【短編小説(ホラー)】クネヒト・ループレヒト 9000字
[HL:クリスマスは毎年親戚で雪山のコテージに集まって祝う。けれども今年は]
灯火様はじめまして。灯火物語杯に参加させていただきます。
イブのコテージ
冷たく深々と降り積もる雪と真っ暗な闇。それが窓ガラスの奥に広がっている。
けれどその窓枠はキラキラとしたベルや白い綿、モミの緑色の葉で飾られ、このログハウスの内側は暖炉の明るい光でオレンジ色に輝いていた。音に乗せて真っ黒い炭をチリチリと白く染めながら、煌煌と赤い炎を生み出し続けている。BGMはさっきからずっとクリスマスソングだ。
暖炉の隣には切り出されたモミの木があり、そのてっぺんには輝く星、そして下に降りるにつれて窓枠と同じ白い綿、鳩や箱、ベルなんかのオーナメント、そして一番下には大小のカラフルに包装された箱がいくつも散らばっている。
持参した箱はここに置く決まり。
そのモミの木の前にはゲームをする子ども達が集まり、それを囲むように何人もの大人がソファやテーブルでで旧交を温めていた。ちょうどその中間の俺とイリナは、少し離れた窓際で窓の外の景色を眺めていた。
これはいつもの光景。クリスマス前から年明けまで親戚が集まって過ごすのが年末年始の恒例になっていた。メンバーは多少違うことはあるけど、今回は25人。毎年だいたいその程度の規模。
「パベルもイリナもこっち来いよ」
「やだね、用があるならこっちこいよ」
「チッ、しゃぁねえな」
気怠そうにのそのそとやってきた2歳年下の従兄弟のワジムが窓の外を眺める。
「なー明日これじゃ出かけられないよな」
……ザッ ザザ
したの天 …… 報はアイガー全域で大雪。場所 ザッ は3メー ザザ 積雪が観測 ピー
さっきから聞いていたWEBラジオをワジムに押しやる。電波もそろそろ重い雪に遮られて届かなくなるだろう。
「やっぱ無理そうだな」
「夜明け頃に一番降るみたいだな。明日は出られないかもしれない」
明日は三人で尾根のほうに散策に行こうと相談していた。遥か先まで青い峰々が連なるこの山の尾根は、とても景色がいい。
けれど新雪のドカ雪じゃ、そもそも前に進めない。雪の上に足をのせた傍から埋まってしまうから。氷になるとそれはそれで危険だが、どちらにせよこの雪じゃ出かけられる状態じゃない。その前に雪かきにも駆り出されるだろう。うんざりする。
けどこんな雪の予報なんてあったかな? 今年は暖冬と聞いたのに。
知っていたらわざわざ来なかった。
「悪ガキ共は集まって何してるんだ」
「別に。これじゃ明日出かけられないと思って」
「明日は大変だな」
近づいてきたユレヒトおじさんも窓の外を眺めてため息をつく。それからニヤニヤしながら俺たちに振り返る。
「それよりお前らどうなんだ、白いサンタか黒いサンタか」
「さすがにもうそんな歳じゃない」
「ワジムは最近柄の悪いのとつるんでるって兄さん心配してたぞ。ほどほどにしとけよ」
「うっせぇな」
そんな話をしていると窓の外にちらりと動くものが見えた。今夜はクリスマスイブ。あらかじめ予約しておくと、この別荘地の管理人が小さな菓子とおもちゃを持ってコテージを回ってくる。
じゃあなと呟きユレヒトおじさんが玄関に向かう。
いい子には白サンタがおもちゃを持ってくる。悪い子には黒サンタが木炭やモツ、ジャガイモを運んでくる。俺らにとっては既におもちゃよりモツの方がありがたい。夕食の具が一つ増える。
ぼんやりと窓の外を眺めていると、玄関先でユレヒトおじさんがサンタ姿の管理人を出迎えていた。ふと、管理人の背後に黒い影がゆらりと動いたような気がした。
