第7回 「年々、健康になっているので、僕がいまやっている健康法に間違いはないと思います。」サンプラザ中野くん
1984年に爆風スランプのヴォーカルとしてデビューし、『Runner』や『大きな玉ねぎの下で~はるかなる想い~』など数々のヒット曲で一世を風靡。現在もソロのアーティストとして第一線でご活躍中のサンプラザ中野くん。実はこれまでに健康関連の著書を多数出版し、各地で講演を行うなど芸能界きっての健康通としても知られており、その幅広い活動ぶりと見識力から『ロック界の健幸仙人』との異名をとるほど。今回はそんなサンプラザ中野くんを師匠と呼ぶ光田が、ずばり健康をテーマにしてインタビューを決行。かつては無理な食生活から体を壊したというサンプラザ中野くんが健康に目覚めるまでのいきさつや、現在行っている健康法、これから目指していることetc.……、たっぷりとお話を伺いました。
サンプラザ中野くん
早稲田大学政治経済学部政治学科1980年入学 1988年春除籍
山梨県甲府市生まれ 千葉県育ち
1984年に爆風スランプのヴォーカルとしてデビュー。「Runner」('88年)をはじめ、「リゾ・ラバ(resort lovers)」('89年)、「大きな玉ねぎの下で~はるかなる想い~」('89年)、「旅人よ~The Longest Journey~」('96年)など、数々のヒット曲をリリース。'99年4月に爆風スランプの活動休止を宣言し、以降「健康」や「株」に関する豊富な知識を生かし、執筆活動や講演なども行う。健康関連の著書には、'03年『痩せ方上手―サンプラザ中野の簡単"健幸"マニュアル』(サンプラザ中野著 講談社)、'07年『平和なカラダ』(ユビキタスタジオ サンプラザホメオパス中野著)、'08年『食べ方問答―少食のすすめ 我が心の師に健康道の奥義を訊く! 』(甲田光雄、サンプラザ中野著 マキノ出版社)など。 また、'07年7月からはTX系「ファイテンションスクール」内『本マグロトロ太郎』の脚本、製作、声優、主題歌を担当するなど、アニメクリエーターとしても活躍。
サンプラザ中野くんのHP
テンプル――
サンプラザ中野くんといえば、ロック界随一のヘルスコンシャスぶりでも有名ですが、昔は今とは全く違うライフスタイルを送られていたんだとか?
サンプラザ中野くん――
そうですね。とくに食生活がかなり偏っていました。ちょうど『ランナー』がヒットしていた頃ですが、当時はもう毎晩のように焼肉や甘い物を好きなだけ食べていて。それに何故かマッチョ志向だったので、プロテインを大量に摂取していました。お酒もかなり飲んでいましたね。
テンプル――
テンプルの15周年記念講演会の時のお話では、確か、当時は毎晩のようにお汁粉を食べて寝ていらっしゃったんですよね。
サンプラザ中野くん――
はい。お酒も飲んでいましたが、甘いものも大好きでした。
テンプル――
今のサンプラザ中野くんからは想像もつかない話ですね。
サンプラザ中野くん――
はい(笑)。次第に体調が悪化していき、何か変だな、ヤバいな……と思っていた矢先に、父親が癌を罹っていることが分かりました。結局、約1年間の闘病生活を経て逝ってしまったんですけれども。その過程をみているうちに、病気というのは病院に行ったからといって必ずしも治るものではない。治らないこともあるんだ、と思うようになりまして。そんなことから一念発起して、健康の勉強を始めるようになりました。今思うと、父親が当時体調の悪かった自分に身をもってそのことを教えてくれたような気がしますね。それが35歳くらいの時のことでした。
テンプル――
そうでしたか……。お辛い経験でしたけれど、お父様の闘病と死があったからこそ、今のサンプラザさんがあり、その姿から私たちが健康について学んでいると思うと、お父様の思いはしっかりサンプラザさんの中で生きていますよね。
ところで、当時の体調は、どんな具合だったんですか?
