あさりのお味噌汁だけは好きだった
大学卒業のお祝いとして、母から食事会の誘いがきた。
食事会といっても、連絡してきた母は仕事で不参加。兄は用事があり途中から合流予定。というわけで、私と父、祖母、叔母の4人が席に着いた。
おしゃべりな祖母に相槌を適当にうちつつ、祖母のおかげで場が明るくなっていることに心底感謝した。久しぶりのコース料理。メインはいつだろうか。デザートはケーキかアイスあたりだろうか。そんなことを予想していると、叔母が兄を駅まで迎えに行くため一時退席。続けて祖母も電話のため一時退席してしまった。
私と父の二人が席に残された。
私は父とうまく話せない。
話題がない。空気がきまずい。あさりのお味噌汁が冷めていく。
久しぶりに飲むあさりのお味噌汁。私の好物のひとつでもある。
小学生の頃は、毎年父と二人で潮干狩りに出かけていた。海のしょっぱい匂いをかぎながら、学校のことや友達のことを話し続けてた。翌朝、決まって母はあさりのお味噌汁をつくってくれる。朝に弱い小学生の私も機嫌よくいつもはしないおかわりまでして学校に出かけた。
私は、子どもという自分の価値を自分で上げすぎてしまった。
気づいたころには上げすぎた価値が私を苦しめていた。褒められることを期待し、もがいていた中学時代から私は何も変わっていないみたい。テストでいい点数をとっても、大学に合格しても、資格をとっても褒められないどころか、なにも反応はない。子どもの私に何も期待することがないんだと。興味がないんだと。父が私のことをどう思っているのか分からなくなり、距離を取り始め今でもどうしようもなく続いている。
目の前にあるあさりのお味噌汁を一口飲んで思った。母のつくるあさりのお味噌汁よりしょっぱい。
父に話しかけようとするだけでこんなに心臓がバクバクするなんて、小学生の私には想像もつかないだろう。
「大学の4年間あっという間だったな」
そっと独り言のようにつぶやいた私の声。
「コロナで大変な時期と被ったな」
父もまるで独り言をつぶやいたかのようだった。
あさりのお味噌汁を飲みながら、あの頃みたいに笑いあうような会話はもうなくなったんだ。