「ねぇパベル、私には何かあるんでしょ」
すぐ近くのワジムにも聞こえないような小さな声で、イリナが耳元でささやく。その声に窓から目を離し、こっそりポケットから出した小さな箱をワジムに見えないよう、イリナの背中から手をまわしてイリナの手の中に入れるとその手はぎゅっと握り返された。
「なぁ、ワジムはカツアゲとかしてんの?」
「ばっ。しねえよそんなこと。まあつるんでるっつっても、集まってこっそり飲んだりしてるだけだよ」
潜めた声でワジムがつぶやく。その程度なら誰でもやってる。大したことじゃない。この辺の冬は寒い。俺も実は部屋に酒を持ち込んでいる。そんなのはみんなやってることだ。
「みんな、サンタさんが来たぞ」
ユレヒトおじさんの大きな声が聞こえ、その声に子ども達がワッと群がる。メリークリスマスという大きな声。子ども達はサンタに手紙を渡し、引き換えに小さなおもちゃが配られ、ひときわ大きな歓声が上がる。
プレゼントが配り終えられると子ども達は蜘蛛の子を散らすようにいなくなり、ユレヒトおじさんと管理人の顔になったサンタが雪の情報交換をする。今年はいつもより雪が早い。
いつのまにか母親たちはパーティ料理を片付け、子ども達は明日開ける予定のツリーの下のプレゼントをチラチラ見ながら名残惜しそうに部屋に戻っていった。
この後大人はもう少し酒を飲むけれど、そこに至らない俺たちも引き上げる時間だ。イリナとワジムと一緒に俺の部屋で少し話をして、また明日と言って二人は部屋を出て行った。
電気を消すと急に真っ暗になる。今日は雪で月も星も見えない。ここは別荘地で雪は既に深く、隣のコテージの明かりももう届かなかった。
クリスマスの朝
深夜、急に目が覚めた。スマホを見れば午前4時過ぎ。
何の音もしなかった。カーテンをめくって納得した。既に雪は止み、二階にある部屋のすぐ下まで白い雪が詰まっていた。雪は音を吸収する。だからとても静かなのだろう。
雪がここまで来ているということは一階は雪で埋まっている。明日は雪かき確定だ。そう思ってため息を一つついて寝直そうとすると、ふいに物音がした。
部屋の外で凍った雪でも雪崩れたのか、と思った矢先、その音が部屋の中から聞こえたことに気がついて心臓が跳ねた。慌てて見返しても暗い。リモコンでスイッチをつけ、思わずスイッチを取り落とした。
明るく照らされた部屋の中央に、真っ黒な何かがいた。夕食どきに現れたコテージの管理人から分かれた影が、急に思い出された。
クネヒト・ループレヒト。
サンタクロースである聖ニコラウスに付き従い、聖ニコラウスがよい子にプレゼントを渡す陰で悪い子に悪いものを置いていく存在。クリスマスの度に投げかけられたおとぎ話が思い浮かぶ。
「お前は悪い子かね」
その凍るような平たい声が聞こえた瞬間、嫌な予感が全身をかけぬけた。だから、反射的に即答した。
「いい子だ」
「……そうか、ならばよいだろう」
その影はひび割れたような不吉な声で答え、すぅと消えた。まるでそこにはもともと何もいなかったかのように。そしてふいに思い出した。俺はこの黒い影に小さいころに会ったことがある。それもこのコテージで。
あの時は確か子供部屋にいたはずだ。
子供部屋で六人ほどの子供と並んだベッドで寝ていて、同じように夜中にふと眼ざめ、隣のベッドとの間に黒い影がいて、隣の子供に何か話しかけていた。あれは誰のベッドだっただろう。そいつは寝ていて起きなかった気がする。それから俺も話しかけられたような。だめだ、思い出せない。