サンプラザ中野くん――
のぼせや火照り、動悸、気分の落ち込みetc.……。まさに女性の更年期障害のような症状に悩まされていました。その頃、たまたまある病院の先生に自分の症状について話す機会があってご意見を伺ったところ、それは男性の更年期障害だと言われたこともあったんです。その時はそうかなと思っていたんですが、その後、独自に研究を重ねるうちに、男性には更年期障害は起こらない。つまり自分は更年期障害ではなかった、という結論に達しまして。では自分の症状は一体何なのか?実は『低血糖症』だということが分かったんです。
テンプル――
低血糖症というのは、あの甘い物を食べ過ぎる人がなるという?
サンプラザ中野くん――
まあ、簡単にいうとそういうことですね。本来人間の体というのは、食後に血糖値が上がるとすい臓からインスリンを出して血糖値を下げ、常に適正なバランスをキープするという仕組みになっています。ところがすい臓が疲弊してこの機能が働かなくなると、血糖値をコントロールできなくなってしまう。そして、血糖値の急激な上げ下げを繰り返すうちに、アドレナリンやノルアドレナリンなどのホルモンも過剰に分泌せざるをえなくなり、それが心身に影響を及ぼすようになる。これが低血糖症です。
その症状がまさに更年期障害のものと似ているんですね。
原因は光田さんが仰ったように、血糖値を急に上げるような食べ物=精製された穀物や白砂糖をはじめとする糖類の摂り過ぎにある。つまり『スイーツ病』なんです。現代人には実に多い病気じゃないでしょうか。
低血糖症についての詳しい説明は、専門外来を持つことで関東では有名な千葉県稲毛市の『マリヤ・クリニック』のHPに譲ります。余談ですが僕はここの院長先生にインタビューをしたことがあり、先生曰く、『うちに低血糖症かどうかの検査を受けにくる統合失調症*の方々は、ほぼ全員が低血糖症です。ただ、その逆の (低血糖症の人が統合失調症であるという)ことは言えませんが』とのことでした。
ちなみに、『低血糖症』と『低血糖』という言葉を混同する人が多いのですが、『低血糖症』は『病名』で、『低血糖』は『血糖値が低いという状況』を表す言葉なので、お間違いなく。先ほども言いましたように、低血糖症というのは単に血糖値が下がるのが問題なのではない。血糖値をコントロールできなくなることが問題なんです。
テンプル――
なんだか病院の先生とお話しているみたいです(笑)。私は、子どもの頃の趣味は「お菓子づくり」というくらい甘いものは普通に食べてまして・・・。でも、もう20年近く、砂糖を摂らない、使わない食生活を送っています。砂糖を断った食生活を続けていると、糖分の多いものを食べると、すぐに頭が痛くなる、熱がでる、鼻水がでるといった身体症状が出るようになったので、今は食べられなくなってしまったんです…。 でも時々、美味しいと評判なスイーツをいただくことがあるんですよね。そういう時は、風邪ひき覚悟で食べています。実際、過去何度もそのせいで風邪をひいてしまったんですが…。「スイーツ性の風邪」ですね(笑)。
今サンプラザさんのお話を聞いてフト思ったんですが、実は今、私は更年期世代まっただ中。でもサンプラザさんが悩まされたような更年期の症状が全くないんです。それはもしかしたら、糖分が少ない食生活のおかげかもしれないと…。反対にスイーツ好きの友人が、まだ40才そこそこなのに更年期のような症状に悩まされているのは、ひょっとすると『低血糖症』なのかもしれませんね。
サンプラザ中野くん――
とくに女性には、まるでスイーツを食べることが美徳であるかのように日々の習慣になってしまっている人が多いですよね。慢性的に体調不調を抱えている人は、低血糖症を疑ってみてもいいかもしれません。もちろんスイーツの影響が体に出るか出ないかは、その人の体質にもあると思いますが、お酒だって飲み過ぎればいずれは肝臓を壊すように、スイーツにも同じことがいえると思いますよ。
テンプル――
女性にはかなり耳の痛い話ですね~。それで、サンプラザ中野くんはそういった体の不調から健康を取り戻そうと一念発起されたとのことですが、具体的にどんなことから始められたんですか?
