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月と太陽は恋してるSideA アルノ
叫び生きろ 私は生きてる
私は、小さい頃から、うまく人と馴じめないでいた。いや、他人ではなく、自分の核となる獣となじめなかった。我が強く、攻撃的で刹那的。そして、快楽に弱い。
日々その獣と向きあうストレスで自暴自棄になり、全てのことがどうでもよかった。
どうすれば、自分自身と会話できるのだろう
どうすれば、飼いならせるのだろう
私は、獣のと向き合うべく、きっかけが欲しくて、真逆で自分自身、吐き気がした乃木坂46のオーディションを受けることにした。
私とは違う生物、キラキラひかるアイドルになれば変われると信じて。
オーディションに合格したが、同期となる10人を見るたび、彼女たちが持つ光に心の闇が濃くなっていく日々。
獣はヨダレを垂らしてメンバーを吟味していく。
それを抑え込むことで必死だった私に、転機が訪れ、そして、ツケを払うことが決まった。
センターにして活動自粛。
過去の、私が生きた日々が、アイドルにはふさわしくない、大多数のファンが認めない。
だから、辞めろ。
私もアイドルは無理と判断。これ以上、あの光に埋もれると生きた心地がしない。
今野さんに、迷惑かけた謝罪とアイドル活動辞退を伝えに事務所へ行く。
そんな私に今野さんは、
「それで変われるのか?」
そう言って一通の紙を渡してくれた。
「書かれた店に行ってこい」
私は受理する条件と言われたので、仕方なく、向かうことにした。
紙に書かれた住所にたどり着く。
一階の店以外は暗く、私の心を表しているような闇色だった。
どうしよう、入っていいのかな。
1000円で、食べれるかな。
一階の店からは美味しそうな匂いが漂ってくるが、店構えが到底、私の万年金欠財布では無理なお店である。
不安で扉の前を下向きながらウロウロしていたら、唐突に店の引戸が開いた。
「早く入りな」
アッシュグレーの短髪で眉なし、右目辺りにはピアスが二つ開いていた男性が声かけてきた。
「うぇ、ふぇ、ふひゃあ」
唐突に声をかけられて驚き、声ならない悲鳴を上げ、座り込む私に無言で手をさしだす男性。
ただ、手をさしのべられただけなのに恐怖で涙を流してしまう私。
「安心しなよ。いたって普通の小料理屋だよ」
起き上がらせくれた男性は風貌は怖いけど、人懐っこい笑顔で、私を安心させてくれた。
私と同じぐらいの身長になぜか安心したことは内緒。
「あ、あの1000円で食べれるものありますか」
小料理屋に行ったことない私にたいし、男性は笑顔でいいよといい、私を店中に案内し、カウンター席に座らせてくれた。
店はカウンター8席にテーブルが2席。
テーブルの隣にはお酒の入った冷蔵庫があった。そのお酒の量を見て、この店に興味が湧く。
高知県のおばあちゃんの家みたい
大酒飲みの祖父母の家を思いだし、椅子に深く座り込んだ私の前にそっとぐい呑みが置かれる。
「お通しでで、生姜の出汁だよ」
大きめの酒器だろうか。店のやさしい光に当たると色鮮やかな蒼色が輝く。目を凝らすと蒼色が変化し、黒色にも見える。
絶対、高い店だ…ヤバイよ
到底、自分の家では使えない高そうな酒器をもち、ここに案内した今野さん対し愚痴をこぼす私は恐る恐る口につけた。
生姜の落ち着く香りとともに濃厚な魚介の味がして、思わず飲み干す。
「おかわり下さい!これ美味しいです。何の出汁ですか?」
思わず、おかわりを、要望してしまう私。同時に、ここ3日ほど食べる気が起きなかった食欲が目を覚まし、
男性にも聞こえる音が響く。
「牡蠣と生姜の出汁だよ」
顔が真っ赤な私におかわりの入った酒器を渡し、さらに小鉢を、私の前に置いた。
「今日の小鉢はサヨリの刺身と大葉、茗荷を一緒にすだちを使った自家製ポン酢でどうぞ」
これまた、硝子細工が施された小鉢に盛られており、美しいサヨリの身を大葉と茗荷と一緒に口にいれた。
