石内都さんが撮る、皮膚や時間の感覚
新聞の片隅に、ある日本人女性写真家がメキシコの有名な画家、フリーダ・カーロの遺品を撮影した写真展を開催されると小さな記事が掲載されてあった。
恵比寿の東京都写真美術館に通うようになってから、この美術館のフェミニズムやジェンダー、マイノリティーに脚光を当てたエッジの効いた素晴らしい展覧会の数々が、笠原美智子さんという傑出した女性によって生み出されたことを知った。笠原さんの著書「ジェンダー写真論」は、ジェンダーの観点から世界の写真家や写真への考察が非常に分かりやすく記されており、読み進めるにつれてジェンダーや写真への関心がより一層高まった。
笠原さんに興味をもって調べていくうちに、「ジェンダー写真論」の出版元である里山社が企画した対談の記事を目にして、石内都さんという世界的にも有名なベテランの写真家がいることを知った。笠原美智子×石内都「パイオニア2人・その軌跡を振り返って」 記事を読んで、冒頭の新聞の片隅で目にした女性写真家が、笠原美智子さんの対談相手の石内都さんだと気づいた。
石内さんは1947年生まれの71歳で、森山大道さんらと並び、写真をアカデミックに勉強している人なら知らないはずがない存在のようだった。とはいえ、優れた写真家の写真集が本屋の本棚に並んでいるとは限らない。石内都さんの写真は、こちらから意識的に働きかけないと手の届かない場所にあった。世の中には商業的な意味合いで押し付けられる情報や商品が、厚い層をつくっていて、良質なモノや情報が得にくくなっていることを実感してゾッとした。
写真集「1・9・4・7」は、1947年生まれの石内さんが、撮影当時の自分と同じ年齢(41、42歳)の女性の手や足のクローズアップを撮影したものだ。写っているのは、ふつうの女性の手や足のはずなのに、その皮膚のクローズアップを、数ページしか直視できなかった。直截的に言ってしまうと、吐き気がしてきて、気持ち悪くなってきたのだ。わたしは偶然にも41歳で、あと数か月で42歳になる。写真に収めされている同世代の女性の肌は、老いていて醜いと感じた。自分の肌をじっくり見たことはなかったけれど、仮に自分の肌が大写しにされたら、やはり気持ち悪いと思っただろう。わたしはそのことに大きなショックを受けた。
写真といえば、若くて美しい女性が男性写真家によって撮られることが王道の構図だった。石内都さんの「1・9・4・7」は、そんな中で異彩を放ちまくっている。従来の写真やテレビ、映画によって、自分の中に埋め込まれただけの美の価値基準に揺さぶりをかけられた気がした。なかなか勇気がいることだけれど、「1・9・4・7」以外の写真集も、呼吸を整えてページをめくってみようと思う。自分が新たな価値観の扉を開くために、必要なプロセスだと感じるからだ。