【短編小説(サスペンス?)】犯人がこの中にいるかどうかはどうでもいい 6000字
[HL:迷探偵が現れれば死体ができるという機序]
灯火物語杯に参加いたしますー。よろしくお願いします。
「犯人はこの中にいるッ!」
花見沢璃央は勢いよくそう告げて狭い室内を見回した。といっても私の他にいるのは一組の夫婦だけで、彼らはゴクリと喉をならす。私も慌てて左右を見回し、こんな胡散臭い行動をしたんじゃ逆に犯人と思われないかといつも気が気じゃなくなる。
ここは高天山脈にある小さなコテージ集落、いわゆる別荘地で、現在は大雪と倒木で外界と閉ざされ、既に何人もの人間が殺されてしまっている。何の因果か、私はここに居合わせてしまった。けど、何の因果かは実はわかっている。璃央がいるからだ。
「ちょっと君、変なことをいわないでくれよ。まるで推理漫画みたいじゃないか」
そう言いとがめるのは夫婦のうちの夫のほうだ。隣のコテージに泊まっている。その言葉も当然だろう。
私と璃央は大学生かつ幼馴染で、たまたま私がこのコテージの無料宿泊チケットを商店街の福引で当てたから、二人で泊まりに来た。つまりここにいるのは偶然だ。そのはずだ。今日はクリスマスイブだった。
……なんていうか長年の煮えきらない私と璃央の関係を今晩こそ解消しようと。
それにこうも思っていた。どうせまた……殺人事件が起こるんだろうって。
何故だかわからないけど璃央と一緒にいると、やたらめったら殺人事件が起こる。これはもう、璃央が呪われているからとしか思えない。そのあまりの頻度に璃央の周りから人は減っていき、いや、物理的にもちょっと減ったけれど人間関係的に減ったってのが大半で、ともかく超常現象じみているけれど璃央の周りでは人が死ぬ。
警察も事件の度に璃央を疑い、そして当然ながら璃央が犯人ではないことはそのアリバイなんかからすぐに明らかになる。いっそうのこと璃央が犯人であれば話はわかりやすいのに、残念ながらこの人一倍斜め上に正義感が発達した男はさっきのような頓狂なことを口走っては捜査を撹乱し、ついたあだ名が迷探偵。
そうして私は思い出した。
こんな場面が初めてじゃないことを。あの時もこのおじさんに似た人が隣のコテージに泊まっていて、いえ、よくよく考えればこのコテージに来たときから見たことがある予感がしていた。それがこのおじさんを見て、今の状況を改めて考えれば、12年前の雪の日と同じような経過を辿っていることがたくさんの記憶の中からくっきりと浮かび上がってきた。頭の中で篩をかけるように。
あれは確か私たちが小学生のときのことだ。私たち四人家族はこのコテージに来て、あのときも連続殺人事件が起こった。嗚呼!
そもそも今回の事件について振り返ってみる。
3時間ほど前に女の悲鳴が聞こえた。バンと扉を開けて外に飛び出した璃央を追って私も雪の中に飛び出した。こういう時、璃央の側から離れるのは危険だ。璃央のフォーカスから外れると死亡率が一気に跳ね上がる。それを経験則上、近くにいる私はよく知っている。
雪に紛れそうな璃央の影に必死で食らいついていけば、追いついた時にはありえない姿で人が死んでいた。その室内着のような薄着を纏った女の四肢から周囲の木々に氷が伸び、あたかも空中に浮くように凍りついていた。そして次に悲鳴をあげたのがこの隣のコテージのおじさんなわけだ。その時、過去の私は驚いて三歩ほど後ずさり、雪だるまにぶつかってそれをバラバラに崩してしまった。今回もたしかあの場所に雪だるまがあった。
そのことに違和感を覚え、これが過去と同じ経過を辿っていると気がついたのはその時だ。12年前と同じように目の前で死体が凍っていて、私は雪だるまを崩した。
そこからの展開はあっという間だった。誰かが悲鳴が上げるたびに死体が見つかり、都合死体が4体になった時にこのおじさんがこう発音した。
「バラバラになっているから襲われるのでは」
正直なところ、結構な高確率で投げかけられるこの言葉に少しだけ辟易した。
そんなわけで、このあたりで一番大きなコテージのリビングに生き残っていた6人が集まり、そのうちの2人が隣のキッチンに食べ物を取りに行くと言って戻ってこなかった。残りのみんなで、つまり私と璃央とこの夫婦で見に行けば、2の死体が見つかった。
よく考えたらたしかに推理漫画じみたスピード展開だけど、いつものことなので細かいことを考えたら負けだ。
最も大事なことは、これがあの12年前の雪の日と同じ状況だということだ。
フラッシュバックというのか、これまで頭の底に封じ込めていた記憶が次々と泡立つように浮かび上がる。
私たちが小学生の時、私の家族と璃央の家族はそれぞれ、このコテージ村のコテージを借りた。あの時もクリスマスだった。みんな幸せに満ち溢れていた。夜半からちらちらと降り出した雪が窓の外を白く染め始め、璃央の家族のコテージで一緒にクリスマスプレゼントを開けようとしたときに最初の悲鳴が上がり、飛び出した璃央を追いかけた。