サンプラザ中野くん――
最初のうちは『ビタミン・バイブル』(アール・ミンデル著)という本を読んで、ビタミンやミネラルなど体に足りない栄養素を『摂る』ことをかなり勉強していました。この本は文字通りバイブルとして、ほぼ暗記するくらいに読み込みましたね。それからほどなくして、甲田光雄先生の『西式甲田療法』に目覚めまして。栄養を『摂る』ことから西式の『摂らない』健康法へとシフトするようになり、今に至っています。
テンプル――
『西式甲田療法』というと、断食や少食の実践で知られる健康法ですよね。私は食事療法オタクでもあるんですが、本を読んですぐに「これは無理!」と実践を諦めてしまったのが、西式甲田療法なんです。一般の人には、西式甲田療法はかなりハードルが高い食事療法だと思うのですが、その西式甲田療法を始めようと思われたきっかけは何だったんですか?
サンプラザ中野くん――
当時は東城百合子先生をはじめ他にも健康に関する本を色々と読んでいたんですが、なかでも一番惹かれたのが甲田先生の『小食が健康の原点』という本でした。それまで自分の中には栄養不足が病気の原因だという固定観念があったんですが、先生の本によればむしろ過食が問題なのだ、と。目から鱗でした。そして書かれている内容がほとんど腑に落ちたので、実際にやってみようと思ったんです。
テンプル――
西式甲田療法、特に、昔の西式甲田療法の食事は、青菜をすり鉢でドロドロにした青ドロでしたよね。想像しただけで食欲が無くなりそうですが、そんな、青ドロと玄米菜食をメインにした西式甲田療法の食事を、それまで焼肉三昧のような食生活だった方がいきなり始める、しかも断食や少食までも実践するなんて、かなり大変なことだったのではないですか?
サンプラザ中野くん――
いえ、そんなに苦ではありませんでしたよ。というのも、僕はすでに33歳の頃からベジタリアンになっていましたから。ベジタリアンになったのは、肉を食べるとお腹がくだるようになってしまったからなんですが、多分もう一生分食べてしまったんでしょうね(笑)。それに断食に関しては、最初のうちは無理のないように朝食を抜く『半日断食』からスタートしましたし。
テンプル――
そうでしたか。そういえば、玄米の粉だけ召し上がっていたこともあったとか!
サンプラザ中野くん――
ええ。今は主に長岡式酵素玄米を食べているので粉食はしていませんが。でも確かに以前、通販生活で売っていたドイツ製の石うすを手に入れて、それで粉を引いて食べていたこともありました。玄米をすりつぶした途端に酸化が始まってしまうので、より新鮮なほうがいいだろうと思ったわけです。玄米粉を食べるのも西式にのっとって実践していたことですが、当時は、朝食を抜いて昼は玄米粉のみ、夜は玄米菜食、という食事を続けていました。
テンプル――
ええ~、何とストイックな! 修行僧みたいですね(笑)。
サンプラザ中野くん――
そうですよね。周りから、それじゃ食べる喜びがないんじゃないのと言われたこともありますが、その時は『こんなことしてる俺って面白いな、すげえな』という喜びの方が大きかったかもしれない(笑)。ちょっと変態ですよね(笑)。
テンプル――
青ドロも飲んでいらっしゃいますか?
サンプラザ中野くん――
今は、すり鉢ではなく、ジューサーで搾った青汁のジュースです。ちゃんと低速回転の圧搾式を使ってますよ(笑)。あとは、木の枕を使って床で寝たり、温冷浴をしたりというのもいまだに続けています。
テンプル――
実は私も師匠を見習って板の上で寝るようになったんですが、木の枕だけは痛くてどうしても使えないんですよね(笑)。それと温冷浴は冷→温→冷……と7回も繰り返さないといけないと思うだけでハードルが高いし、冬はやはり冷たくて……。
サンプラザ中野くん――
皆さんそう言いますね。でもそれだけの効果はありますよ。たとえば僕の場合は、温冷浴を始めてから3か月で冷え症が治りましたし、西式の食事を始めてから4か月で20㎏も体重が落ち、体調がよくなりましたからね。木の枕なんかは一か月も我慢すれば慣れて気持ち良くなりますよ(笑)。
テンプル――
なるほど。師匠がそう仰るなら再挑戦してみようかしら……(笑)。ところで先ほど長岡式酵素玄米*のお話が出ました。これもヘルスコンシャスな人々の間では有名ですよね。サンプラザ中野くんが始められたきっかけは?
