![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/160814474/rectangle_large_type_2_00c7da588f06b722f53740389f384496.jpg?width=1200)
創作 住宅事情(3052字っ)
※この話はフィクションです。
今日も仕事に追われていた。
そして長い一日が終わり
職場を出て車に乗り家路へ向かう。
私の住む家は変わっていた。
アパートなのだが、隣との境が襖一枚なのだ。角部屋だから右側は壁になっている。
どうして、こんなアパートがあり、自分が住んでいるのか分からない。
誰かに導かれて、此処に居着いたのだ。それが誰なのかわからない。
アパートに帰るには両側3車線の国道を走る。国道の周りは色々な店が並んでいる。だが、立ち寄ったことは一度も無い。入りたい店がないからだ。
信号で停まり、其処を左折すると、一気に寂しい車道に入る。店は一軒もなく、道路の両側には雑木林が並んでいる。
その道を真っ直ぐ行くと住宅地に変わる。たくさんの家や、マンション、アパートがある。
そして、自分の住むアパートに着くのだが、さっきも書いたように、隣との境は、襖一枚なのだ。
プライバシーなど無いような部屋だ。
車を駐車場に停め、
玄関の鍵を開けて中に入る。
いきなり襖が開いて
「おかえり」と言われる。
でも、私は返事をしない。完全無視している。
パタンと襖は閉じられ、私は1人の部屋の灯りをつけて夕飯の支度を始める。
また襖が開く。
「たくさん作ってしまったから、食べてくれないかしら」
と隣の奥さんが言ってくる。
「ありがとうございます」
と、私は言い、おかずを貰う。
これが美味しいのだ。奥さんの手料理に失敗は無い。
これでおかずを作る必要は、無くなり
食後に飲むコーヒーを作る。
焙煎した豆を挽き、コーヒーメーカーにセットすると良い香りがしてくる。すると襖が開く。
「すまんがわしにも一杯くれんかな」
隣のお爺さんはコーヒー好きなのだ。
ほとんど毎日、コーヒーを催促される。分かっているから、私は2杯分、用意する。
「出来たら呼びますから」
と声を掛ける。
そして襖は閉じられる。
夕飯後、夕食時の器とお爺さんへのコーヒーを渡すために襖をそっと私は開ける。
「ご馳走さまでした。それから、お爺さんへどうぞ」
奥さんは、ニコニコして応対してくれる。
そして襖を閉める。
私は隣の部屋に何人、住んでいるのか分からない。
別に興味がないのだ。
顔を見せてくれる奥さんとお爺さんしか知らない。
昔のような長屋だったら向こう三軒両隣、親しくて顔見知りなのかもしれないが、そういう付き合いは
苦手だし、一人暮らしには、必要を感じない。
そして、いつかは、此処を出たいと思っている。
誰かが家に来るわけではないが、隣との境が襖では無く壁になっているちゃんとした所に住みたい。
引越しを言うには大家に言わなくてはいけない。
此処に居着いた時、大家と会ったことは覚えているが、大家の家が分からない。
仕方がないから、襖を開けて奥さんに聞く羽目になった。
「大家さんの家はね、此処を真っ直ぐ行くとアーケードに出るのね。アーケードに入らずに、通り抜けるの。それから、1本目の歩道があるから、そこを右折してしばらく歩くとアクセサリーショップがあるの。その隣が大家さんの家よ」
「分かりました、ありがとうございます」
お礼を言って襖を閉めようとした時
「此処ね、マンションになるのよ。建て替えるんですって。ドアポストに手紙が入っていたでしょう」と奥さんは言った。
「そうなんですか。手紙は、見ていませんでした。ありがとうございます」
と今度は襖を閉めた。
マンションになるなら、此処に居ても良いが、と思いつつ、ドアポストの手紙を探した。どうせ入っているのはどうでもいい広告ばかりだと思っていたからゴミの日に捨てるつもりだった。
大家からの手紙はあった。
建て替えすること、7階建てのマンションになること、建て替え中の住まいについて相談に乗ります.....と書かれていた。
『一度、大家に会わないといけないな』
そういえば、アーケードの存在を忘れていた。駅前からかなり長いアーケードがあるのだ。中は、いろんな店があり人通りも多かったように思う。
アーケードから、一本ずれた歩道も知っている。コアな店が並んでいて、よく歩いた。あの頃のような店はあるんだろうか?