……そういえば黒サンタは悪い子どもをどこかに連れていくという話も聞いたことがある。
……まさかな。
気のせいだ。きっと寝ぼけてたんだ。
俺は窓の外に広がる白と黒の世界を眺めながら目を閉じた。けれども不吉な予兆に心がざわめいて、なんとなく眠ることもできずに朝を迎えた。
明るくなって窓を開けると、雪の降った朝特有のツンとしたにおいが鼻の奥に漂った。少し寝不足で重い頭をかかえて階下に降りると、そこにはクリスマスツリーに群がり、それぞれに用意された箱を開ける子ども達の姿があった。
子ども達の歓声を聞いていると、背後の階段からも楽しそうな声がかかる。
「おはようパベル、メリークリスマス」
「おはようイリナ、メリークリスマス」
だれからも見えないようにこっそり指を繋ぐ。
案の定、一階の窓は全て雪で埋まっていた。こう雪で密閉されると外から冷気が入らないため、かえって暖かい。トーストを焼いてジャムを塗っていると父が起きてくる。深酒でもしたのか、顔が少し赤い。
「ひと段落したら雪かきをしよう。さすがに入り口くらい開けないと買い出しにも行けないからな」
「わかった、それにしても凄い雪だな」
ここは高い山の上だが、管理人の住む管理棟には冬用の資材が十分にため込まれている。必要に応じてそこに物資を買いに行く。このコテージにもある程度は備蓄されているが、こう寒いと薪なんかの嵩があるものは、追加で買いにいくかもしれない。
「それにしてもこんな雪は久しぶりだな。何年前だったかな、お前が誰だかがいなくなったと騒いだ時以来だ」
「そんなことあったかな」
「そうだ、黒いサンタがきて誰かをさらったと言っていたが覚えてないか?」
ちくりと頭の奥に痛みが走った。
「どうだったかな」
「まあうちでまともな若い男手はお前くらいだ。がんばってくれよ」
思わず肩をすくめる。来た以上は仕方ない、とは思いつつ、その重労働に嫌気がさす。
午後は地獄だった。
雪かきは普段使わない筋肉を使う。白い雪は高地の強い紫外線を乱反射し、皮膚に突き刺さる。サングラスは欠かせない。乾燥してるから喉も乾く。水分を補給しながら一仕事を終えるころには既に夕方で、なんとか一階玄関前に幅一メートルほどの通路ができた。
思ったより随分時間がかかったな。なんとなく、昨日はもっと早く終わると思っていたのに。
結局一日が潰れてしまった。
どうせこの雪じゃ、出かけられないからな。
ずいぶん疲れたから今晩はぐっすり寝れるだろう。灰色の空が垂れ込めていて、追加の雪を予感させた。スマホのラジオはもう繋がらない。各コテージを繋ぐ内線電話から明日も雪という予報が流れた。
夕飯後、イリナと二階に上がり、こっそりキスをした。最後に見た大人たちは一階の広いパーティルームで酒を飲み、その一角ではカードで賭け事が始まっていた。父さんと親戚の何人かの大人が興じているのだろう、時折笑い声が聞こえる。
イリナは少し俺の部屋で話をしたいと言った。けれども俺は疲れすぎていた。昼間から時間が経って、腰と太もも、ふくらはぎ、肩、どこもかしこもパンパンで熱を持っている。こういう時はとっとと寝るしかない。
「ごめん、今日はもう寝たい」
「そう。お疲れ様」
部屋の前まで送って少しばかり残念そうなイリナにキスをして部屋に戻る。なんだかひどく眠い。体が鉛のように重い。隠してあった酒を少しだけ引っ掛けると、窓の外には新しい雪が降り始めていた。
グラスを枕元の文机に置いたまま、いつのまにか泥のように眠りに落ちていた。
新年に向けて
なんだ?