サンプラザ中野くん――
以前、岡本三典さん*の講演会を聞きにいったことがあるんですが、彼女はもう90代なのにかくしゃくとなさっていて。その様にかなりの衝撃を受けたんです。皆も最後の質問タイムでは一斉に『何でそんなにお元気なんですか!?』と聞いたほど(笑)。そしてその秘密というのが、長岡式酵素玄米のことだったんです。岡本先生が仰るには、『実は70代の頃、一人で立って歩くこともできないほど体が弱っておりました。でも、80代にこういう玄米と出会い、いまは90代を迎えましたがこうして元気に過ごしています』とのことでした。その説得力のある言葉やお姿に、かねてから長岡式酵素玄米の評判について聞き知っていた僕も『これはぜひやってみよう』と。そこで『太陽の会』に行って講習を受け、炊飯道具一式を揃えて、長岡式酵素玄米を始めることにしたんです。それからもう5、6年くらい続けていますね。美味しいし、精神的にも満足感がありますね。
テンプル――
そうでしたか。私も一度講習を受けにいったことがあります。実際に食べてみるとお赤飯のようにモチモチして美味しいし、長く実践している人から体の調子がいいという話もよく聞くので、トライしてみたいと思ったことも。ただお世辞にも美しいとはいえない保温ジャーの色と大きさに二の足を踏んでいるうちに、タイミングを逸しました。それに、お作法や儀式のように厳格な手順をふんで炊かないといけないので、せっかちな私には無理だなぁと……。
サンプラザ中野くん――
でもですね。一度ご飯を炊いたら、その後10日くらいは炊かないで済むんですよ。これはむしろ主婦の味方になるんじゃないでしょうか(笑)。西式健康法にしても、食事が一日二食あるいは一食半じゃないですか。これだって家計は助かるし献立を考えるのも楽だし、忙しい主婦には最適ですよね(笑)。そのうえ健康にもいいという。なんで皆さんがやらないのか逆に不思議ですよ。
テンプル――
そう言われてみると確かに(笑)。狭いキッチンでも、あの巨大な保温ジャーを置いておくだけの価値はありそうですね。
サンプラザ中野くん――
酵素玄米に関してもう少し説明すると、酵素玄米は好きなだけ食べていいとされているので、ちゃんと満腹感を味わえます。沢山食べても、酵素の働きが消化を良くしてくれるので、胃腸に負担もかからないし。だから、歯のないおばあちゃんでも子どもでも食べていい玄米だと言われていますよね。そういえば、最近はまた長岡式とは違った酵素玄米が流行っているみたいですね。
テンプル――
ああ、炊飯ジャーで炊く酵素玄米のことですよね。私はケイシー流の食事を実践しているので、ゴハンを主食にする食生活ではないんですが、テンプルの会社には酵素玄米が炊けるという炊飯ジャーがあり、時々、スタッフといただいています。ただ4合しか炊けないので、発酵する前になくなってしまうんですが(笑)。
サンプラザ中野くん――
発芽玄米にして炊くこともできるそうですね。でも、僕のやっている長岡式では玄米を発芽させないんですよ。この玄米を発芽させるかさせないか、というところがまず違いますよね。発芽させたほうがGABA(ギャバ)が多くなって健康にいいと言われていたり、発芽させるとそれにエネルギーを使ってしまうからよくないと言われていたり。これについては今、僕もリサーチ中です。
テンプル――
楽ちんな『炊飯器型酵素玄米』派の私に対して、本格的な『長岡式酵素玄米』派のサンプラザ中野くんの勝負といったところですね(笑)。実際に5、6年食べ続けられてみて、体感は如何ですか?
サンプラザ中野くん――
とても調子がいいですね。年々、健康になっているので、この長岡式酵素玄米に限らず、僕がいまやっている健康法に間違いはないと思います(笑)。
テンプル――
はい、そのようですね(笑)。ところで、サンプラザ中野くんはホメオパシーの勉強も究められて、ディプロマまでお取りになったとか?
サンプラザ中野くん――
ええ。ギリシャのジョージ・ビソルカス先生*という、クラシカル・ホメオパシー界では当代二本の指に入るといわれているホメオパスに師事しました。といっても、ギリシャに行ってジョージ先生から直接学んだのではなく、彼の愛弟子であるドイツ人の先生が来日された折に教えを受けていたんですが。それを4年間続けた末に試験にパスして、ジョージ先生の認定をいただいた、ということですね。
テンプル――
4年間も! お忙しい合間に時間をやりくりして、というのは並大抵のことではないですよね。サンプラザ中野くんは、なぜそうまでしてホメオパシーを勉強しようと思われたんですか?