次の休日、大家に会いに家を出た。
アーケードが近づくに連れ、此処に来たばかりの頃を思い出す。
アーケード街は、シャッターの閉まった店が多い。昔ほどの人通りも無いようだ。
アーケードを通り過ぎ1本目の歩道、覚えている。だが空き店舗が多い。
アクセサリーショップは、残っていた。その隣、大家の家だ。
ガラガラと戸を開ける。
「すみません、建て替えの手紙を見て来てみたんですが」
「あー、はいはい」
「建て替え中の住まいなんですが、マンションが出来るまでですよね。何処か、あるんでしょうか?」
「ありますよ。今、住んでるアパートのすぐ後ろに空き部屋があるので、そこを利用してもらいたいんですよ」
「あの、立派な外観のマンションですか?無料では無いですよね」
「いやいや1LDKだし、無料で住んで構いません。マンションへ建て替えると言ってもいつ頃、出来るかも分からないので。それにこちらの都合なんでね」
こんなにうまい話があるんだろうか。
そう思いながら、一番聞きたいことを聞いてみた。
「私を今のアパートに住むように、と言ったのは誰ですか?記憶が無いんです」
「あなたのおばあちゃんでしたよ。よろしくお願いします、と、とても丁寧に挨拶されたことを覚えています」
『おばあちゃんが.....でもあの頃なら、おばあちゃんは、すでに、この世にいない』
あの頃、よくおばあちゃんの夢を見たことは覚えている。
「そうでしたか。おばあちゃんが」
少し黙っていたら、
「どこか行きたい場所があるなら、構いませんよ」
と言われた。
「いえ、後ろのマンションにお世話になります。でも家賃が無料とは、ちょっと心配です。後から請求されたら払えるかどうか.....それに、もしかして欠陥住宅では無いですよね」
「アハハ、大丈夫。ちゃんとしたマンションです。それに住んでもらうのは一階なので家賃は安いし、光熱費は、今まで通り、そちら側で支払いをお願いするようになりますし」
「まさか、隣の家と襖一枚なんてことありませんよね」
「アハハ、無いです、無いです。今、住んでるところがそうだから心配されたんですね。大丈夫。ちゃんと壁になってますから」
「どうして、今のアパートは、隣と襖一枚なんですか?」
「それは入居の際に、話しましたが覚えて無いんですね。以前は一軒家だったんですよ。それを私の父が、水回りを整備して、部屋毎にドアと、台所と洗面所、トイレ、風呂を置き、部屋貸しするようになったんですよ。襖だけは残したいと言ったもんですから。
苦労されましたか?」
「いえ、それほどでも」
「おばあちゃんは、そこが気に入られて、あなたを入居されたんですが」
「そうだったんですか。ほんと、覚えて無くて.....」
「ずいぶん心配されてましたよ、おばあちゃん」
「そうでしたか。じゃあ、これで」
お辞儀をして大家を出た私は、
近くの喫茶店に入りコーヒーを頼んだ。
あの頃、私は仕事が忙しくて自分のことに構う暇など無かった。だんだん、神経がやられていくのを感じていたが何も出来ずに日々を過ごした。人と会う事も無かったし、話す相手もいなかった。
夜も眠れなくて寝たと思ったらおばあちゃんの夢ばかり見てたっけ。
そんな私を、おばあちゃんは心配になり、この世に出て来てくれたとしか思えない。
一度、家に帰ろうと思った。
仏壇に手を合わせ、
「おばあちゃん、ありがとう。今の私は、ちゃんとやっていけてるよ」
と言いたかった。
いいなと思ったら応援しよう!
![てみ](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/153009006/profile_89e430bdaa59ee5e2861a4d4a8775eb2.png?width=600&crop=1:1,smart)