違和感とともにパチリと目が覚める。
4時? そのスマホ表示に見覚えがあった。相変わらず電波はない。
窓の外は暗くゴォゴォと風がうなっている。けれどもその風の音とは少し違う音が部屋の内側から聞こえた。なんとなく嫌な予感を覚えて振り返ると、真っ暗な室内の中央から声が聞こえた。
「お前は悪い子かね」
「いい子だ」
「……そうか、ならばよいだろう」
強烈に嫌な予感に、思わず反射的に答えた。なんだ? この感じ。
前にも同じようなことがあった気がする。デジャビュー? 息が浅く、うまく呼吸ができない。体が疲れ切っている。昨日の雪かきのせいか。もう一度寝直そうかと思ったが、妙に目が覚めていた。そういえばワジムはどうしたんだ。昨日いなかった。だから大変だったんだ。玄関は一人で雪かきしたから。
次に起きた時、陽光が窓からキラキラと差し込んでいた。眩しい。
11時か。結構寝たな。起き上がろうとすると身体中からピキピキと悲鳴を上げる。筋肉痛……。痛い。ただずっと部屋にいるわけにもいかない。仕方なく着替えて階下に降りるとイリナが待ってて、近づいてきて太ももをつっついた。
「痛い痛い、やめてまじて」
「ふふ、ごめんごめん。今日はどうする? 少し散策しない? 雪が奇麗」
「すまないんだがな。パベルには今日も雪かきを頼みたいんだ」
すまなさそうにユレヒトおじさんがイリナに声をかける。
「昨日そんなに降りましたっけ?」
「イブの時ほどではないはずだが、何故か雪かきが終わらなくてね。今のところ資材は大丈夫だが、万一のことがあると困る。それにいざと言う時に入り口がないと難儀するからな」
「まあ、仕方がないですね。イリナごめん。明日こそ散策に行こう」
「仕方ないわね、約束よ」
指を切るとイリナは不承不承、コーヒーを淹れに行く。
少し足を止めていたせいでまた筋肉が固まったのか、足を動かすのに苦労する。そういえば騒がしい子供たちがいない。みんな外に遊びに行ったのかな?
イリナが焼いてくれたパンを食べて、ぼんやりジンジャーブレッドのカレンダーを眺めた。アイシングされたクッキーがカレンダーの数字になっていて、1日が過ぎるたびにクッキーは食べられ新年に近づく。
朝一番に起きてきた子供がクッキーを食べる権利を得る。俺も小さい頃はこのためにやたら早起きしたものだ。本当は硬すぎて全然美味しくないけど、勲章のように感じた。今日は26日だ。新年を迎えた2日目に俺らはここを引き払う予定。あとちょうど8日か。
筋肉痛で痛む重い体を動かして、雪かきがようやく完了したら時刻は15時を過ぎていた。作業の終わりを待ち構えていたイリナと腕を組んでコテージの周囲を回っていると、子ども達が集まって深刻な顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「あっパベル。実はこれ」
子供たちはスノーモービルを指す。どうやら遊んでいてスノーモービルのライトをソリの先で割ってしまったらしい。その隣には大きな雪だるまが作られていた。
「スノーモービルの近くは危ないから遊んじゃダメって言われてただろ」
「つい夢中になって。ごめんなさい」
子ども達は不安そうにおどおどと俺を見上げた。でも放っておくわけにはいかない。雪山で動ける足は重要だから。困ったな。確か管理棟には事故に備えて予備のソリがあったはずだ。
結局子ども達は大人たちに叱られ、注意された。スノーモービルについてはコテージから管理棟に電話して、管理人さんにライトの予備を持ってきてもらった。管理人さんは修理・交換もお手の物だ。
お礼に管理人をコテージに招きコーヒーを振る舞う。
「そういえばこの辺で私の手伝いを見なかったかい?」
「お手伝いさんですか?」
「そう、いつもクリスマスのプレゼントを配るのを手伝ってもらっていてね。でもクリスマスの日から行方知れずなんだ」
ユレヒトおじさんは心配そうに尋ねた。
「大丈夫なんですか?」
「まあ大丈夫だよ。雪だから動けないのかもしれないね。多分使われていないコテージか山小屋にでも泊まってるさ。ひょっとしたらまだクリスマスだと思っているのかもしれないね」
管理人さんは豊な白髭を撫でながら笑う。
「それじゃあ失礼した。この雪だ。何でも運んでも来れるから、いつでも連絡してください」
「ありがとうございます」
ユレヒトおじさんは玄関で頭を下げる。管理人さんは親切でいい人だ。
それにしても今日も疲れた。筋肉痛がなかなか治らない。ゆっくり風呂に入ろう。
みんなと夕食を食べて風呂に入ると、体はぐったりと弛緩して、なんとなく動きたくなかった。イリナは少し不満そうな顔をしていたけど、俺が疲れてるのは理解してくれている。お互い残念そうに見つめあっておやすみのキスをして、部屋に戻ってグラスに少しだけの酒を注ぐ。
なんとなく、この酒が習慣になってきた気はする。未成年だから本当は良くないんだろうけど、まあ誰も見ていない。そうしてぼんやり天井を見上げながらいつのまにか眠りについた。
帰宅の日
フゥと室内に風が入ったような気配がして目が覚めた。
まだ4時か。少し頭がぼんやりする。普段こんな時間に起きることがないから新鮮といえば新鮮だ。
突然部屋の中心で物音がしたような気がしてそちらを見る。夜の雪山は真っ暗だが、今日は少しだけ月が出ていて部屋にその光が差し込んでいた。
部屋の中央に黒い何かがある? そう認識した途端、それまでの寝ぼけた気分は吹き飛び体が冷たく硬直する。
「お前は悪い子かね」
「いい子だ」
「……そうか、ならばよいだろう」
反射的にそう答えた。そうしないと、いけないような気がした。
何か、そうしないととても悪いことが起きる予感がして、そして現在進行系で起こっているような気がする。なんだろう。頭がぼんやりしてわからない。そういえばこんな話を父さんとしたような。あれ? 父さん?