サンプラザ中野くん――
もともとは僕が体調を悪くしていた頃に、音楽関係の友人がホメオパシーのことを教えてくれたんです。彼はいわばスピリチュアル・ムーブメントのアーリー アダプターみたいな人で、シャーリー・マクレーンの『アウト オン ア リム』が日本で出版されたすぐの頃、僕に本をくれた人でもあるんですが。その彼の勧めもあったので、由井寅子さんの運営されているホメオパシージャパンに行き、レメディを試してみることにしたんです。
そこではレメディを何種類か処方してもらったんですが、その中の一つがどうも僕にヒットしたらしい。ウルトラQのオープニングって観たことはありますか? あれほど極端にではないですが(笑)、レメディをなめた直後に、視野がぐるっと半回転かひと回りしたような感覚があって。『あ、これは治ったな』と思ったんですよ。そんなちょっと劇的な体感もあってホメオパシーにより興味が湧いていたところ、また別の友人から、『これからホメオパシーの学校を手伝うことになったんだけど、中野さんも勉強してみない?』とタイムリーな誘いを受けまして。それでまあ、流れに乗ってみようと。
テンプル――
へえ~。でも気軽にお誘いに乗ったのはいいけれど、お勉強はかなり大変だったでしょう?
サンプラザ中野くん――
そうですね。まずレメディの名前が覚えられない(笑)。それに、先生がどんなに説明してくれても訳が分からないということがよくあって、授業中に『もう分かりませんよ』と逆ギレしたこともありましたね(笑)。そんなこんなもありながら、総じて言えば楽しかったですよ。
テンプル――
今もご自分の体調管理にホメオパシーを使われているんですか? それからホメオパスとして、周りの人にアドバイスをされたり、レメディを勧められたりすることもあるんでしょうか?
サンプラザ中野くん――
もちろん自分には使っていますよ。家に常備してあるのはどれも抗生剤ではなくレメディですし。それから、周りの人にアドバイスをするかというと……それはごく限られた人にだけですね。ディプロマをいただいてはいますが、それはあくまでビソルカスさんに認められたということであって、日本の厚生省や医学界に認められたというわけではないからです。僕のようにドクターではない人間が、人様に対して迂闊に処方するようなことはできないんですよね。
テンプル――
なるほど、それは確かにその通りですね。ところで、健康法にお詳しいサンプラザ中野くんに色々と伺ってきましたが、そろそろこの辺でケイシーのことも聞いておかないと(笑)。実は、サンプラザ中野くんには蒸留水器のディディミやひまし油湿布をご愛用いただいているとのこと。まずケイシーとの出会いから教えていただけますか?
サンプラザ中野くん――
もともとスピリチュアルな世界に興味を持っていたことから、当初は健康リーディングをする人としてではなく、20世紀最大の預言者ということでケイシーの存在を知ったんです。ちょっと話は逸れますが、昔NHKの少年ドラマシリーズに『タイムトラベラー』という番組がありまして。
テンプル――
ケン・ソゴルですね。懐かしい! 筒井康隆さんの『時をかける少女』が原作のドラマですよね。私は最終回が収録されたDVDを持っていますよ(笑)。
サンプラザ中野くん――
え~っ! 見たい~(喜)。僕はその最終回を小学生の頃に親戚の家で観たきりですが(笑)、今思えば、あのドラマが僕のスピリチュアルな世界への扉を開いたきっかけだったのかもしれません。……とまあ、それで大人になってからケイシーについて興味を持つようになり、次第に健康法にも……という流れですね。彼についての本を読むというよりは、テンプルさんのホームページから色々な知識を学ばさせていただいていましたよ。
テンプル――
うわ~、それは光栄です! そう、サンプラザ中野くんには最初に『蒸留水器、ディディミ』(*終売)を通販でお買い求めいただいたんですよね。
サンプラザ中野くん――
そうですね。ある知人が『ディディミ』のことをすごい!と褒めちぎっていて。何がすごいかというと、蒸留した水のエネルギーがとても高いというのです。それで、その彼は何とディディミを5台も買って蒸留水をお風呂に入れ、エネルギーを全身で感じているんだと誇らしげに語っていました(笑)。少し怪しそうに聞こえる話でしょうが、その彼は東大出で優秀、かつ感覚も鋭敏な人なので、信用してみようと(笑)。
テンプル――