あの殺人事件も複雑な経過を辿った。たくさんの悲鳴が上がった。雪で足跡がわからなくなり、雪が吸収して音は聞こえにくくなった。そして一番大きなコテージでリビングから離れてキッチンで死体となったのは、私の両親だった。
「嗚呼!」
「ど、どうしたんだ? 突然」
思わず叫び声をあげた私に璃央が心配そうに声を掛ける。
けれどもそんなどうでもいい意味のない問いかけより、心の奥底にしまい込んでいた痛みが心臓を切り裂くように体中に響き渡る。その痛みのほうが重要だ。思えばあの時だ。あの時から璃央の周りで殺人事件ばかり起こるようになった。そして唯一私の家族の中で生き残った私は、璃央の家族の養子となって引き取られた。
その璃央の両親も、つい先々週不可解な事故に巻き込まれて死んだ。
ため息が出た。暖炉が温める部屋の中はとてもあたたかいのに指先がじわりと冷たくなる。そして意を決する。
「璃央、犯人とか、やめよう」
最後の望みをかけてそう呟いた。璃央を止めればこの狂った現象から逃れられるかもしれないと思ったから。一縷の望み。
「でも、沙雪、このままじゃ犯人が逃げてしまう」
「よく考えて、さっきも見たでしょう? ここに来るまでの唯一の道は丸太で倒れて塞がれていたこと。だから逃げるなんてできないの。犯人はきっとどこかのコテージに逃げ込んでる」
そうじゃなきゃ、この中にいる。その言葉は私は隠した。
ああ、本当に推理漫画のテンプレートみたいなことを口走っている。事実は小説より奇なりというけれど、事実のほうがよほど辻褄が合わないことが多い。
そういえばあのときも、小学生のときも璃央はこんな探偵じみたことを口走っていた。けれども小学生の言うことと大学生の言う事じゃあ重みが全然違うし……でもいつも、こうだったな。
懐かしさ、恐怖、怒り、悲しみ、これまで忘れていたそんな制御できない様々な感情が去来する。
あの時はどうだったんだろう。
私はこのあと、何が起こるか知っている。あのときと同じならば、今回の殺人事件はこれで終わりだ。もう誰も殺されない、はず。
夜も更け、私たち以外の2人、おじさん夫婦は疲れていつしか眠りについた。私は璃央を連れて外に出る。璃央は素直についてくる。私は犯人じゃない。私はつねに璃央の視界の中にいた。だから璃央の頭の中の殺人犯は、第一容疑者はあの二人だ。完全な外部犯とか、他に殺人犯がいる可能性があるからあの場で断定はしなかったんだろうけど。
あの雪の日、生き残ったのは璃央と璃央の両親と私だけ。だからきっと、リビングに残したあのおじさんとその奥さんは生き残る。そうしなければきっと、璃央と私のアリバイがなくなって璃央が犯人になりかねないから。
我ながらおかしな事を考えているものだ。口角が自嘲的にあがっているのを感じる。
冷静に考えればそんな可能性なんてまるでわからない。本当にあの二人が犯人がしれないし、別にいる殺人犯があの二人を殺すかもしれない。けれども璃央の周りはいつも現実的じゃない。わけのわからないルールが優先される。だから思わず呟いた。
「璃央。あの二人はきっと犯人じゃない」
「じゃあ誰が犯人だっていうのさ!」
「そんなのわかんないよ。他のコテージに犯人が潜んでいるかもしれないって璃央も思ってるんでしょ? それよりさ、12年前の事を覚えてる?」
「12年前……?」
璃央は不可解そうに眉を顰めた。
「そう。12年前のクリスマス。私たちは家族でここに来た」
「そう……だっけ」
その答えに、少しの落胆を感じる。やっぱり璃央は思い出せないか。
その時、私の家族はみんな死んだ。私にとってはかけがえのない大切な家族だ。それが一度に奪われた。だから、思い出せた。けれどもその後、璃央の周りでは殺人事件が起きすぎて、璃央にとってはきっともはやどれのことだかわからないだろう。それは璃央と一緒にいた私も同じことだ。たくさんの死の中に埋もれたあの雪だるまを崩した時、私もやっと気がついた。思い出した。
12年前、あの雪だるまの中には私の妹が氷漬けになって入っていた。けれども今日はいなかった。だからあの雪だるまの中に死体が入っていなくて驚いたんだ。誰かが死んでいると思ったのに死んでいない。その差異がもたらした強烈な違和感は、私に家族の死という特別さを思い起こさせた。
そう、私にとっても既に死は特別なものではなかった。死に対する感情というものがすっかり擦り切れていた。
「ねえ璃央。この12年という間、私たちのまわりではたくさんの人が死んだわ」
「そう、だね。だから解決しないといけない」
璃央の異常さは多分、璃央の両親も気づいていた。死から逃れるためには、璃央が近くにいるときはその視界の中に常に入っていることが重要だ。だから彼らが璃央から少しの時間、自主的に離れたという行為はきっと、この死にまみれた日常に疲れ切ったからだと思う。
「沙雪ちゃんごめんね」
璃央の両親が事故に遭う前の夜、璃央の母にそんなふうに謝られた。
「それは引き取ったことについて?」
「ごめん、あのときはわからなかったんだ、本当に」
それが璃央の両親から聞いた最後の言葉だ。
璃央の周りで殺人事件が起こることを?