「絶対に、お酒が美味しいやつだぁ」
お酒はまだ飲めないが、お酒好きの祖父母の血が騒ぐのか、お酒が欲する状態になる。
呑んだことないけど…笑
一口、また、一口と食べ進めていく。
食べ終わる頃、そっと魚の焼き物が置かれた。
ヤバイ。絶対にコースだ。これ。
私の表情で気づいたのか、笑いながら、男性は説明する。
「本来ならおまかせは、コースなんだけど、うちは出したいように出す居酒料理屋だから、気にしないで食べて。今日、暇で、食材無駄になるから遠慮なく食べてよ。うちを助けると思って」
この言葉に覚悟を決めた私は魚に箸をつけた。
「今が旬の鰆を、皮をじっくりポワレして焼き上げたもので、添えてある塩着けて食べて」
言われた通り食べると鰆のパリッと炙られた皮の香ばしさ。ほっくほくの身が楽しめる。サラサラな塩をつけると濃厚な旨味が上乗せされた。
「この塩、味が濃い?いや、旨味が強い?」
「よくわかったね。この塩ね、雪塩といって苦味が感じにくくて、塩本来の旨味が、強いんだよね」
そう言って、ご飯をお茶碗に盛って、私に手渡す。
「鰆をご飯に置いてこの出汁を掛けてどうぞ」
私は言われるままに、鰆オンザライスにして出汁をかける。
鰆の身に濃厚な出汁が纏い、メインディッシュに変化する。
出汁茶漬けってこんなにも美味しいの?
私はポケットのなかで鳴り響く携帯を、無視して
お茶漬けをかきこんだ。
「牡蠣とあごの出汁と煮きった味醂酒を混ぜたもの、ご飯には木の芽わさびを混ぜたものさ」
わたしは最後の晩餐として満足した素直にお礼を言う。
「ご飯ありがとうございました。最後の晩餐、美味しかったです」
「最後の晩餐?」
男性は頭を傾げる。本気でわからないといった表情で。
「俺はただ、お腹すかしてる女の子を頼むと言われただけだよ」
「ダメなんです。私は迷惑を、みんなを失望させてしまった。何より、同期に会わす顔がないんです」
私は、気づけば、初めてあった男性、それも芸能界とは程遠い料理屋の大将に叫んでいた。
男性、大将は、煙草、取り出し、吸いながら、私の椅子に座る。
「ねぇ、何でオーディション受けたの?」
「え、」
「変わるきっかけがほしかったんだよね?」
「もう変わってるよ。気づけよ」
「その涙が、証拠だよ」
私はテーブルを濡らす涙を見つめる。
「「結局は君自身どうしたいか聞こう」」
大将は私たち5期生の歌の核心となる最後のフレーズを、艶やかに歌った。
「変われたんでしょうか」
私は声を絞りだし、慟哭ともとらえられる声で聞く。
「その涙と、メッセージが、こたえじゃない?」
私は大将の指差すものを見る。
私のスマートフォンだ。
さっきまで鳴り響いていたことを思い出す。
画面にはラインの通知が28件、大半は和で、
10件のLINE電話の通知は、全て瑛紗からだった。
わたしはLINEを開く。
最後のメッセージは和からだった。
「私の推しは負けない。
……わたしはまだアルノと一緒にいたいの、一緒に歌いたい」
メッセージをみて、嗚咽する。
涙ながら留守番電話の10件目を聞く。
「電話出ろ。出ないなら迎えに行く。
地の果てまで迎えに行く。逃げるなよ、私の片割れ」
泣きながらの声で囁きながらも有無を言わせない言霊が私の魂に、獣に響いた。
私は核なる獣と一緒に獣の咆哮を、叫んでいた。
「いつか、また、君の歌、君自身の歌を聞けることを待ってるよ」
私はどれだけ言われたっていい。
いつか、いつか、二人を照らせる存在になるまで生きよう。
「今日はありがとうございました。ツケ払いに、またきていいですか?」
私を入口で見送る大将にお礼を言う。
煙草をふかせながら月を横目に笑う大将。
「これからもご贔屓に」
「大将、暇は嘘ですよね」
扉の片すみに貸し切りと書かれた看板を見ながら、
岡本姫奈を心に飼い、勇気をふりしぼって伝える。
「常連になりますね、今度、私の片割れと私の太陽を、連れてきます