そういう経緯があったんですね。5台ですかぁ。興味津々ですが5台のディディミはさすがにハードル高いですね~。あと、ひまし油湿布もご愛用いただいてますよね。
サンプラザ中野くん――
ひまし油湿布は油でベタベタになるということで、なかなか手を出せずにいたんです。でも、昨年ようやくトライする気になって始めてみたら、やはり気持ちがいいですね。もともと健康体なので何かが明らかに変わったというようなことはないですが、何しろ気持ちがいいので、ふとした時に『ひまし油湿布をしたいな』と思うことが増えてきました。だから今は週に1回ほど継続的にやっています。僕の場合は朝起きてからすぐに湿布をしています。
テンプル――
洗腸もされているとのことですが。
サンプラザ中野くん――
そうですね。初めてトライしたのは今から(2012年)15年ほど前だったでしょうか。最初はネットで見つけたエネマポンプを使っていたんですが、それがすぐに壊れてしまって再び買うのも面倒くさくなり、『シャワーのホースでもできるんじゃないかな?』と思って試してみることに。それでシャワーヘッドを外し、お風呂場で寝転んでお尻の穴に当ててみたら、うまくいきまして。以来、その方法でずっと続けていましたね。
テンプル――
ええ~っ!? シャワーのホースで……。そんなこと、可能なんですか!?
サンプラザ中野くん――
できますよ~。だって皆さん、トイレでウォシュレットを使うとお尻の穴にお湯が入ってくるでしょう。その拡大版を使っているようなものですよ(笑)。
テンプル――
なんとも大胆な。でも水道水をそのまま腸に入れるというのは、よい子は決してマネをしないで下さいね (笑)。最近は、コロンキットを使われているんですよね。使い心地は如何ですか?
サンプラザ中野くん――
シャワーホースだとどのくらいの量の水を入れているのか分からないという難点があるんですが、その点、洗腸キットだときちんとした分量を量ることができるので安心ですよね。ひまし油湿布のような気持ちよさとはまた別の、すっきりした感覚がありますね。コーヒー洗腸があるということは知っていましたが、まさか自分でやるようになるとは。お尻からコーヒーを飲んだのは初めてです(笑)。
テンプル――
(大爆笑) ケイシー流の洗腸は重曹と塩を使って行う少しディープな方法です。
手軽なのは、コーヒーエネマがあります。腸壁から吸収されたカフェインが肝臓、胆のうに刺激を与えて解毒力を高めてくれます。カフェインにアレルギーがある人なんかは、ハーブティー、特にカモミールティーなどをよく使います。
サンプラザ中野くん――
へえ~、そうなんですか。面白いなあ。肝臓まで届くんですね。肝臓といえば、僕はレバーフラッシュ(肝臓洗腸)もやったことがありますよ。エプソムソルトとオリーブオイル、グレープルーツフルーツジュースを数日間飲む方法で、本当に排便時に緑色の丸い粒々がポロポロと出てくるんですよね。
テンプル――
レバーフラッシュまでおやりになったんですか~!私も数年前に1回やりました。確かに普段の排泄ではお目にかからないような緑色の粒々が出てくるんですよね。あれは胆石だと言われていますが、まさか自分が胆石持ちだったなんて…。ちょっとショックでした。でも、あんな簡単な方法で胆石が肝臓や胆管から出てくるなんて、かなり不思議ですよね。
サンプラザ中野くん――
一体この方法を誰が発見したんだ!?という(笑)。それが不思議で仕方がないですよ。まあ1年に1回くらいは続けてみようかなと思っています。
テンプル――
そんな健康通のサンプラザ中野くんは、125歳まで生きることを目標になさっているとか。
サンプラザ中野くん――
はい、そうですね。早稲田大学の創始者の大隈重信候が、『人間の寿命は125歳である』と言い切っておられるので、それなら僕も125歳まで生きようと。最近では、人間の寿命は130歳ではないかという説を出す科学者も出てきていますし。ちなみに早稲田大学はその125という数字を大事にしていまして、大隈講堂の時計台の高さを125尺(37.9m)にしていたり、100年祭よりも125年祭を大々的に祝ったりしていたんです。
テンプル――
このぶんだと、本当に125歳まで生きられそうですね(笑)。さて、最後に本業の歌手としての活動のお話を。サンプラザ中野くんは3.11以降、被災地をまわってライブをなさっていますが、なぜそういった活動をなさろうと思ったんですか?