それを口に出すことはできなかった。璃央の両親は私をとてもかわいがってくれて、つねに璃央と一緒にいられるようにしてくれた。璃央の両親は最後に私を抱きしめた。
けれども璃央にとって、死はあまりに身近過ぎた。死はもともと璃央の近くで起こっていて、きっと璃央には死の方が日常になってしまっていたんだろう。思えば璃央は両親の死にも冷淡だった。たくさんの死の中に紛れてしまった。私が仮に今回死んだとしても、きっと璃央にとっては日常の一コマとして流れていってしまう。けれども、私もきっとそうだった。人というのは死ぬものだ。そう思っていた。その意味はおそらく、普通の人と既にだいぶん異なっている。
だからきっと、私が死んでも璃央はすぐに忘れてしまうだろう。いや、そんなことは死んだ場合の仮定で、今考えても仕方がない。
私が小さくついたため息は、璃央には聞こえなかっただろう。
誰が犯人とか考えても無駄だ。
犯人なんて、璃央がいれば雲霞のごとく次々と現れて死体を量産していく。たしかにそれぞれの事件にそれぞれの動機や複雑な怨恨やら人的関係があったんだろう。けれどもそれはその物語の関係者たちの視点の話で、私から見ると呪いのようにそいつらを連れてくる璃央こそが死の中心だ。
ようやく、人は死なないことが普通なのだと、思い出した。
空を見上げると、さらさらと雪が再び降り出していた。
この雪は死体を隠す。私の妹も、私があの時死体に驚いて崩した雪だるまの中から見つかった。あの時私が崩さなかったら、きっと雪が溶けるまで見つからなかっただろう。
「璃央、人っていうのは死ぬものよね」
「それは、そうだろう?」
この問いかけの意味合いは、普通の人に尋ねる意味合いとは全く逆だろう。そして困惑気味な返答も。
現に今回も10人弱の人間が死んでいる。けれどもそれは決して普通じゃない。でもそんな世界を普通に戻す唯一の方法。
「璃央、今回も散々なことになっちゃったけどさ、私、どうしてもしたかったことがあるの」
「したかったこと?」
私はそっと璃央を抱きしめた。私をかわいがってくれた璃央の両親はもう死んでしまった。璃央の身寄りといえるものは私しかいない。
「ちょっと沙雪、ぐ」
璃央のくぐもった声は雪に吸収された消えたはずだ。そして私は台所から持ち出していた包丁を璃央の体から引き抜いた。
「璃央、ごめん、私も疲れちゃったんだ」
私の手は静かに震えていた。
今回の旅行でこそ、この中途半端な関係を精算したかった。もう人が死ぬのなんて見たくなかった。だから最後に自分で人を殺すことにした。それがこの、12年前に全てを失った場所だったなんて。
運命。
馬鹿げてる。本当に馬鹿げている。何もかもとても馬鹿げた言い分だ。けれどもようやく、これで運命から逃れられるのだろうか。いつしか流れていた涙に降り出した雪が触れ、頬に冷たさが残る。
けれども私は悲しかった。本当に悲しかった。
最初から、殺人事件が起こればそれに紛れて璃央を殺そうと思っていた。私を育ててくれた恩のある璃央の両親が死んでしまった以上、私はこれ以上死にまみれた世界を我慢する必要はない。そしてそのままなら璃央の死に、きっと何の感慨も抱かなかっただろう。それどころか安堵すら覚えたかもしれない。12年前を思い出すまで、私の意識は私の両親のことも妹のことも、すっかり思い出の奥底に沈めてしまっていたんだから。
けれども私は家族というものが特別であることを思い出してしまった。だから璃央もとても大切な友達で、8歳の頃は大好きだったことも。嗚呼。どうして私は今泣いているんだろう。
すっかり忘れてしまっていたのに。
けれどもまた、全てを思い出にして雪の中に閉じ込めよう。
私は12年前のあの雪の日、当時は8歳で事件のことを警察にうまく説明ができなかった。けれどもあの事件がどういう機序を辿ったのかは言葉にできなかっただけで認識している。そのうちのいくつかの死体が春先まで見つからず、どうして迷宮入りしてしまったかの理由も知っている。だから私は捕まることはないだろう。でも失敗しても構わない。
だからこの死体を隠したら、私はすっぱり死が溢れた推理漫画みたいな世界から足を洗う。捕まったって犯人は生き残れるんだから。
Fin