの手による犯行は、1888年の8月31日から11月9日までの売春婦を対象とした5件(カノニカルファイブ/canonical five)に限られている。

Wikipediaより

個人的に疑問なのは、5件の4件は野外で殺されていること、そしてそれだけ世間を騒がせたジャックがそれ以降鳴りを潜めてしまったこと。先述の『異常快楽殺人』に登場するシリアルキラーたちは捕まるまで殺人犯し続けているし、野外で殺したとしても死体を持ち帰って自宅であれやこれやしていることが多い。日本でも安達ケ原の鬼婆だって自宅に大量の人骨溜め込んでたし。

ジャックの場合も体が刻まれパーツが抜き取られていたこともあったが、わざわざ人に見つかるかもしれない行為を外でやっていた(売春婦だから家に連れ込む必要があるはずだし)のは何か理由があったのではないか。
そしてそれだけ世間を騒がせ何故5件で終えたのか。新聞社にその理由を明かした声明が届くこともなく、有名なスコットランドヤードを翻弄し続けたまま逃げ失せたのは、何か目的を達成したからではないか?
本書『切り裂きジャック・百年の孤独』は、そうした19世紀末のロンドンで起こった事件と、20世紀末、崩壊前の東西が歪な爆発寸前の状態で成り立っていたドイツの西ベルリンで、同じような状況で殺された娼婦たちの事件を絡めて物語が展開される。
そして結末の罪を重ねた人間心理の哀しさと美しさ(犯人の物語=ロマンが描かれている)は何とも言えない。
ミステリなのでネタバレしないように、そしてあれこれ散りばめながら気をつけて書きました。謎を解き明かした通りすがりの切り裂きジャック研究家クリーン・ミステリ氏(射手座)が誰だったかも触れません。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?