サンプラザ中野くん――
震災後にテレビで被災地の光景を見て『これは大変だ、何かしたい』と思ったんです。実は、阪神大震災が起きた時にも同じように思ってはいたんですが、あの頃は体調が悪くて被災地に行くことができなかった。そのことをずっと後悔していたんです。だから今回は絶対に行こうと。それに、爆風スランプのファンというのは30~40代が多く、おそらくこれから復興の中心的な存在となる人達でもある。だから、気分を盛り上げるような爆風スランプの歌を歌ってイヤがる人はいないだろう、とも思ったんです。
たとえば、『ランナー』ならギター一本をバックに歌っても説得力があるし、運動会でかかっているから子どもだって知っている曲。『この歌があるんだから俺が行かないで誰が行く』という気持ちでしたね。それで色々と人脈を作って、被災地に呼んでいただけるようにしたんです。17年前に阪神大震災が起きた当時の僕とは、全然違う自分が今こうしているけれど、もしかしたら僕はこの時のために健康になったのかもしれない、と思うこともあります。
テンプル――
実際に現地に行かれてみて感じられたことは?
サンプラザ中野くん――
今回は僕が心身ともに健康な状態だったので、ある程度想像していた通りの状況を目の当たりにしても動揺しないでいられたのがよかったです。だから、変に意気込むこともなく、現地の被災者の方々にも無理なく思いが伝わるような歌い方ができたのかなと。とはいっても、避難所に指定された体育館のステージで歌ったような時には、聞きたくない人にまで歌を聞かせてしまうことになったかもしれない。実際のところはどうだったのか分からないけれど、皆さんに喜んでもらえていたらいいなと思います。
一番印象に残っているのは、岩手の人々に『頑張ってまたゼロから始めます』というような活気を感じたこと。それは嬉しかったですね。この活動はこれからも続けていくつもりです。
テンプル――
サンプラザ中野くんが歌を通して皆に伝えたいことというのは何ですか?
サンプラザ中野くん――
やはり元気と癒しのエネルギーですね。この3月(2012年)にリリースしたアルバム『歌うパワースポット~セドナ・ハワイ編~』も、そのような想いを込めて制作した作品です。その中に『Shiawase ~for TERRA~』という、マウイの海岸でフィールドレコーディングという自然音をそのまま入れる方法で録音した曲があるんですが、これをぜひ聞いてみてほしい。スタッフには『このタイミングで、計算されたように波の音が入ってくるなんて。ありえない!』と驚かれたほど、まるで自然に応援されたような仕上がりになっています。ちょうどレコーディングの前日に、マウイの神様がいらっしゃるというハレアカラ山に『歌わせていただきますので宜しくお願いします』とご挨拶にいったので、僕達の中ではハレアカラの神様がサポートしてくださったんだろうということになっています(笑)。
テンプル――
このアルバムは全て、パワースポットのマウイやセドナで録音されたものですよね。セドナについては『聖地セドナの歩き方』というガイドブックも出されましたね。
サンプラザ中野くん――
はい。セドナのボルテックス(エネルギーが放出されている場所)をはじめ、ショップやレストラン、スピリチュアルな方々などのご紹介をさせていただいています。本の中で対談をしているネイティブアメリカンのシャーマン、ユークアラさんは『歌うパワースポット~セドナ・ハワイ編~』で歌も歌ってくれているんですが、彼が今年福島に巡礼に行きたいと仰っているので、その時には僕もご一緒させていただきたいと思っています。
テンプル――
それは素晴らしいですね。ぜひ実現されることを祈っています。今日は貴重なお話を聞かせていただきまして、どうもありがとうございました。
2012年
インタビュー、構成:河野真理子
震災後に被災地を励ますべく作られた楽曲「Tomoshibi 地震が来たら」無料でダウンロードできる。
Youtubeでの視聴も可能。『Tomoshibi 地震が来たら』
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