ウィザーズ・ブレイン 私の青春の終わり
知っている人は今更、知らない人は全く知らない20余年前に出版されたウィザーズ・ブレインが令和のこの西暦2023年になって突如として再始動し、遂に完結しました。
最終巻自体は既に一ヶ月前に発売されていたのですが、初版の一巻から追い続けてきた身としては逆に終わりを読むのが怖くなり、今年発売された3冊を一気に連休使って貪るように読み終えた次第です。
【ウィザーズ・ブレインとは】
最初に書籍シリーズの紹介リンクを貼り付けておいたのでそっちで詳細を知ってもらうのが手っ取り早いのですが、西暦2001年2月に電撃文庫から出版されたライトノベルです。
21世紀になったばかりに出版されたからわかるように、本作は現代の令和の世のライトノベルと違い、90年代後半時代の色と、さらにそれ以前に流行ったSFノベルの流れを汲むという、もう本当に旧時代の産物。
【あらすじ・世界観設定】
本作は22世紀末の地球を舞台にしたSFラノベです。
本作の22世紀全盛期時代の地球文明は太陽光発電システムが超効率化されており、人類はかつてない豊かで平和な時代を享受していました。
しかしその太陽光エネルギーを完全遮断する電磁性を伴った特殊な『雲』がある日突如として地球全土を覆い、人類は一夜にして今まで気にする必要も無かったエネルギー問題に直面することに。
残存したエネルギーや資源を巡り世界情勢は急速に悪化。
折り悪く、あるいは幸運にか「情報制御理論」という超高速演算能力を持つCPUで物理法則を書き換える新技術が研究途上にあり、さらには有機CPUを脳内に持つ「魔法士」を生み出し彼らはその名の如く物理法則を自在書き換える魔法使いのような能力者だったのですが、そんな彼らは否応なく悪化する世界情勢で兵器として運用されることに。
結局、この互いに生き残ろうとせんがために、限られたモノを手に取るために敵を殺し続ける泥沼の第三次世界大戦は情報制御技術の事故で起きたアフリカ大陸が消滅して地球上から消滅するという未曾有の人災に目が覚めて、あるいはもう戦う力が無いことから残存国家「シティ」は停戦状態に。
でも、戦争が終わってもエネルギーも資源も何もないのは一緒。
むしろ戦争で無駄に貴重なそれらも、解決できるはずだったかもしれない人材も浪費させ、人類は滅亡への坂道に対してブレーキをかけただけに過ぎませんでした。
そんな滅びゆく世界で、今日を生き抜くために、明日に希望を繋ぐために、残酷な現実に立ち向かうために、様々な思惑を以って多くの人々がそれぞれのやりかたと生き方で闘い抜いた物語。
それが、ウィザーズ・ブレインです。
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また、本作は圧倒的少数ながら異能を持つ「魔法士」と、圧倒的多数の一般人の軋轢、差別、虐殺が物語に大きな影を落としており、それを中心軸にストーリーは進行していきます。
個人では圧倒的に強いけど、社会の中で生き抜くには偏見と不当な扱いに耐え抜かねば生きていけない、いや耐えてもなお消耗品として殺されてしまう魔法士。
個人では弱いけど、その社会を形成する弱者たる一般人。だけどそれでもほんの一握り、魔法士のために、魔法士を想い、世界を想い、生きていく一般人たちもいる。
この「魔法士」と「一般人」の軋轢と両者間の意識、そして立場の優劣は物語中盤、メインキャラクターが揃った5巻以降で二転三転として行きます。
同時に、1~5巻までは個人が個人の意志で残酷な世界に抗う物語だったのが、6巻以降からは国家として、組織として、世界の流れが、個人の意志をどんどん無視し抗えぬ流れとして顕現し、ある者はそれに最後まで抗おうとし、ある者は流され、ある者は溺れながらも何かを掴もうとする路線へと変更していきます。
こんな物語の終着点、見届けるまで死ねるものか。
【私的なお話】
本作は遅筆で有名なシリーズでもあり、今年一気に完結させましたが第九巻上巻は2014年発売、直で続きの第九巻中巻は2023年発売と実に9年もの歳月をファンは待ち続けていました。
私はね、毎月10日には必ず電撃文庫の新刊予定ページを見ていたんですよ。この9年もの間。
もうここ5年は「ウィザーズブレインは未完で終わるんだな」と内心諦めながらもそれでも毎月様子を伺うことを止められなかった。
希望の灯火が今年突然灯った時には疑うことを止められませんでしたし、実際購入しても読むのが怖くて中々できなかった。
この20年間読者としても考え続けてきた、あの滅亡の坂道を転がり続けながらも抗い続ける人々が、どこに行き着くのか見届けられる現実が本当に目の前に提示されたら、逆に戸惑っちゃうくらいにこの9年はちょっと長すぎました。
【1巻との出会い】
大切な最愛の人を一人死なせて、赤の他人百人を生かす道を選ぶか。
赤の他人百人を見殺しにして、最愛の人と共に罪人として追われる道を選ぶか。