思い出そうとしていると、いつしかその黒いものはいなくなっていた。気のせいだったのかな。妙な緊張で寝付けなかったが、全身が疲れている。それもあって、気がついたら枕を抱えていた。
9時半。ホリデーなバカンスとしては早いような、いつもにしては遅いような、そんな微妙な時間帯。連日の雪かきで慣れてきたのか、筋肉痛はあまりしなくなっていた。心なしか筋肉がついたような? どうだろう?
洗面所でポーズをとっていると突然笑い声が響いた。イリナだ。
「何変な格好してるのよ」
「筋肉ついたかと思って」
「あんまり変わらない? んん少しはついたかな? それより早く朝食にしましょう? 片付かないわ」
そうだな。女手はイリナだけだし。
「手伝うよ」
「そんなに手間じゃないもの。食べたらまた雪かきがんばって」
最近は晴れた日が多いけれども、それでも多少は雪が降る。ユレヒトおじさんと雪かきをしないと。そういえばクリスマスイブにはずいぶん雪が降ったけど、あれはどうしたんだったかな。2人でなんとかなる量ではなかったような。
曖昧な記憶を思い出しながらいつも通りアイシングクッキーを外す。最後の1枚だ。今日は31日。とうとう大晦日。
新年をいい気分で迎えるにはちゃんと雪かきをしないと。
誰かに話しかけようとしてふと隣をみると、スノーモービルの隣に崩れかけた雪だるまがあった。近くのコテージを借りてる家の子供が作ったのかもしれない。
そんなこんなで雪かきを終わらせてコテージに戻ると、イリナが豪華な食事を用意していた。
「なんだかやけに豪華だな」
「何故だか今年は食材がかなりあまっちゃってるのよ」
「へぇ。そんなにたくさん買ったのか?」
ユレヒトおじさんも首をかしげている。
「人数分の記憶しかないんだけどおかしいなぁ。桁を間違えて注文したのかもしれない」
「だから今年は特別豪華にするの」
ニコリと笑うイリナに、用意されたたくさんのクラッカーを向ける。開けられるシャンパン。解凍したターキーレッグとたくさんのシャルキュトリーにチーズ。
3人じゃとても食べきれない。余った食材はユレヒトおじさんの家に郵送するらしい。
いつしか夜もふけてカウントダウンの時間になった。相変わらず電波が届かないから友達とは連絡がとれないけど、きっと同じ時間を待ち構えていることだろう。今日だけは未成年でも夜更かしが許される。
3.2.1.Happy New Year!
