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『旅(仮)』エピローグ

 「ねえ、楽しかった?」何もかもが過ぎて、とうとう最初逃げ出してきた廃病院のドアが迫ってきたとき、彼女がそう尋ねた。「楽しかったよ」と私は答えた。答えながら、彼女を迎えに行く前のことを、思い出していた。

 その日、私は大声で彼女を呼んでいた。ガマがたくさん生えている池を見つけたのだ。触れればほどけて夢のように綿毛が飛ぶ。彼女は急いでやって来て、木陰の蜘蛛の巣に引っかかって慌てた。乾いた日ざしが優しかった。
 きっと長年の友人と言えると思う。しかし友人というのは重荷だ。自分もそこにいなければならない気がする。それは私の意思に反していた。もっと自分にふさわしい場所を目指していたのだ。そこに、今までの友人はいなくても困らなかった。
 そう、実際に、同じリボン、同じ道草、同じ空を捨てて、私は独立独歩を始めたところだったのだ。そこへ、彼女から連絡が来た。迎えに来いと言うのではない。しかしそう言いたげな様子だった。それは、過去へ戻ることを私に強制しているように、その時の私は、感じてしまった。

 のちに、私は彼女を迎えに行くため、用意をした。つとめて昔のことを思い出した。捨て去りたいことしかない。楽しかったことは後悔で塗りつぶされている。反省するほど悔いが増える。単なる失敗で無視すればよいものを、ゴミ箱から引っ張り出して嫌々見ているに過ぎない。やはり昔のことはきらいだった。迎えに行くことなどできそうになかった。
 私が求めたのは、逃亡だ。しかし逃げていこうとすると、立ち止まってしまう。何かを取りこぼしている。なぜ、私たちは友人となったのか? なぜ、彼女は友人を続けようとするのか? 私は過去のすべてを象徴するものとして、彼女とのかかわり方を、今一度、考え直さなければならなかったのだ。私はそうすることが、今の彼女とのかかわり方をうまく定めてくれると信じた。
 この旅は苦しいものになるかもしれない。後悔を再び露出させることになるかもしれない。彼女は重荷でしかなくて、私は思った以上に怠惰かもしれない。それらの予想は恐怖となり、都会のビルに挟まれた暗く険しい崖として、私に立ちふさがった。その上に彼女がいる。迎えに行くも行かぬも自由だ。
 そして、私は崖に手をかけた。

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