大変に練りこまれた世界観設定のうえで、上述したテーマを掲げた本作を読んだ時、まだ10代だった私は凄まじい衝撃と共に「自分もいつかこのような作品を書いてみたい。顔も知らない誰かの心を揺り動かしたい」と思ったりもしました。
私が今もこうして何かを書いているのは、間違いなくウィザーズ・ブレインのせいです。
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1巻はシンプルで荒削り、且つ2巻以降と比べると設定に若干矛盾があったりする作品ですが、それでも心を深く抉ったのは登場人物たちの見事な采配ぶり。
国家を生かす「電池」として生まれた、天使のような少女。
そんな彼女を奪取保護することを依頼された、純朴で優柔不断な少年。
少年を守り慈しむ、決して楽な暮らしとは言えない営みを送る暖かい家族や町の人々。
そんな主人公たちの一方で、もう一方の主人公として登場するのが
国家を生かす「電池」として恋人を見送ることしかできなかった、大戦の英雄たる騎士。
恋人が守った街、人々の営みの尊さを理解し、理性ではそれが正しく恋人自身もそれを望んだのだからと自分に言い聞かせて心を凍えさせ続けてきた枯れた大人の騎士。
そんな自己矛盾を抱えた騎士が「電池」の少女を攫わなければ、彼の恋人が守ってきた人々が死んでしまうという現実。
でも、生前の内に恋人と交わした「こんなことはもう私一回だけにして」という約束を破る背信行為。
そんな感傷や私情を許さない軍人としての立場。罪の無い一般人の笑顔を守らなければいけない責務。
情と合理が真っ向からぶつかり合い、主人公二人がぶつかり合うだけでなく、この主人公自身の中でも情と合理の葛藤があり、そんな二人をも無視して当の犠牲となる少女や、為政者として一個人として母としての立場に苦しんだ人々。
こんな人々たちが動いた先に在った結末は、決してハッピーエンドではなかったのですが、そしてある意味では何もかも無駄で無為な行為だったとすら言えるのですが、でもそんなのどうでもいい。
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ウィザーズ・ブレイン全体の作風なのですが「自分一人だけ満足ならそれでいい」というシンプルなエゴイストがいないんですよね。
本当にちょっとした端キャラですら「大切な人のために」「もうこの世にいないあの人のために」という、他者への愛か、あるいは他者から貰った意地で動くキャラばかり。
これは一巻から十巻完結まで完全に一貫しており、そしてエグいことに利他性や献身がかえって事態をややこしくしてしまう毒となっており、崇高な理想や純粋な愛情だけで登場人物たちは動いているのに、無辜の人々が傷つき当事者たちはもっと傷つくという最悪のシナリオ展開。
こんなことがあってたまるか。
でも世界ってこんなものなのかもしれない。
十代の頃の私は、ウィザーズ・ブレインという作品で突きつけられた、人として当たり前の愛情と、ただただ愛しく大切な人が幸せであり続けてほしいと願う祈りが、毒となり、でも希望ともなるどちらとも言えないストーリー、キャラクター、世界観全てに惹かれてしまったのです。
【読み終わって思うこと】
最後までウィザーズ・ブレインの作風やテーマは一貫して変わらなかったのですが、読者の私は20年も経過したら気がついたらガキからおっさんにクラスチェンジしていました。
何度も読み返した作品なだけに、終幕へと向かう今年出版された三冊を読んでいると、続きものなだけあって初読状態であっても、1~3巻が出版されたばかりの当時の自分を思い出したりも。
そしてこの9巻中・下と10巻を読み終わって思ったのが「私はいつから人をこんなにも信じられなくなっていたのだろう」ということ。
ウィザーズ・ブレインは登場人物たちの間で「信じる」という想いが本当に強い。
敵対している人物であっても和解しようと努力する。
かつては家族や仲間であったけれど袂を分かち、決別したとしてもそれでも信じて互いの理想を目指そうとする。
異能の魔法士を恐れながらも、彼らとの距離感を掴もうと模索する一般人たちへのケジメもつけられました。
そんな絶滅戦争へと向かう世界の中で他人を信じて自分にできる最善の道をさまよい続ける人々。
別に、今回に限ったことじゃなくウィザーズ・ブレインは一貫してこういう作風だったわけで、改めてその「他人を信じる」の行く末を描いた終わりを読んで、我が身を振り返るきっかけに。
でも、20年前の自分と違ってやっぱり今の私は人を信じるのはもう怖い。
それでも、ウィザーズ・ブレインのラストは納得がいくものでもあったのです。
だからこれは、私個人の中に残っていた青春の一欠片が遂に終わったことの一つでもあるのです。
ネタバレ有の感想や考察じみたものはまた別途の記事に書こうかと思います。