僕らは1人10個ずつクラッカーを鳴らす。この音で雪崩でも起きそうな気がするな。このコテージでこんなに派手に新年を祝うのは初めてかもしれない。
顔を見合わせて祝っていれば、ユレヒトおじさんは早くいけというように手を払った。ユレヒトおじさんはいつもどおり1人で飲むのだろう。
新年だけは特別だ。僕はイリナを部屋に招き入れる。
こっそり2人で飲むためにグラスを2つ持ちこんだ。
改めて2人で乾杯をする。夜はいつのまにか更けていく。
そうしてその夜、ふと、目を覚ました。やはり午前4時。んん。なんでこんな時間に起きたんだろう。もぞもぞと起き上がりなんとなくライトのスイッチを押す。そして俺は凍り付いた。
煌煌と室内を照らす明かりの下、そこには黒い何かがいた。
「お前は悪い子かね」
「いい子だ」
「……そうか、ならばよいだろう」
そう返さないといけない。俺は咄嗟に強く思った。その黒い影はじっと俺を見ていて、しばらくしてふぅと消えた。元から何もいなかったように。
何だ? 今のは。
何か強烈な違和感。何か大事なものを忘れているような、そんな気持ち。あれ? 俺は大事なことを忘れている気がする。
そうだ。ワジム、父さん、母さん、それに子ども達、親戚のみんな、どこにいってしまったんだ!? ……あれ? んん。
ふと窓の外を見ると相変わらず白い世界があって、スノーモービルの近くに崩れた雪の塊が2つ転がっていたのが見えた。
朝、目覚めて階段を下りてトーストをセットして、ドリップコーヒーにポットから湯を注ぐ。昨日の夜に何かあった気がする。なんだったかな。昨日か。昨日は楽しいカウントダウンだった。
ユレヒトおじさんと遅くまで話していた気がする。何か大事なことがあったような。カップの中の黒いコーヒーから立ち上がる暖かい白い煙を見ながらぼんやりと思い出していると、階段から足音が聞こえた。
「ユレヒトおじさんおはよう」
「ああパベル。おはよう。今日は片づけだな」
「そうだね、明日の朝には発たないと」
明日スムーズに出発するには、今日のうちに片づけをしないといけない。
2人で広いコテージを掃除するのはなかなか骨が折れる作業だった。なんでこんなに広いコテージを借りたのかな?
よく考えたら初日のイブに大雪が降ったせいか、あまり遊ぶ余裕がなかったな。なにせずっと雪かきをしていた。いつもだったらどうしてたっけ。尾根とか散歩に行ってた気がするんだけど。来年は行こうかな。
ゴミはコテージに隣接して建てられたゴミ捨て場に置いておけば、年が明けたら管理人が片づけてくれる。生ごみもこの寒さじゃそうそう腐らない。そう思ってゴミ捨て場の扉を開けると、その中にはいろいろなものが詰まっていた。旅行鞄やプレゼントのような箱。何故だか酷く見覚えのある小さな箱をあければ、小さな指輪が入っていた。勿体ないけれど、人のものに手を付けるのはよくないだろう。
勿体ない。あれ?
このゴミ捨て場って共用だったかな。俺はそう思いつつ、コテージから持ち出したゴミを片づけていく。
ふとゴミ捨て場の隅の暗がりに目が行く。そこはゴミ捨て場の入り口から最も遠く、闇の欠片が集まっているようで、少し気味が悪かった。しかも入り口から届く陽の光を避けるようにモゾリと動いた気がした。
俺は何かものすごく嫌なことをたくさん思い出しそうな気分になって、慌ててコテージに逃げ帰った。
1日がかりでコテージの掃除が完了した。これで明日は自分の荷物だけもって出掛ければいい。最後の晩の食事は簡素なものだった。大きな荷物も余った食材も今日のうちに全て配送した。明日は自室の片付けをしたら鍵を返して帰るだけだ。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯。おじさん今年も楽しかった。来年もよかったらまた誘って」
「そうだな。そうしようか」
今日は早めに片付けて寝ることにした。色々と片づけをしていたら、なんだかすごく疲れている気がしたからだ。肉体的にも、精神的にも。
翌朝、部屋を片付けてバックパックを持った。
最後に火の確認と思って暖炉を見たら、暖炉の奥の方に24個の木炭のブロックが置かれていた。予備のブロックかな。緊急用とか。
24か。なんとなく、このコテージだとそのくらいの人数の方が楽しい気がする。
でもまあ、1人で静かに新年を迎えるのも悪くない。
そう思って、俺はコテージの鍵を閉めた。
Fin